口元を朱に染めたまま、吸血人形は微笑んだ。
「…どういう訳なんだって?」
呆然とラッセルは呟いた。
「クラリモンドが生命の水で動く自動人形なのは分かった。けど、どうしてそれが血を吸ったりするんだ?」
「生命の水の代替だろうな。生命の水の材料は、その名の通り人間の命だ。何だか妙に優秀なクラリモンド・ノードの学習機能が、何かの拍子で人間の血液からその精髄(エッセンス)を取り出す機能を得たとしても不思議はない」
エドワードがクラリモンドから視線を外さずに答えた。
優秀、と賞されたクラリモンドは巨体を持て余す合成獣をすぐに錬成し直した。
動かぬ部分を切り捨て、生きている部分だけを寄せ集めて別の異形へと姿を変える。
身が軽くなった合成獣は硬質な四肢で立ち上がる。折りたたまれた皮膜の翼を高い天井に届かんばかりに伸ばし一声甲高く鳴いた。
「お前…何でそんなことを知っているんだ」
ラッセルの父が、そしてラッセル自身がそれこそ命をかけて知ろうとしていたことだった。
「生命の水が何なのか、その材料が何なのか。どうしてお前が知っているんだ?!」
「教師は何でも知っている!」
真剣な心からの叫びに返った答えは、顔つきだけは真面目だった。
学生たちは気力でへたり込みそうになるのを抑える。
ハボックが軽く天を仰いだ。
「んなことはどうでも良いから、さっさとその女止めるなり分解するなり別のものに錬成するなりすれば?」
眩暈をこらえつつエンヴィーが言った。
真正のホムンクルスである自分たちを人間に錬成し直したようにしてしまえばいいんだ、と言外に滲ませる。
だがエドワードは首を横に振った。
「できねえよ。…理解できないものを分解も再構築もできるわけがないだろ」
それは人間に錬成することはおろか、合成獣たちや石人形にしたように分解することもできないと言うことだった。
「教師は何でも知ってるんじゃなかったのか?!」
「うるせえ!専門外のことなんて知るかよ!」
怒鳴り返す姿は到底教職にあるものには見えなかった。
「専門外って…錬金術的に理解できないんじゃないのカ」
リンは構えた剣で合成獣を牽制しながら呟いた。
その背後でアルフォンスは床に錬成陣を描き始める。軽い目配せで時間稼ぎが必要だと伝えられ、リンは黙って頷いた。
それはエドワードにも見えた。エドワードは合成獣とクラリモンドとの間の間合いを計り、じりじりと歩を移す。
「ヒトの組織に似せてはいるが、元のセラミックでもない。…いや、元のセラミックの構造を無理矢理ゆるめて肌のような弾力を持たせて、その下に何か発熱する器官を作ってる…?」
「それじゃ本当に見せかけだけじゃんか」
エンヴィーの言うとおりだった。
見せかけだけは精巧に作られた自動人形、それがクラリモンド・ノードだった。
「ひどく不自然で不安定な構造になっている。それを無理矢理生命の水の力で形を留めているんだ。…どうしてそこまで、温かく柔らかな手にこだわる?」
「だって、ロムアルドがそう言ったんですもの」
クラリモンドの足下で、小さな小さな創造物(クリーチャー)が鳴き声を上げた。
細かな肉片にさえ生命を与えているようだった。
「ロムアルドが…?」
ざわりと首筋が総毛立つ。
うごめく異形の生き物たちの中で、白皙の少女が笑う。
「私を冷たい手の化け物だって。化け物は死んでしまえ、と言うから」
エドワードがくしゃりと顔を歪めた。
「…だから、殺したのか」
「どうしてそうなるんだ?!」
ラッセルの問いに、ロイが独り言のように答えた。
「…そうか、彼女は側にいる人間の感情を反射すると言っていたな。…鏡写しのように」
喜びには喜びを。悲しみには悲しみを。
「殺意には殺意を返した、と…そう言うことか」
「ああ。…と言うことは、フォースタス・ノードも同じだろうな」
彼女を失敗作として処分しようとして、逆に殺されたのだろう。
おそらくはその際に偶発的に彼女は血液を取り込み糧とすることも覚えたのだろう。
触手のような足がエドワードの足下まで伸び、エドワードは飛びずさった。
「お父様もロムアルドも、死んでしまったけどこうして帰ってきて下さいました。ワグネルさんの言ったとおり」
クラリモンドは本当に嬉しそうだった。
「せっかく帰ってきたのにどうしてまた殺そうとするんでしょうね聖女さまは」
触手と共に伸びる蔦に銃弾を撃ち込みながらハボックは叫んだ。
「そりゃ言うこと聞かないからだろうよ!」
エンヴィーがフレッチャーに向かってきた蔦をたたき落とした。
「今回がだめならまた次回、って言ってたろ?」
「次回もダメならどうすんだ」
「次回もやり直しに決まってるだろ」
何せ彼女は永久に死ぬことのない自動人形なのだから機会はいくらでもある。
そうして永劫に魂の転成を待ち続ける。そう考えたらハボックはぞっとした。
「…それにしても分からねえ」
エドワードがパン、と手を合わせ床を格子状に錬成して合成獣もろともクラリモンドの動きを止めようとした。
(錬成陣なしの錬成って便利だな)
ほぼ床の錬成陣を完成させたアルフォンスが、横目でそれを見て内心羨む。
だが彼女を閉じ込めるはずの檻は完成せず、絡まった蔦にへし折られる。
「それだけ分かっていれば充分じゃないカ?」
「肝心のことが分からないんだよ。自分の組織を変化させたのも、フォースタス・ノードの復活を待ち続けるのも理由はロムアルドだ」
ワグネルは「魂の転成」などと言う妄想にとりつかれて師の魂を探していた。
だがクラリモンドは違う。魂そのものを持たないし、第一彼女が主体的にものを考えることさえない。
ただひとつの例外はロムアルドに関することだった。
「どうしてそんなにロムアルドに固執するんだ?」
「どうしてって」
アルフォンスは完成させた錬成陣を発動させた。
錬成の光が渦を巻き床から生えるように望んだものが姿を現す。
「それは、恋だと思うけど」
錬成した大鎌を振り向きざまに大きく振るった。
ためらいなくそれは、クラリモンドの胴体をまっぷたつに切り裂いた。
自動人形の上半身はごとりと重たい音を立てて床に落ちた。下半身は、ゆっくりと膝をつく。
血液と見まごう生命の水があふれ、ガラスの管や真鍮のピストンが砕けてこぼれ落ちる。
確かに人形でしかない彼女を見下ろして、アルフォンスは軽く首を傾げた。
「何も錬金術で分解しなくても、物理的に壊しちゃった方が早いかと思って」
「…いや…確かに早かったけどな」
どこか呆然とエドワードが呟く。
あまりにもアルフォンスは思い切りが良かった。
「エドが理解できないのは自動人形が恋をしたことなのか、それとも恋そのものが理解できなかった?」
エドワードはアルフォンスが怒っているように見えた。表情にも声にもそれは全く現れてはいないし、本人も自覚していないようだが、エドワードにはそう見えた。
明確な理由は分からないが、躊躇なく人の形をしたクラリモンドを両断したのは何かに対する怒りであるようだ、と判断した。
けれどもそれを問い質すよりも先にするべきことがあった。
クラリモンドが倒れると同時に合成獣も蔦も力を失った。
銃で撃たれた程度ならば自己修復が可能でも、さすがにまっぷたつにされては治せないらしい。
それでも身を起こそうと、弱々しく腕が動いた。
エドワードはその傍らにひざまずいて身体を起こしてやった。
膝の上に広がる金髪を軽く梳き、顔を上に向けてやる。
「おとうさまは、霊魂は不滅だとおっしゃいました」
胴から下は、膝立ちの状態で動かなくなった。
「だから、わたし、いつまででも待っていなくてはと」
「…クラリモンド」
「おとうさまのいうとおり、わたし、完全なからだで、きっと、いつかロムアルドと同じ」
「…クラリモンド。確かに、人間の霊魂は不滅だ。でもそれは、人の肉体が有限だからだ」
エドワードが霊魂に言及するのを聞いてエンヴィーは息を呑んだ。
「ゆうげん」
「そうだ。人間はいつか死ぬ。死んでしまったら帰ってこない。だからこそ、その霊魂は決して死なない」
クラリモンドの機能は少しずつ停止していく。
けれども、不思議とその表情は、かえって生気あるものへと変わってきているようだった。
「おとうさま。わたしのからだ、死なないのなら、わたし、霊魂はもてない」
「いや。お前の身体も有限だ。…ほら、もうすぐ全ての機能が止まる」
「ああ」
クラリモンドは真っ直ぐにハボックに向かって手を伸ばした。そうして、ほころぶように微笑んだ。
「…だから、お前はロムアルドと同じところに行ける。」
満足げにクラリモンドは目を閉じる。
伸ばした手が床に落ち、かしゃんと音を立てて砕けた。

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(051106)
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