「ざっとあの書庫にあった資料を見て、それとナッシュ・トリンガムのレポートから組み立てた推論だが、クラリモンド・ノードはホムンクルスではない」
エドワードはゆっくりと階段を下る。
「そもそもフォースタス・ノードは生体錬成を全く理解していなかった。錬金術師のありがちな野望である『完全な人間』を創り出そうと目論んだはいいが、人体どころか有機的結合だとか生命活動の基本的な働きだとか、始まりのとこからつまずいた。」
「あなたは…!師を侮辱する気ですか?!」
ワグネルが激昂する。アルフォンスが軽く首を捻った。
「…ワグネルは自分の矛盾に気付いていないのカ?」
「…フォースタスの生まれ変わりだと信じてるのかそうでないのか、どっちなんだろうね」
リンの疑問に同調した。
だがエドワードはワグネルの怒りも学生たちの疑問も耳に入らないといった風に歩みを進め、壇のすぐそばまで降りてきた。
壇上のクラリモンドを見て、それから軽く目を伏せた。
「だがフォースタス・ノードは諦めなかった。生体錬成は確かに苦手としていたが、得意な分野もあった。…むしろ、フォースタス・ノードは錬金術師と言うよりも優秀な技師だった。周囲には機械鎧技師は多く、得る知識や技術も格段に多かった。そうして機械鎧の知識や技術を駆使して創り上げたのが自動人形・クラリモンドだった」
クラリモンドがエドワードを見る目は空虚だった。
貌はうっすらと微笑む形に作られていたが心から笑っている訳ではなかった。
「うそ…」
フレッチャーが呟いた。
フレッチャーもラッセルも、クラリモンドを間近で見ていた。
「ここまでうまく人に似せて作れたのは大したもんだと思うよ。…でも、決定的に人じゃない」
「人ではなく、人をも超えた存在ですから」
師をおとしめられた訳ではないと分かりほっとしたのかワグネルが鷹揚に笑う。
そんなワグネルをエドワードは無表情に見やる。
「人でもなければ生き物でもない。フォースタス・ノードは人も生命も創り出すことはできなかった。ヒトガタはなるほどよくできた。だが、中身がそれに伴わなかった。」
「中身…?」
トン、とエドワードは自らの胸を軽く叩いた。
「魂がないのさ。どっから手に入れたのか、生命の水とやらを血液代わりに使い、よくできた人形を滑らかに動かすことには成功した。経験から学習し自律的に思考し動くことも可能になった。それでもとうとう、人形に魂は生まれることはなかった」
どうやらフォースタスは形さえ完璧に作れば魂も自動発生的に生じて来るものだと思っていたらしいがね、と付け加える。
「でも!でも、クラリモンドさんは笑いますし泣きます!魂がないなんて、そんな…」
フレッチャーの叫びにエドワードが振り返る。どちらが人形だ、と言いたくなるような無表情さだった。
「ほとんどは反射か学習だ。一番そばにいる人間が笑えば笑うし、泣けば泣く。そういう風に作られている」
愕然としながらラッセルは思い返した。
信者たちの悲しみや苦しみ、あるいは喜びに同調するクラリモンドに違和感を覚えたことは一度や二度ではない。
信者たちと共に泣き、共に笑うそこにクラリモンドの意思は見当たらなかったからだとようやく気付いた。
「フォースタス・ノードは作り得なかった魂の研究を続けた。その死後は、弟子たちが引き継いだ。でも、根本的な理解ができていない上に方向性も大いに間違っている」
目の表情が鮮やかな怒りに塗り変わる。エドワードはワグネルを睨みつけた。
「お前のやってきた研究は間違っている。…あんな脳味噌に素手を突っ込んでかき回すようなのは魂の錬成でも何でもない」
怒りのままに吐き捨てた。
ワグネルはエドワードを嘲笑う。そうしてことさら出来の悪い生徒に向かって説明するように話しかけた。
「間違っている、と感じたのはどこですか?ああ、倫理的なことでしたらそれは問題ではないのです。より深遠な真理によりなされるのが錬金術なのですから」
間違っている、と言うエドワードの「感覚」こそが間違っているのだと言いたいらしい。決してエドワードに「理解」できているとは思っていないのが容易に見て取れた。
「思い悩む方々の魂そのものを改変し高次へと錬成する、その前段階で取捨選択がなされるのです。全ては等価交換…得るものがあれば失わなければならないものもある。そう言うものなのです。」
「…魂そのものを、改変?」
ロイが呟いた。
かつての同級生や下級生たちの変わり果てた姿が脳裏を過ぎる。
うつろな目でただうすぼんやりと弛緩した笑みを浮かべるだけになった彼らは、真面目で優秀な士官候補生たちだった。
「信者たちにも、その錬成を…?」
ロイの問いに、当然のようにワグネルは頷く。
「ええ。ああ、そう言えばあなたと同じ士官学校の学生だった方々も多かったですね」
「バカな!何故そんなことを!」
「バカなことを、と仰いますが彼らは真摯に悩んでいたのですよ。この百年の平和の国の軍人になる意味を必死に探り、答えに行き着いたのです」
芝居がかった動作で腕を広げて笑うワグネルを士官学生は睨みつけた。
「自らの魂を高次へと作り替え、真の意味で人民を守り導くものとなる道を選んだのです。…まあもっとも、魂がその段階に達していなかった方の方が多かったのですけれどもね」
彼らが精神の均衡を失った責は自分にはないのだとうそぶく。
端で聞いているアルフォンスさえ吐き気を覚えた。エドワードはじっとワグネルを睨みつけたままだった。
「それでも、腐敗しきった軍で糊口をしのぎ国民のお荷物となるよりは、あの様に幸福な夢のうちにいることの方がよほど良いのではないかと私などは思いますが」
「ふざけるな!良いわけがないだろう!」
「そもそも、軍に何の意味があるですか?この国はフェアリー・リングに守られて他国に攻め入られることなどありはしないのに。治安を守るものでしたら警察機構もあるのです。軍を養うなど、税金の無駄遣いだと思いませんか?」
アメストリスは「百年の平和の国」と呼ばれている。ここ百年ばかり戦争らしい戦争が全く起こっていないからだった。
その直前の軍事独裁政権下の動乱との対比でその平和はいっそう際立っていた。
議会共和制へと移行した際にその基盤作りが強固になされたことも大きな原因のひとつであったが、それ以上に「フェアリー・リング」と呼ばれる形無き防衛機構の存在が大きいとみなされている。
内陸国アメストリスはその四方を他国に囲まれているが、その国境を越えて他国が攻め込もうとすれば必ず天変地異が起こる。
たとえば北のドラクマがブリッグズ山を越えてきた時には猛吹雪となりその兵のほとんどが戦闘不能となった。猛烈な雪と風に視界を奪われ散り散りとなり、その多くが凍傷で銃も持てぬ有り様となった。南東からアエルゴが侵入してきた時にはこれもまた砂嵐が彼らを襲った。
一再ならず天候の急変により軍事行動を諦めなければならなくなった周辺諸国は、アメストリスを取り巻く結界のようなものがあるのではないかと疑いだした。
それを妖精たちの踊りの輪になぞらえて「フェアリー・リング」と呼んでいる。一度妖精たちの踊りの輪に加わってしまった人間は、死ぬまで踊り続ける。あるいは踊りの輪から抜けると相当の年月が経過していて、知己は全て墓の下だという伝説に基づいている。
それは軍政下の国家錬金術師により密かに仕組まれた錬金術だとも言われているが詳細ははっきりしていない。
だが確かにここ百年の間この国の平和は保たれていた。
だがロイの見解は少々異なっていた。
「フェアリー・リングが永久に効力があると誰が証明した?大体、その実態さえも明らかではないものを頼りにし続けて良いのか?」
軽くハボックが目を瞠った。
「確かに軍は安寧に寄りかかり形骸化している。だが未来に腐敗が進むかどうかは確定していない」
真っ直ぐに頭を上げて言うロイを、エドワードも見ていた。
「軍が間違った方向へ行こうとしているというのなら、内側から正していける立場にあるのが我々士官学生だ。百年の平和の国での軍のあり方もまた自分たちで探っていけるはずだ」
軍も錬金術師も人民のためにある。そうロイは信じていた。
軍が人民に害をなすのであれば変えていけばいい。150年前に先祖がしたように。
ロイは目先の悩みに揺らぐことがなく、甘言に乗ることもなかった。
ワグネルの現実放棄のすすめには到底首肯できなかった。
「立場の違いがこんなにも意見の相違を大きくするとは哀しいことですね」
ワグネルはわざとらしく溜息を吐いた。
「立場の違いはこの際関係ねえだろ」
エドワードが頭を掻いて言った。次元の異なる問題として片付けようとするワグネルに呆れ返っているようだった。
「いいえ、悲しんでいるのはあなた方のためです。…クラリモンド」
「はい」
クラリモンドが頷くと、背後の蔦の檻がするするとほどけ始める。
檻の向こうの合成獣が咆吼を上げた。
「な…!」
驚愕するラッセルにワグネルは満足げに笑って見せた。
「あなたの錬金術は父親譲りでしょう。だから、クラリモンドも使うことができる。しかもその力は彼女の方が上なのですから何も不思議なことはありません」
「『だから』ってことはやっぱり…」
「…殺したのか」
低くうなるようにエドワードが問う。
「彼はクラリモンドの中で生きていますよ。あなた方が悲しむことは何もない」
ワグネルの哄笑と合成獣の咆吼が重なり耳障りだった。
会話の内容を処理しきれずにフレッチャーが呆然と兄に縋った。ラッセルのレポートを持つ手に力がこもる。
クラリモンドは機械人形とは思えぬほどに艶やかに笑った。
その目は合成獣もワグネルも、エドワードも見ていなかった。ただひたすらにハボックを見詰めている。
「さようならロムアルド。生まれ変わったらまた会いましょうね」
ほどけた蔦は伸びる方向を変え壇上からひな壇の席へと伸び床と壁とを覆っていく。
足を取ろうとする蔦を銃床でたたき落としてハボックは叫んだ。
「だから!俺はロムアルドじゃないしロムアルドって誰なんだって!」
「誰って、お前の祖父さんだろ、ロムアルド・ハボック」
さらっと答えがあらぬ方から返ってきた。
エンヴィーもそれでぽん、と手を叩く。
「あーそれでどっかで聞いたような感じがしたんだ」
これですっきりと眠れそうだ、と清々しい顔で伸びる蔦を軽く避けた。
ハボックは愕然とエドワードを見た。
「…まじすか」
「嘘言ってどうするんだよ。つーかお前がロムアルドの生まれ変わり?ありえねえ」
「…あなたはロムアルド・ハボックを知っているのですか?」
ワグネルの疑問はもっともだった。
「知ってるって言っても50年ほど前に消息不明になった後のことは知らねえよ。まあ確かに顔はちょっと似てるかもしれないけど、魂が全然違うぞ?これでどうして生まれ変わりだなんて言えるんだ?」
首を傾げて逆に聞き返す。
「消息不明のロムアルドをどうしてお前らが知ってるんだ?」
「師が、倒れていた彼を介抱したと…そう、聞いています。直接は私も会ったことはありません」
ロイは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
ほぼ同じような疑問がワグネルにも浮かんでいるようだった。
50年ほど前に消息不明になったロムアルド・ハボックを知っている。しかも「魂」の判別が付くと言うことは伝聞などではなく直接見知っていると言うことだろう。
と言うことは。
「………あなたは一体いくつなんだ?」
「若作りだとよく言われる」
そう言うレベルではないとリザは思った。もし若作りが事実ならば、その秘訣を聞いておくのは後々のためになりそう、と遠目にも滑らかなエドワードの頬を見て思う。
アルフォンスとリンは乾いた笑いを浮かべた。
「それよりも、あなたは魂が見えるのですか?」
「見える、と言う言い方は正しくないな。魂は目に見えるものでも耳で聞こえるものでもない」
よ、と軽く勢いを付けて壇上に一気に飛び乗った。
丁度アルたちとワグネルたちの中間あたりに立つと講義の時のような声音で説明を始める。
「肉体の目では魂を見ることはできない。魂を感知する器官は肉体ではなく精神にある。なぜなら、魂と肉体を結びつけているのは精神だからだ。魂を研究しようと言うのなら、まずはこの精神の目を開く必要がある」
音響をも考えられた礼拝堂に、エドワードの声はよく徹った。
「…見えてないのなら、ワグネルの魂の錬成って言うのは…」
アルフォンスがぽつりと漏らした疑問に、厳しい顔つきでエドワードが答えた。
「何をどう勘違いしたか分からないが、前頭葉をいじってた」
こつこつと指先で己の額を叩いて見せた。
「チャクラだったか蓮華座だったか、とにかくそこが魂の座だとか称してやみくもにいじってる。んな訳あるかっての」
「……じゃあ、金髪の人が黄金の魂を持ってるって言うのは?」
「だったら黒髪は暗黒の魂の持ち主なのか?普通に考えてそりゃねえだろ」
一刀両断だった。
「…どこまでも相容れないようですね」
「全くだ」
「では、来世では和解できることを願っておりますよ」
それを合図に、合成獣が宙を蹴ってエドワードに襲いかかった。

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