アルフォンスたちは石人形の群れに囲まれた。
合成獣を捕らえた蔦でその動きを絡め取るという手も考えたが、そうすると合成獣を拘束する力が弱くなりそうで使えなかった。
そうこうしているうちにじわじわと石人形たちは包囲を狭めてくる。
ハボックが銃で2,3発撃ってみるが部分を砕くことはできてもその動きは止められない。それどころか砕かれた部分もすぐに独りでに補修された。
「あれも賢者の石の力?」
「だな。」
「ああいうのを相手にする時はどうしたもんでしょうね、おじさん」
「力に自信があるなら片っ端から砕いて砕いて賢者の石のエネルギー切れを待つか」
「弾切れの方が早いな」
ハボックに向かって伸ばされた石人形の腕を台尻でたたき落とす。
壇上で薄い笑みを浮かべてこちらを見ているワグネルをエンヴィーは横目で睨んだ。
その傍らに立つクラリモンドもどこか夢見心地な様子で微笑んでいる。
「…あるいは、操っている人間をどうにかするか、だな」
頷いてリザが銃を壇上に向けた。
そこへ石人形の拳が振り下ろされて容易には狙えない。ち、と舌打ちをする。
石人形の拳は重いが速度はないのでかわすのは難しくはない。だがどうにも数が多い。かわしたその先にもまだ石人形は控えていて、落ち着く場所がない。
安定しない体勢から、それでも何とか壇上を狙っていると、リザと同様に銃を持っていたロイが2発、彼らに向かって撃った。
銃弾は過たず、壇上の人物の右腕と額を撃ち抜いた。
やけにゆっくりとその身体が倒れる。
「あ…」
撃ったロイも動けなかった。
銃口を下ろすことができない。凍りついて動かない銃を握る手に、被せるようにハボックが手を乗せた。
「人を撃ったのは初めてか?」
目を合わせずに静かに問われ、はっとロイは我に返った。
銃を下ろし視線を下ろして俯いて呟く。
「…いいや。」
「そうか。」
「人に、当たったのは初めてだ」
「…もう少しちゃんと訓練なさって下さい。銃がお好きでないことは分かってますが」
リザの声にも苦い気遣いが滲んでいる。
「そうだな。リザなら間違えずに当てられただろうな」
自嘲と後悔があふれ出しそうだった。ロイには、倒れた少女を確かめるために顔を上げることはできなかった。

「クラリモンド!」
駆け出そうとしたラッセルをアルフォンスは止めた。
「落ち着けよ!」
「放せ!クラリモンドが撃たれたんだぞ?!」
「そうだ、撃たれたのはクラリモンドさんだ。それなのに」
アルフォンスが周りを見回した。つられるようにラッセルも辺りを見た。そしてはっと気付いた。
「…それなのに、石人形の動きが止まってるんだ」
ラッセルは息を呑む。
倒れたクラリモンドを抱き起こし様子を見ているワグネルは無傷だ。
「ワグネルが動揺して制御をやめてしまっているようには見えないよね」
「…クラリモンドは錬金術なんか使えないはずだ」
「そうなの?癒しの技は治癒錬成だって聞いてたけど」
ラッセルは力無く首を振った。
「本人にも治癒錬成をしている自覚はないんだ。ただ、端から見れば錬成反応が分かるから…でもどこにも錬成陣はないし」

「ところでさ、人間って頭と心臓撃たれたら死ぬんじゃなかったのか?」

沈み込む雰囲気の中、エンヴィーが壇上を指して言った。
ワグネルに抱えられたクラリモンドの右腕が持ち上がる。ワグネルの肩に手をかけて、すっと立ち上がった。
白く細い手で額を拭い、紅く汚れた手の甲を見て不快そうに眉を顰めた。
「汚れてしまったわ」
ワグネルが差し出したハンカチできれいにぬぐい取った。
額にはもう傷跡はない。貫通したはずの腕もきれいに穴は塞がっている。白い袖に赤い血が滲み、硝煙のにおいが残っていなければ撃たれたこと自体が幻に見えた。
クラリモンドから返されたハンカチで、ワグネルは細かく波打つ金の髪に残る赤い血を丁寧に抜き取った。
そうして髪を軽く整えてやり、満足げに頷いた。
クラリモンドも、にっこりと微笑む。
「…普通は、死ぬよ?」
アルフォンスがどこか途方に暮れた声でエンヴィーの疑問に答えた。
「んじゃ普通じゃないか人間じゃないかのどちらかだな」
「普通じゃなければ人間じゃないんじゃないか」
ラッセルの指摘ももっともだった。だがエンヴィーは普通じゃないけど「人間」の奴もいることを知っている。
どこの誰よりも「人間」らしい彼のことを一時頭から追い出そうと軽く肩をすくめた。
ロイも唖然としていた。
「…良かったですね、初めての人殺し体験回避できて」
「………良かった、のか?」
ハボックが首を捻った。
「いつか軍人になったら引き金を引く日が来るとは言え、こんな所でしかも狙った相手ではなくその上美人を完全に自分のミスから撃ち殺してしまうなんてトラウマになっても仕方のないことだと思います。ええ、訓練不足が招いたことでしょうがだからこそ情けないと自分を責めたことでしょうし」
「…リザ、今度からちゃんと射撃訓練にも手を抜かないようにするから、頼むからその辺で勘弁してくれないか…」
リザの容赦のなさにハボックはいっそ感心した。
ロイは完全にうちひしがれている。
そんな小さな茶番劇が聞こえているのかいないのか、ワグネルは満足げに笑った。
「そう、彼女は人間ではない」
フレッチャーがぎゅっと兄の服の端を握り締めた。
「彼女こそは技巧(アート)の精髄、錬金術の粋を極め我が師フォースタス・ノードの創り出した、人を超える人、ホムンクルスなのですよ」
ラッセルもアルフォンスも言葉もなかった。
理想の人間、完全な人間を技術によって創り出そうとするのはつまり、最大の禁忌である人体錬成に触れることでもある。
完全な人間の創造は錬金術師の抱きがちな野望のひとつではあるが、同時に強く戒められていることでもある。
エンヴィーはふん、と鼻を鳴らした。
「つまりあれか、知らない間に末の妹が生まれてたって訳か」
「そしたら聖女さまは俺のおばさんに当たる訳か」
「よかったな、美人のおばさんが増えて!」
「…いや、あんまり」
そうした人外魔境すれすれの会話はひっそりと小さな声で交わされたために幸いながら他の者達の耳には入らなかった。
再び、石人形たちが立ち上がり動き始める。
クラリモンドが婉然と微笑んだ。
「さようなら、ロムアルド。またいつか会いましょう」
「死んじゃったら会えませんてば」
「あら、ひとは何度でもよみがえるのよ」
空虚な瞳にハボックはぞっとした。邪気も悪意もないが、それ以外の大事な何かも欠けている。そんな印象だった。
「その通り。人の魂は転生します。何度でも」
ワグネルが誇らかに胸を張る。
「そう、そこにいるラッセル君がエドワード・エルリックの転生であるようにね」
ラッセルが苦虫を噛み潰したような顔になり、ハボックは目を逸らした。
「それなんですけど」
講義中のようにアルフォンスは手を挙げて口を挟んだ。
石人形に再び囲まれているというのに危機感も微塵もない。
「どうして彼がエドワード・エルリックの生まれ変わりだと分かったんですか?あなたには魂が見えるんですか?」
「もちろん、魂は目に見えないものですよ」
ワグネルは上機嫌で答えた。この状況下において見込みのある生徒が現れたことを喜んでいるように見えた。
「ですが魂と肉体は分かちがたく結びついているのです。ですから、黄金の魂を持つものはその肉体にも黄金を帯びて生まれてくるのですよ」
「…それで金髪ばかりを狙ってさらっていたのか」
ロイが吐き捨てた。
アルフォンスは軽く首を傾げた。
「でもあなたは黒髪ですよね?一見したところ金色の部分はないように見えるんですけど、そうするとあなたは黄金の魂の持ち主ではない、と言うことになりますね?」
「ええ、残念ながら私の魂はそこまで到達しておりません。ですが、魂の転成は可能です。卑金属の魂を黄金の魂へと錬成する、偉大なる我が師フォースタス・ノードを私は探しているのですよ」
「行方不明なんですか?」
「ええ、その魂は世界のどこかで眠っています。彼の魂を持った人物を捜し出して私の魂を転成して頂くのが、私の悲願なのです」
エンヴィーがしらけた顔でアルフォンスに尋ねた。
「専門家の見解はどうだと思う?」
「辺り中に迷惑かけながらしかも他人任せの根性は、一度鋼の錬金術師に右手で殴られて矯正された方が良いんじゃないかな」
「ほぼ同意見。でも右手じゃなくて左脚で蹴られるべきだと思うね」
彼はパンチよりもキックの方が得意だった。
アルフォンスは穏やかな表情を一転させて手近な石人形を蹴り倒し、その背を駆け上り壇上へと歩を詰めた。
丁度石人形の頭上を飛び石でも渡るように跳んでいく。
壇の際まで来て足を取られ、バランスを崩すがたたらを踏んで持ち直す。アルフォンスの突然の豹変に鼻白んだ様子のワグネルを睨み上げた。
「あなたの論理には納得できないし、大体気に入らない。黄金の魂とやらが欲しいのなら、自分で自分の魂を磨く努力をするべきだ」
「どうやって?その方法も分からないのに。だから私は、先達を欲しているのですよ。お若い方には理解して頂くのが難しいんでしょうかねえ」
やれやれ、と首を振る。
アルフォンスの背後に、ゆらりと石人形が迫った。
はっとして振り返るがその反応が一瞬遅れた。振り下ろされる拳に衝撃を覚悟する。
「っ、」
息を呑んだその時、石人形の後頭部に何か塊がぶつかり拳は空振りに終わった。
ごとん、と重い音を立てて落ちたそれはどうやら他の石人形の頭部のようだった。
驚いて見上げた先には開け放たれた正面の扉とその前に立つリンの姿があった。手には細身の剣を持っている。
「間に合った、のかナ?」
「リン!どうしてここに?!」
「それはこっちのセリフダ」
「知り合いか?」
ロイに気付いてリンが軽く手を挙げた。
「合成獣は?それに金髪の彼はどうした?」
「合成獣は何とかなっタ。もう一人はここに来る途中の建物に寄ってから来ると言ってタ」
リンは知らなかったが、その建物は西棟と呼ばれ主に書庫として利用されている建物だった。
そう答えながら、手近にいた石人形を蹴り倒し、その頭部の裏をほんの少し削るように剣を当てた。ただそれだけで、石人形はたちまち動きを止める。
「この石人形を動かしコントロールしているのはこの何だか刻まれてる文字だと言っていタ。そこを削れば動きは止まるし再錬成もされない、と言うことダ」
確かに言われてよくよく見てみれば、どの石人形にも必ず「EMETH」の文字が刻まれていた。
本来消すのは「E」だけでよいのだが、リンはそこまで説明を聞いていなかったしそれだけを削るような芸当はさすがに難しかった。
「なーおじさん」
「何だ甥っ子」
ハボックの顔色が心なしか青白い。
「俺、こういうことに頭から突っ込んでって巻き込まれてしかも錬金術に無茶苦茶詳しくて更に金髪って、一人しか心当たりないんだけど」
「あんなのが何人もいてたまるか」
「やっぱあの人なのか?!何でいるんだ?!てか何でセントラルなんかに出てきてるんだよ?!」
「知るか!本人に聞けよ!」
何故か恐慌状態の甥を怒鳴りつける。
トリンガム兄弟の不審そうな眼差しにも気づけないほど、ハボックはうろたえていた。

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