「エド!」
思わず飛び出そうとしたアルフォンスをリンが制した。
リンにはエドワードが両の手を合わせるのが見えていた。すぐに錬成反応の光がほとばしり、アルフォンスも何故止められたのかを悟る。
跳びかかった合成獣はつなぎ目から解され分かたれて、元の複数の動物へと戻された。
「ぐ…っ」
ラッセルはこみ上げてくる吐き気を懸命に堪えた。ただ弟の視界にあれが入らぬように身体で庇うことだけは忘れなかった。
エドワードの周囲にばらけて倒れる動物たちは皆どこかしらが欠損していた。後ろ足のない大型犬が唸り、横たわる牡牛の胴がかすかに上下し呼吸している。
まだ生きている気配のあるものもあるが、ぴくりとも動かないものもいた。
「…無理矢理つなぎ合わせりゃ、そりゃ拒絶反応も起こすだろ」
ぽつり、とエンヴィーが呟いた。
「そこをなんとかするのが合成獣錬成だってのに、あれは免疫だの細胞の融合だの一切考えなしに力業でただつなげてる。だからつないだところから壊死して腐れてってる」
「…壊死したところは錬成できなかったと言うことか」
ロイが自分の考えをまとめるように補足した。
エドワードは血溜まりを踏み、倒れ伏す白い肉体を引き起こした。
両足も左腕もない奇妙なトルソーの頭部を覗き込む。アルフォンスは再びエドワードに近寄ろうとしたが、またもリンに腕を掴まれる。
リンが静かに首を振った。
「……人の気配は、とうに無かっタ」
はっと他の合成獣にも目を移す。
どこかしらに人のような部分を持つ合成獣は変わらずに咆吼を上げている。だがそれは痛みと苦しみにのたうつ悲鳴なのだと知った。
「…ここにいる、全部?」
「あア。ここに来る前に遭った1体だけはかろうじて生きていタ」
エドワードは静かに遺体を横たえると立ち上がり、だん、と床を蹴って跳んだ。
「面倒くせえ。まとめて戻す」
一気に距離を詰めるとワグネルの脇を過ぎって合成獣たちの中へと足を踏み入れてその中心に立つ。
パン、と手を打ち鳴らし先刻と同様に錬成陣を発動させる。まばゆい光が壇上に満ちてあふれてやがて収まる。
後には肉塊と血溜まりの中に立つエドワードだけが残っていた。
エドワードは死んでしまったものと生きているもののこれからのために軽く瞑目し、心の中で祈りのようなものを呟いた。
だがそれはほんの短い時間で、すぐに顔を上げワグネルを睨みつけた。
「このいかれポンチのトンチキ外道三流錬金術師未満が。ひでえ錬成をしやがって」
「…何だかひどい形容を付けられてるような気もしますが」
その形容が実は増えていることを知っているのはリン・ヤオただひとりだった。
「合成獣錬成のことでしたら、私は得手ではないのですと言いませんでしたか?」
「それもあるが、あの額の錬成陣!あれがなきゃまだ何とかなってたかもしれねえんだよ!あれで気脈がぶっつり途切れてなきゃな!」
先に遭った1体の合成獣の男にはワグネル言うところの「魂の錬成」は施されていなかった。
後で分かったことだが、彼は「魂の錬成」がなされる前に逃げ出そうと試みて失敗し、罰として即座にあの姿にされたため、結果的に助かったのだった。
「ああ、そのことですか。あれは彼らの素質に原因があったのですよ。彼らの魂が錬成に耐えられなかったのです」
「まだそんな世迷い言を言うか!無茶な錬成実験やって失敗したら合成獣に再利用か!つくづく外道だな!」
「仕方がないでしょう。これも全て師の魂を探すためだったのですから」
埒があかねえ、とエドワードは頭を抱えたくなった。
クラリモンドが小さく首を傾げた。
「お父様?お父様は怒ってらっしゃるの?」
何故かぎくりとエドワードが動揺した。
クラリモンドはエドワードに歩み寄る。血溜まりもうめく肉塊も目には入っていない様子だった。
澄んだ湖水のような目がエドワードを捕らえている。
「…オレはお前のお父様とやらじゃないよ」
「お父様はあの時も怒ってらっしゃったわ。」
エドワードの言葉さえも耳に入れていないらしい。
ラッセルやハボックたちにしてみれば「いつものこと」だったがロイやリザたちは唖然とした。
そうしてやはりあれは「自動人形」なのか、と納得もした。
「お父様はどうして怒ってらっしゃるのかしら。私が不完全だったから?」
白く細い腕をエドワードに差しのばす。
エドワードの手を取り、淡く微笑む。
「お父様。私はもう冷たく硬い手じゃないんですよ。」
こくりとフレッチャーが息を呑んだ。フレッチャーはあの手に撫でて貰ったことが何回かあった。
温かく柔らかい手だった。今でも、あの手の持ち主が自動人形だとは思えずにいた。
「…フォースタス・ノードは生体錬成を苦手としていた。自動人形の素材に有機体は使われていなかった。資料に拠れば、セラミックの一種だったらしいが…」
クラリモンドがエドワードの左手をとった。手袋越しにほのかな熱が伝わる。
ゆるりと笑う自動人形に、エドワードは困惑した。
「ロムアルドは私が冷たく硬い手だと言いました。お父様は私が不完全な失敗作だったとおっしゃいました。でも、私はもう冷たくも硬くもなく、不完全でもないんです」
クラリモンドの足下から錬成反応の光が渦を巻いて立ち上る。
とっさにエドワードはクラリモンドの手を振り払い、その場から跳びすさる。
合成獣だった肉塊が寄せ集められて再びいびつな生き物へと錬成される。ただし今度はただ一体、巨体を支えきれずに重たい頭部を床に付いたままだった。
エドワードは首を振った。
「分からねえ。何でこんなことができる?」
合成獣が喉の奥でくぐもった音を立てる。ずるり、と丸太のような尾を動かし体勢を立て直そうとあがく。
「…心がないから、じゃないの?」
エドワードの疑問に答えるようにアルフォンスが言った。エドワードに倣い彼女の本質を見抜こうと努めて冷静であろうとしていた。そうでもしなければ叫び出しそうだった。
改めてアルフォンスは師匠の教えを思い出し、エドワードと交わした議論を思い出す。
錬金術の本質、錬金術師の本分を自分の中の中心に据えて彼女を見た。
エドワードはクラリモンドから目を離さずにアルフォンスに答えた。
「違う。…あれに心があるのかないのか、と言うのはまた別の問題だ。オレが言いたいのは等価交換の問題だ」
「え…?だって、彼女には賢者の石が使われているんでしょ?その力じゃないの?」
「クラリモンド・ノードの動力は生命の水。…いわば液体状の賢者の石のB級品だ。あれに自律的自動運動と学習機能、模倣的思考をさせるだけでも結構エネルギー消費しそうなところに信者相手の治癒錬成だのこんなまともじゃない合成獣錬成だの何だのでとっくに電池切れになってそうなものなんだ」
「待て!生命の水は無限の触媒じゃないのか?!」
ラッセルが割り込み、エドワードは振り返った。
「生命の水は完全なる賢者の石じゃない。無限ではなく有限だ」
エドワードに隙が出来たのにもかかわらず合成獣はいまだ立ち上がることすらできなかった。
鋭い牙の間からだらりと下がる舌を見て、クラリモンドは小首を傾げた。
「うまくいきませんね」
ワグネルも顎に手をやり考え込む。
そのワグネルに近付いてクラリモンドはそっと手を首に回した。
「力が足りないみたいなの」
そう言って、開いた口をワグネルの首へと押し当て、一気に首筋を噛みちぎった。
「っ!!」
突然のことにワグネルも目を見開く。押しのけようとする腕を易々と押さえ込み、あふれる鮮血をすすり婉然と微笑む。
口元も拭わぬまま真っ赤に染めて言った。
「大丈夫よ。お父様があなたを生き返らせて下さるわ。だから今は、あなたの命をちょうだいね」
ワグネルは痛みと恐怖に強張った顔を幾分ゆるめた。目に安堵の表情が浮かぶ。
「んな訳あるかぁ!」
我に返ったエドワードがクラリモンドを突き飛ばした。
クラリモンドの支えを失い、力無く倒れたワグネルに向かい、手を合わせる。
「死んじまったら生き返らないんだよ!ったくそう言うことかよ!」
身体の内に構築した錬成陣の力をワグネルに向ける。力は過たず発動しみるみるうちに傷をふさぐ。
それどころか失われたはずの血液さえも再生し、ワグネルは目を瞠る。
すっかり元通りになった男に一瞥も与えずにエドワードは自動人形を睨んだ。金の瞳が怒りに燃えるようだった。
実際にその目がわずかに赤みを帯びていることにアルフォンスは気付いた。
「エド!引きずられるな!」
アルフォンスの叫びでエンヴィーも気付く。
「…ああそう言えば。賢者の石同士は引き合い共鳴するんだったっけ」
「おじさんはどうなの」
甥に訊かれ真顔で答えた。
「実のところ、ここ来てから何かざわざわすると思ってた。あれと反応してたんだな。」
エドワードの中の賢者の石に対する時のような強烈な郷愁や憧憬とは全く性質が違っていた上、ごく微弱なものでしかなかったので分からなかった。
それに、石に対する感受性そのものもホムンクルスであった時よりもずっと弱まっている。
リンはすぐにエドワードの気配がいつものように戻ったことにほっとした。
「悪い」
小さく言って、顔を上げる。
そうして真剣な顔でワグネルに相対した。
「お前は自分のしでかしたことの意味を知らなきゃならない。命と魂の有り様を知って、自分の罪を知って、そこから初めて裁きと償いが始まる。それ以前のこんな所で死んで、永遠に逃げられるなんて誰が赦そうとオレが赦さない」
「何を言って…」
「罪を自覚できなきゃ罰にも意味がないってことだ。そのことについてはまた後でだ」
トン、とワグネルの首筋に手刀を落とす。がくりと気を失ったワグネルを無造作に脇へ除けて立ち上がった。
「まずは、あの吸血自動人形を機能停止させてからだ」
クラリモンドは笑ってそこに佇んでいた。

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