「やれやれ。ゴーレムの制御方法を見抜かれてしまいましたか」
口調とは裏腹にワグネルの優勢は崩れていなかった。
言われたとおりに石人形の後背に回り文字を見つけ出したリザは文字を銃で撃ち抜いた。それと同時に石人形はくずおれ石くれと化す。ほんの少し削れるだけでも充分だったらしい。
けれども周りを囲む石人形の群れにリザは軽く舌打ちをする。
「きりがありませんね」
クラリモンドから動力と指示を受け取る文字を削れば石人形は全ての動きを止める、と分かりはしたものの、石人形の数は多すぎた。
「となるとやっぱりあとは大本を絶つしかない、か」
「どうやって?あの女は不死身なんだろう」
ハボックの呟きにロイが疑問を返す。
エンヴィーが手近の石人形を蹴り倒し後頭部を砕いた。
「厳密に言えば不死身じゃない。何度か殺せばエネルギー切れになるよ」
飄々とした声に、わずかに甥が眉をしかめた。壇の間際にいるクラスメイトに向かって声を張る。
「聞こえてるな?その女の核になる賢者の石がどこかにあるはずだ。そこを狙え」
リンが軽く首を捻り、エンヴィーを振り仰ぐ。
「どういうことダ?」
「あの女の人はホムンクルスなんだって」
アルフォンスの説明は簡潔だった。リンは改めて壇上の女を見る。
それからまた首を傾げた。
「ホムンクルスというのはこないだのグリードとか言う奴みたいなのを言うんじゃなかったカ?」
クラリモンドの気配とグリードの気配はまるで似ていなかった。
(…と言うか、あれは生きているのか?)
クラリモンドの白皙の美貌とあいまって、一体のよくできた人形が立っているようにしか思えなかった。
どんな生物でも特有の「気」を持つ。そして生きているものならばその「気」が常に廻っているものだ。
それはグリードでも同じだった。複数の人間の気が勢いよく巡り、ある意味で彼はかえって普通の人間よりも生き生きとしていた。
だが、目の前にいる金髪碧眼の女からはあの強烈な気配はまるで感じられない。
静かで冷たい、丁度古い美術品を目の前にした時のような冷え冷えとした気配しか感じられなかった。
「核のありかは気配で分からないか?」
エンヴィーの声にリンは首を振る。
「分からなイ」
「一番力の集中してそうなところだ」
「参考までに、額と右腕はハズレだったようだ」
ロイも言い添える。
「集中も何モ」
石人形の拳が降ってきて、アルフォンスとリンは左右に分かれた。
アルフォンスは内ポケットからチョークを取り出した。それを視界の隅に入れたリンは襲ってきた石人形の文字に剣を突き立てた。
その隙にアルフォンスはごく単純な正円と四角からなる図形を手早く床に描き発動させる。
床は変形し石人形の行く手を阻む柵となった。
柵の間をすり抜けてリンもアルフォンスのそばへ行き壇上へと上がる。
アルフォンスは薄笑いを浮かべるワグネルを睨みつけた。背後のつる草の檻が軋みを上げる。
「あの中にハ?」
「合成獣が4体半」
「…4体半?」
「そう、4体半」
リンはアルフォンスの心底嫌そうな顔と、ここに来る前に見たあの合成獣とを合わせて考えあの中に押し込められているのもまた人間を使った合成獣なのだろうと推察した。それにしては「4体半」との半端な数字が気にはなる。気にはなったがいつになく剣呑なアルフォンスの様子に重ねて問うことはためらわれた。
鈍い音を立てて柵が一本、石人形によって砕かれた。まだ巨体が通れるまでには到っていない。
その時だった。
礼拝堂の床をなめるように稲光が走った。
錬成反応の光が収まったところから瞬く間に元の石畳へと戻っていく。石人形は跡形もなく消え失せた。砕かれた柵はそのままに、その間から正面の出入り口を見れば細身の人影が目に入った。
片膝を付き手を床に当てていた彼はゆっくりと立ち上がる。
「ゴーレムは全て石へと戻した。内側のカラクリも外側の起動キーも消したから、もう一回立ち上がらせるには最初から全てを作り直す必要がある。」
「できるんだったら始めからそうしろヨ」
リンが文句を付けた。実は礼拝堂の外、正門付近まで石人形の群れはずらりと並んでいた。リンがここまで来るのも一苦労だったのだ。
「表で一体分解(バラ)して作りを理解したからできたんだって。いくらオレでも理解できてないものを分解も再構築もできねえよ」
「…錬金術、なのか?」
呆然とラッセルが呟いた。
ロイも目を瞠る。これだけの数の石人形を一気に石へと戻す錬金術師はそうはいない。
「一体分解した」などと軽く言うが、それにしてもこの短時間で理解し、更に再錬成する構築式を組み立てるだけでもただものではない。
それに何より。
「錬成陣は…?」
エドワードの足下にそれらしいものは見えない。
そう言えば路地で合成獣に対峙した際も、エドワードは両手を打ち鳴らして鉄柵を剣へと錬成した。あの時は自分と同様手袋あたりに錬成陣が仕込んであるのだろうと思って気にも留めていなかった。
さすがにワグネルの余裕も崩れ、驚愕する。
「一体あなたは何者ですか…?!」
エドワードは傲然と顔を上げ己の親指を胸にぐっと突き付けて、高らかに答えた。

「教師だ!」

アルフォンスが軽く瞑目した。エンヴィーも視線を逸らす。
「教師歴2日で威張るナ」
かろうじてリンが鋭いつっこみを入れた。
何とも言えない空気が漂う中を、気付いていないのか気にしていないのかエドワードは壇上に向かって降りていく。
その途中で足を止め、ロイたちがひとかたまりになっている方を見た。
ぎくり、と固まったハボックにやや目をすがめたがその向こうにいたラッセルに目を留める。
「お前、ラッセル・トリンガムだな?で、その隣がフレッチャー・トリンガム?」
一応は疑問の形をとっていたがそれは確認だった。
「何で俺たちの名前を」
「ここに書いてあった。これはお前たち宛てのもんだ」
そこでようやくエドワードが何かの紙の束を丸めて手にしていることに気付いた。
表紙は日焼けしうっすらと色付いてずいぶんと古びている。場違いなまでにエドワードは優しく笑い、レポートらしい紙の束をラッセルに差し出した。
「ざっと読ませてもらったが、ナッシュ・トリンガムのレポート…兼、お前たちへのメッセージだ」
「どうして、何でそれをあんたが持ってるんだ?!」
それはラッセルが必死になって探していたものだった。
無論、信者の相手をする暇を縫い、ワグネルの目を盗んでのことだったが。
「書庫みたいなところの目録棚の奥から見つけた」
「そんなところに…」
エドワードからレポートを受け取ると、全身から力が抜けてしまいそうだった。
懐かしい筆跡が目に入る。
「…そんなところから一発でそれを見つけ出すあんたは一体何者だ」
思わず素直な感想を声に出してしまったハボックは、笑顔を向けられてすぐに後悔した。
「オレは昔からこういうものを見つけるのは、割と得意なんだ」
それは錬金術の文献探しで培った独特の嗅覚だった。
錬金術の文献は、一見してそれと分かるものは多くない。他の形をとる錬金術書を数多く求めるうちに、探し求める書物が呼ぶ声のようなもの、あるいは何か引きつける引力のようなものを察知するのがすっかりと得意になっていた。
ちなみに、この能力は軍人時代には不正の隠匿を暴くのに大いに役立った。エドワードの査察はハズレがなく、どんなに巧妙に隠しても必ず見破られると悪徳軍人その他の皆さんに非常に恐れられた。
そんなことはさすがにハボックも知らぬ事実だったが、知っていれば悪徳軍人さんたちと同じ気持ちを今味わっていると思ったことだろう。
エドワードはラッセルに向けた笑顔のままだったが、その質は明らかに変わっている。
「そう言えば久し振りだな、元気だったか?」
「あ…は、はい」
「どこで何やってたんだ?…とは聞かねえから覚悟はしておけ」
うわ見抜かれてる。見抜かれてるよどうしよう。逃げたいけど逃げられない。
ハボックは合成獣に囲まれた時よりも石人形に囲まれた時よりも、心底怯えた。
幼い頃、母親に怒られるのも怖かったがそれはハボックにとってはブリザードを耐えるようなものだった。
冷たく厳しく吹き荒ぶが終わるまで堪え忍べばそれでよかった。
だがエドワードに叱られるのはそれとは全く違っていた。怒られることは比較的しょっちゅうだった。『怒る』時は怖くはない。怖いのは滅多にない『叱られる』時だ。
エドワードに叱責は心の内側にぐさりと穿たれる。そしてその痕がいつまでも残る。
今回のは間違いなく叱られる。その前兆を感じ取り、ハボックは怯えた。
猶予を与えられたのは今が非常時だからだ。
エドワードが鋭い視線を壇上に向け、つられるようにハボックもワグネルとクラリモンドに意識を向けた。
クラリモンドが身を乗り出すようにじっとエドワードを見ている。

「お父様…」

その薄紅の唇からこぼれた言葉に、周囲はまた凍りついた。
エドワードは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「お前みたいなもんを作った覚えはないな」
エンヴィーはその口調にわずかに違和感を覚えた。何だろう、と違和感の元を探ろうとする前にワグネルがクラリモンドに問い質す。
「本当ですか、彼が師の魂を持っているのですか?」
「ええ、間違いないわ。お父様よ」
破顔し言い切った。ワグネルも喜色満面の笑みでエドワードを見上げた。
「素晴らしい!」
「いやそれあり得ねえから。」
嫌そうな顔でひらひらと手を振った。
「…まあ確かにありえないナ」
「うん、ラッセルが鋼の錬金術師の生まれ変わりって言うのと同じくらいにはありえないね」
同じ壇上でアルフォンスとリンがひそひそと交わす会話もワグネルの耳には入っていないようだった。
「…でも、ある意味確かに『お父様』なんじゃないか?」
エンヴィーがぽつりと言った。
「えーと何て言ったっけ?フォースタスとか言う奴の転生じゃあないだろうけどさ」
「そりゃそうだ」
「でもクラリモンドって子はホムンクルスらしいからさ」
エンヴィーはエドワードの心臓を指さしながら言った。
そこにはエンヴィーの「お父様」のものだった賢者の石が眠っている。
「ホムンクルス?あれがか?」
そこでようやくエンヴィーは違和感の正体に気付く。
改めてクラリモンドを見て言った。
「…あの聖女さま、もしかしてものすごい化け物?」
「どういう意味だ」
その言いようにラッセルが眉を顰めた。
「さっきからこいつは聖女さまを『人間』扱いしてないんだよね。『あれ』とか『もの』とかさ。こいつの『人間』の範疇は途方もなく広いのに、その中にも入ってない」
エドワードは、それを否定しなかった。

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