目の前の光景にひどく衝撃を受けた様子だったエドワードは、気丈にも立ち直った。
現実から一目散に逃げようとする意識をどうにか引き戻し、だいぶ風通しのよくなった準備室に足を踏み入れる。ようやく足は下ろしたものの、なおも仁王立ちのダフネの射程範囲に入るには勇気がいったが、茫然自失のコマンチを放っておくわけにはいかない。
「大丈夫ですか、先生」
エドワードの問いかけにコマンチはこくこくと頷いた。ダフネの意識がアルフォンスへ向いている隙にコマンチにケガのないことを確かめ、ぐるりと準備室を見回す。
襲撃は一方的なものだったが、コマンチもよく逃げたようだ。無惨に倒れた本棚とすっぱりと分割された大きな作業机にその痕跡が見受けられる。
「ここはオレが直しておきます。その代わりに、今日は準備室を譲って下さい」
どうやらあのご婦人と話をしなければならないようですので。そう見やった先では、ダフネが懸命にアルフォンスに宥められている。
コマンチも納得し、ふらつく足で準備室を後にしようとした。その背にエドワードが声をかけた。
「先生!」
振り返ると、深々と頭を下げるエドワードがいた。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
その様子にアルフォンスは軽く目を瞠った。コマンチもやや面食らった様子だったが、いや、何と呟きひらりと手を振ってそのまま立ち去った。
頭を上げると、エドワードはアルフォンスをじろりとにらんだ。しまった、と言うように口を押さえながら、アルフォンスは言い訳を探す。
「何か言いたいことがあるようだな」
「あー…えーっと、素直に謝るって言うのは想像してなかったから」
相手が誰であろうと傲岸不遜な態度を崩さない、そんなイメージがあったので意外だった。そこまでの本心は口にしなかったが、相手には充分通じてしまったようだった。
「失敬な。オレだって先達は敬うさ」
「…先達?」
まじまじと見るアルフォンスに、エドワードはすまして答える。
「教師歴はむこうの方がずっと上だ」
年齢のみでいけばエドワードの方がずっと上だったが、そういうことかと納得する。2人の会話の流れを見定めるようにじっとダナエが見ていたが、気にもせずにエドワードはぱん、と手を合わせて扉を錬成し直した。勢いのままにそのまま机や壁も錬成する。こっそりと壁の防音と耐久性も上げておいたがさすがに誰も気付かなかった。
一通り準備室を元に戻すと、くるりと振り向いた。
「さて。どっから話をすれば良いんだ?アル?」
「…その前に。お前は何者だ?」
ダフネが硬い表情でずいと歩を詰めた。
「錬金術師だ」
短く無表情に答える。その目が少し、哀しいような表情を見せたことにアルフォンスはめざとく気づいた。
(哀しい…とも少し違うかな。寂しい、に近いかも)
初めて見る顔にちくりと胸が痛んだ。だが、アルフォンスがエドワードから目を逸らしている時に、同じような表情で見ていることまでは知らなかった。
「錬金術師なのは分かってる。…今、錬成陣なしで部屋を直したな。一体どうやって?」
「錬成陣はオレの身体そのものだ。手を合わせ円環を形作ることで錬成陣と成して…まあ後は普通の錬金術と一緒だ」
いつも通りの説明をしながら、エドワードは2人に腰掛けるよう促して自分も椅子を引き寄せて座る。
「あんたは、アルフォンス・ノヴァーリスの師匠だな?」
「ああ、そうだ。」
「うん、そうだと思った」
わずかにうつむいて、ひっそりと笑う。
「弟子に何を吹き込んだ、とか聞こえたんだが。それが錬金術関係のことなら、多分吹き込んだのはオレだと思う。」
「…そうだろうな」
ダフネは大きく息を吐いた。
「…あんたは、人体錬成を行った錬金術師だな」
アルフォンスがはっと顔を上げた。エドワードはうつむいたまま身じろぎもしない。
「私の師から聞いたことがある。禁忌の術を行った錬金術師の話を。…対価と引き替えに真理を見るという」
黙ってエドワードは手袋を外した。現れた機械鎧の手に、ダフネは顔をしかめた。
「それが対価か」
「…いや。これはまた別のものと引き替えにしたものだけど、大体あってる。オレはその昔、人体錬成を試みて失敗した錬金術師だよ。」
「…失敗」
「うん。決して成功することのない、不可能な錬成を行った愚か者だ。で、その話はアルにもしたけど」
エドワードはアルフォンスに向き直る。
「お前は師匠にそれをどう話したんだ?」
「ええと…人体錬成の可能性について?」
「それは不可能だと散々話しただろう。それにしたってこの人の怒りようはないぞ?」
「そのうちやってみるつもりだって言ったからかなあ」
「何を?!」
からりと言いきるアルフォンスに、これはエドワードの方が泡を食った。
「お前人体錬成をやるつもりはないって言ったじゃねえか!大体一体誰を錬成するつもりだ!」
胸ぐら掴んでがしがし揺するのを、ぽんぽんと軽く叩いて落ち着かせて宥める。
「これと言って生き返らせたい人がいる訳じゃないよ。大体、死んだ人は帰ってこない。もはやこの地上にないものは伝説の錬金術師にだって錬成するのは不可能だ、ってエドだって言ってたじゃないか」
「分かってるなら何で…」
「本当は錬成するのは人体でなくても良いんだ。ただ、人間にとっては人間というサイズのものが丁度手頃だと言うだけであって」
「…アル?」
「本当は、真理の扉を開きたいだけなんだ。そのためには、人体という名の小宇宙をひとつこしらえるのが一番丁度良い。…人より小さな生き物だったらリバウンドも起こらないけど、内包する宇宙も小さくなってしまって、扉を開くには足りないんだよ。」
愕然と言った表情のエドワードをやさしく押して椅子に戻す。ダフネが自らの裡を整理するように、静かに問う。
「つまり、人体錬成は手段であって目的ではないと言うのか」
「はい。正確には、手段を得るための手段です。ボクの目標はただひとつですから」
その最終目標をダフネは聞いていない。だが、こんなに揺るぎない声で宣言されてしまってはもはや何も言えないではないか。
まっすぐに見つめる先が間違っているとか正しくないだとか、言えるだろうか。
「…大体、お前は昔から頑固だ」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
この場に片割れがいないのが本当に辛い。このどうにもやりどころのない感情を、どうしてクロエと共有できなかったのか。風邪だろうが何だろうが引きずってでもつれてくるべきだった。
正直ダフネ一人の手には余った。
「…それで、扉開いてどうする気だお前は」
エドワードのアルフォンスの頑固さは身にしみて良く分かっていた。これはもう諦めるほかないと割り切った。
「まずは賢者の石を錬成したいんだよね。あれ、錬成陣を四次元展開してるじゃない?そうなると現実問題錬成陣を描く素材ってこの世界にはほとんど存在してなくて、エドみたいに自分の体の中に構築するしかないでしょ?」
「待て待て待て、その賢者の石はまず置いといて、四次元展開とは何の話だ。三次元錬成陣の可能性だってつい先頃出たばかりだって言うのに」
「そう言えば立体錬成陣の構想だけは発表されてたな。実用は先になるとか」
エドワードは最近出たばかりの国家錬金術師局の機関誌のページを頭の中でめくる。ダフネももちろん目を通していた。
「賢者の石は永遠不変というその性質上、空間だけではなく時間にも干渉しないとならない。そうだよね?」
「…お前、それをどこで知った?」
「それはもちろん、「猫と暮らす春夏秋冬」だよ」
アルフォンス・エルリックの遺作である本だった。エドワードは天を仰いで瞑目する。
「…読んだのか」
「うん。表面上は随筆だけど、中身はまた別のものだったよ。賢者の石の錬成方法も書いてあった」
「……そうか。」
エドワード自身は賢者の石の錬成方法を残してはいなかった。かつて後見人でもあり上司でもあった男には報告していたが、彼は報告書を塵ひとつ残さずに焼き払った。
弟は賢者の石の錬成方法を知っていたが自分で試すことはなかった。力量が足りなかったわけでもましてや知識がなかったわけでもない。アルフォンス・エルリックに足りなかったのは体力と時間だった。
(そしてオレよりも良識があった。だから無茶はしなかった)
そうエドワードは思っていた。
「オレはお前を止めるべきなんだろうな、アル」
目を閉じたまま、確固たる何かに確認するかのように呟いた。

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