「本当に教師だったのか…」
新しく住むこととなる家の居間を見て、ラッセルの第一声がそれだった。
他に言うべきことはあるような気がしたフレッチャーはまじまじと兄を見た。
「教師じゃなきゃ何だと思ってたんだ」
「…詐欺師とか」
「何故」
家主はソファの上に積み上げられた参考書のたぐいを床に下ろして場所を作り、腰を落ち着けた。
「その顔で錬金術師でエドワード・エルリックと言ったらもう詐欺だろう!」
それにはフレッチャーも思わず頷いてしまった。

初めてその名を聞いたときなどは本気でからかわれているのだと思って困惑したものだった。
ラッセルはと言えば困惑を通り越して嫌みか当てこすりと受け取って、盛大に顔をしかめた。
その名を名乗らされていたのは、ラッセルにとっては不本意な事実だったのを掘り起こされてからかわれているような気がしたのだ。
だが、ハボックもヴィオレッタもただ柔らかに苦笑するばかりで一向に訂正を入れようとはしない。
「本当にそう言う名前なのよ」
「…本当に?」
「オレが自分で自分につけた訳じゃねえからなあ」
エドワードにしてみれば「いつもの」セリフを吐いた。だが冗談のように聞こえたラッセルに思い切りにらまれる。
「金髪金目で、エドワード・エルリックなんて親は何を考えているんだ」
「鋼の錬金術師にあこがれてつけたんじゃないかな」
フレッチャーがごく穏当な口調で推測する。
エドワードは軽く首を傾げた。そう言った自分の名前の由来は聞いたことはないと言う。
「その上錬金術師だって?どこまでふざけてるんだ」
弟とは対照的に、言っているうちにラッセルの方のボルテージは上がっている。火に油を注ぐようにエドワードはにやにや笑いを崩さない。
「うん、実はその上機械鎧なんだわ」
笑顔のまま、エドワードは白い手袋をはめた手をラッセルに差し出した。
恐る恐る握手をすると、確かにその感触は硬い。
「お前…」
「昔事故でな。ああ、左脚もだ」
座った膝を左手で軽く叩く。フレッチャーが目を瞠る。
ラッセルは手をほどくと脱力してソファに座り込んだ。
「…金髪金目で錬金術師で手足が機械鎧で、名前がエドワード・エルリック?…一体何の冗談なんだ」
名前くらいならば冗談で片付けられたが、機械鎧はそうはいかない。格段に医療技術が進歩したとは言え、機械鎧の装着には苦痛と困難なリハビリがつきものだ。
元軍人だとも言っていたし、常人離れした胆力の持ち主だと言うことも重々承知している。それでも、ラッセルは言わずにはいられなかった。
「お前は一体何者なんだ」
それに返る答えは相変わらず笑みを含んでの「教師だよ」と言う、ただそれだけだった。

良いからお前らも適当に荷物を置いて落ち着けよ、とエドワードは偉そうに顎を上げた。
と言われても、とフレッチャーは辺りを見回した。ソファの上は雑誌や教科書が積み上がっているしテーブルの上もそう変わりはない。テーブルの足下には空き瓶が数本転がっている。飾り気のないサイドボードには白い布がかけられている。居間へと通じる廊下に置いてあった家具も同様だった。
アルフォンスがちょっと遠い目になっていた。
「何で引っ越しに手伝いが必要なんだろうと思っていたら、こういうことだったんだね」
トリンガム兄弟がエドワードの家に居候することが決まり、アルはリンを通じてヴィーに手伝いを頼まれた。リンははずせない用事が出来てしまったので来られなかったが、アルフォンスは二つ返事でやってきた。ヴィオレッタは退院して間もない父の面倒を見るために手が離せず、代わりにエンヴィーがやってきた。一目見るなりエドに「戦力外だ」と通告されてしまっていた。その件に関してはアルフォンスも同様の見解だった。本人も、「まあにぎやかしだから気にするな!」と気負った様子もなかった。
「女手があるのとないのとじゃ違うんだが、…まあ、仕方がないか」
家主はそうため息を吐いていた。
だが、トリンガム兄弟の荷物はそう多くはない。エドワードもセントラルに越してきて間もないはずだ。これから運ぶものも、運び入れる先で整理するものもそう多くはないと予測していた。
ラッセルたちの荷物に関しては予想通りだった。頼るものは父親の残した手がかりだけで中央まで出てきたと言うだけあって必要最低限の手荷物しかなかった。
「…エドがここに越してきて、どのくらい経つ?」
アルフォンスの質問に、エドワードは指を折って数える。
「んー…大体半月、かな?新学期が始まる1週間くらい前だったから」
「で、その半月でほどいた荷物はこれだけ?」
アルフォンスがテーブルの上に積み上げられた本と、その傍らに申し訳なさそうに転がっているマグカップを指さす。
ソファの足下にわだかまる毛布には既視感さえおぼえる。今の片隅に置かれた(と言うより取り敢えず配置されて後ほど適当な場所へ移そうとしたものの果たされていないらしい)コートかけにはここ数日見かけた服のすべてがぶら下がっている。
「服はタンスにしまおうよ」
「…遠くてな」
「遠くても、寝るときもちゃんとベッドに寝ようよ」
「いやでもどうせまた起きるんだし」
「こんな狭い所じゃ眠りにくくない?」
「慣れてるから大丈夫」
「そう言う問題じゃないだろ?」
そこでようやくフレッチャーにもエドワードのここ2週間の暮らしぶりが想像できた。
つまりこのソファで本を読み睡眠をとり、食事は食器を使わずに済むもので済ませ飲み物はすべてマグカップひとつで飲んでいたようだ。ワインの空き瓶が本の間に転がっているのを発見する。にこやかに問い詰めるアルフォンスから逃れるように、エドワードは言った。
「あ、お前ら好きな部屋使って良いから。うん、書斎になってる部屋以外」
「本は持ってきたの?」
「ああ、全部じゃないけどな。ちょっと取り扱いに注意が必要な本とかだけだけど」
「錬金術関係?」
「も、あるな。読みたきゃ読んで構わないぞ」
大雑把な言いように、さすがにフレッチャーも呆れた。わざわざ持ってくるほどの大事な本をそう簡単に人に貸すものだろうか。
笑いをこらえきれない様子のエンヴィーがぽんぽんとフレッチャーの頭を撫でた。
「見せてくれるってんだから見せてもらえばいいじゃんか。」
「良いんですか?」
「なくしたり汚したりしなけりゃいいって」
家主はひらひらと手を振って請けおった。
「問題は、その大事な本が書斎じゃなくてここに積んであるってことだよね」
アルフォンスが居間を見渡した。エドワードがぐ、と言葉に詰まる。
「ラッセルたちよりむしろエドの方が汚しそうだよ、これじゃ」
「…気をつけちゃいる」
「本は書斎にしまう、食事はダイニングに行って食べる。…と言うか、もしかしてろくな食事してないんじゃ」
ふいっとエドワードは目をそらした。
「図星か」
「……人間、1日1食でも生存できることは確認されている」
「確認したのは誰?」
「オレ。」
「参考になりません!道理で最近髪がぱさついて見えると思ったら!」
「…よく見てるよな」
エンヴィーがしみじみと感心する。
不特定多数の人間を相手にする職業でもあることから、風呂や洗顔などの必要最低限の身繕いはきちんとしている、とエドワードは主張した。…何の自慢にもなりはしないが。当然黙殺されてしまう。
「…リゼンブールにいた頃にはもう少しまともな人間生活送っているように見えたんだけど」
「そりゃ、隣のお嬢ちゃんたちの努力の賜物だな」
「あ、そっか、ウィンリィがいたもんね」
「…俺たちはここで生活していけるんだろうか」
ラッセルが呟く。正直、自分一人だけならどんな生活破綻者とでも何とかやっていけると思う。相手をいないものと考えれば何も問題はない。
だがまだ小さいフレッチャーはそうはいかない。きっと何かしらの悪影響は被るだろう。
ラッセルの切実な心配をエンヴィーはへらへらと笑い飛ばした。
「大丈夫大丈夫。こいつ、誰か世話する相手か世話される相手かさえいれば人並み以上にやってけるから」
そう断言する根拠は今現在どこにも見付からない。不安げにフレッチャーが見上げる。
そう言えば、それなりに料理は出来ていたことをここでようやくアルフォンスは思い出した。その他の家事については残念ながら想像の域を出ない。
「自分一人のためにはずぼらになるってことだよ」
「たち悪…」
「うん、だからなるべく一人にはしておきたくなかったんだよね」
何故かエンヴィーは声を潜めてアルフォンスにそう言った。それに気付いたフレッチャーはわずかに首を傾げた。
「エンヴィー?」
「さて!取り敢えず、お二人さんの部屋はどれにする?選り取りみどりだぞー」
「…まあ確かに部屋数はやたらあるけどな」
主寝室を兄弟二人で使うか、と提案して落ち着かないからと却下される。主寝室なんだから家主が使え、と言うかワードローブに服をしまえと叱られた。
「その間にここの本を書斎に運んでおくから」
「じゃあ頼む。」
「じゃあ他の家具の白い布も取っ払ってきても良いか?」
「良いけど、別に楽しいことないぞ?」
作りつけの家具は家共々骨董品並に古びてはいたが美術的価値はない。元軍の官舎なのだから質実剛健を由とした飾り気のない家具ばかりなのは仕方がない。
「んーいやああんたが前に住んでた頃に書いた落書きがまだ残ってるかなーなんて」
妙に楽しげに言うエンヴィーをエドワードは白い目で見る。
「落書き?」
「そう、あんたの留守中に」
「……」
ガッ!といい音を立ててエンヴィーの頭に拳が落ちた。右手じゃないのがせめてもの救いか。
「あれはお前か!引っ越すときに消すのが大変だったんだぞ?」
「ええー?消しちゃったのー?」
「それはいいから布外して埃はらってこい!」
「はーい」
軽やかに出ていくエンヴィーを見送ってから、大きくため息を吐く。
いまだに不安が去らないフレッチャーに、エドワードは笑いかけた。
「部屋を探しに行くついでに、探検してみな?もしかするとあいつの落書きがまだ残ってるかもしれないし」
探検という響きに心躍らせるだけの子供ではないラッセルは、呆れた様子を隠さなかった。けれどもそれがエドワードなりに気を遣っていくれているのだということも分かっていたので、家主の言葉通りに二人で客間の扉をひとつひとつ開ける旅に出た。

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