警備員はすぐさまフレッチャーに駆け寄った。
「お前ちゃんと逃げられたんだろうが。なのに何でわざわざ戻ってくるんだよ」
「ごめんなさい」
「いやそれよりケガはないか?」
ずいぶんと背の高い警備員は身をかがめてフレッチャーの頭を撫でた。
構えを解いて首を傾げるアルフォンスにフレッチャーが振り返って言い添える。
「ハボックさんはここから逃げる時に見逃してくれたんです」
「へえ」
そうだったのか、とほっと詰めていた息を吐く。
そこでようやくハボックの方にもこちらを見る余裕ができたようだった。
照らされたライトは今は足下へ向けられていてお互いの顔ははっきりとは見えない。
「ほーお、それはそれは」
エンヴィーが作ったような感心した声を出すと、彼の動きが止まった。
アルフォンスもいい加減エンヴィーのこの上機嫌顔に見慣れてきたが、それでもいつにない響きを感じ取る。
「………エンヴィーおじさん?」
「おじさんはやめろ」
おそるおそる確認を取るハボックをばっさりと切り捨てる。
フレッチャーが不安そうに交互にハボックとエンヴィーの顔を見た。
「あんたこんな所で何をやってるんだ?」
「それはこっちの台詞だ。『吟遊詩人になるんだ!』とか言って家を飛び出した奴が何で新興宗教の施設の警備員なんてやってるんだ?なあ」
「吟遊詩人…」
アルフォンスは呆然と呟いた。
幾分恥ずかしげにハボックは頭を掻いた。
「いやあ、まあ色々あって」
「色々で片付けるなよ」
「…もしかして、知り合い?」
アルフォンスが聞くと、エンヴィーは肩をすくめた。
「スゥの弟でヴィーの兄貴だ。」
「ええっ?!」
ハボックはばつが悪そうに髪を掻いた。アルフォンスの見たところ、彼と姉妹に似たところはあまり見られない。明るいところで見たのであれば、姉と同じ麦わら色の髪と青みがかった灰色の瞳だという共通点が見て取れただろう。だがこう薄暗くてはそれも判然としない。
だがフレッチャーは得心がいったというように大きく頷いた。
「ああ、だからどこか雰囲気が似てると思ったんですね」
「似てるか?」
「はい、…どことなくですけど。」
フレッチャーは俯いてひっそりと笑った。
実を言えば、ソラリス邸で早々に警戒を解いてしまったのもそのためだった。この人の好い、陰で何かと気にかけてくれていた警備員のまとう空気とよく似た空気があの家全体にあった。
「何、姉貴とヴィーに会ったのか?フレッチャー」
「はい、助けてもらって、すっかりお世話になってしまいました」
「そっか。そりゃまた大した偶然だ。…その、元気そうだったか?」
ためらいがちの声音に、フレッチャーは首を傾げた。
「ずいぶん長いこと帰ってないからさ。手紙とかも、受け取れないことの方が多かったし」
「…お前、本当にどこで何してたんだ?」
フレッチャーが知っているのは、半年ほど前に着の身着のままで国境を越えてアメストリスに帰ってきたは良いが、行く当てもなく路銀も尽きて追い剥ぎになるか餓死するかの二者択一寸前の所をクラリモンドに拾われたと言うことだけだった。
国外で何をしていたのかは詳しく聞いていない。ただ身体が頑丈で銃器の扱いにも慣れていると言うことで、警備員としては重宝されている。
兄のラッセルに言わせれば、「この100年の平和の国で銃を扱い慣れてるなんて胡散臭い話だが、そんな男を歓迎するような教団はもっと胡散臭い」とのことだった。
表向きは、クラリモンドの力を悪用しようとする者達から彼女を守ると言うことになっているが、ラッセルは眉唾物だと言い切った。
実際、追われたフレッチャーは身をもって教団の装備の厚さを思い知らされた訳である。
経歴を問われるとハボックは口を濁した。身内であるはずのエンヴィーにも同様だった。
「まあ色々だよ、色々。で、姉貴…とお袋は多分相変わらずで元気だろうけど」
「うん、多分お前が顔見せると同時に余裕で串刺しにできるくらいには元気だな」
「うーわーやっぱまだ帰れねえ」
頭を抱えるハボックと本気で同情しているエンヴィーの様子から察するに事実であるようだ。フレッチャーが気の毒そうにハボックを見ている。
スザンナは厳しそうに見えたが本当に厳しい人だったのか、とか母親も彼女とよく似た気質なのか、とかどこにでも女傑はいるものなんだなあ、とかアルフォンスはあまり他人事とは思えなかった。
「…で、ヴィーは?背ぇ伸びたか?」
「伸びた伸びた、3メートルは超すね」
「嘘は良いから。…そっか、んじゃもうチビじゃないんだなあ」
「そう言ってからかうと面白かったからね、あの子。」
末の妹のことを話す時には、ほのぼのとした表情になった。
「親父は?やっぱり相変わらずか?」
「いんや、入院中」
「な?!」
「医者からあと半年の命だと宣告されたそうだ」
「何だよそれ?!一体何の病気なんだよあの丈夫だけが取り柄みたいな親父が?!」
お前に言われるのもどうだろうなあ、と思いながらエンヴィーは落ち着かせるようにハボックの目の前で手をひらひらと振った。
「詳しくは知らないよ。だから一度は帰った方が良いぜ?覚悟決めてさ」
よほど予想外の事態だったのか、青ざめた顔を押さえてハボックは天を仰いだ。
余命を宣告されてからそろそろ3年がたつという事は敢えて言わずにエンヴィーはぽんぽんとハボックの肩を叩く。
動揺したハボックからは見えなかったが、アルフォンスにはその表情がよく見えていた。
(…余計なこと言わない方が良いのかな)
そんな気持ちを込めてフレッチャーを見ると、フレッチャーも困ったような苦笑するような表情でアルフォンスを見上げた。
こくりと頷いて二人は黙秘を通す。
あの顔は何かを企んでいる顔に違いないが、悪い方向に転がるようなことじゃないと思う。多分、おそらく。
「所で、ハボックさんはフレッチャーがどうして逃げたのか、どうして追いかけられたのかはご存じなんですか?」
気を取り直してアルフォンスは問うた。
「俺がワグネルのおっさんに聞かされたのは教団の金取って逃げたとか言う話だ」
「嘘です!」
跳ねるように驚いてフレッチャーは即座に否定する。
ハボックはなだめるように苦笑した。
「もちろん俺もラッセルも信じちゃいないさ」
そんな事するような奴じゃないのはよく知ってる、と頭を撫でる。
「研究棟の警備は昨日今日で更に厳しくなるわ裏シフトの連中は出払うわ、その割にラッセルや聖女さまの警備はいつも以上におろそかになるわ、っつー状況を見てりゃおっさんのやってたやばいこと見ちまったんだなって見当は付く」
「裏シフト?」
意味の不明瞭な単語にアルフォンスが首を傾げた。
「ああ、警備にはな、俺の知らない裏のシフトが存在してるんだわ。俺も気付いてないことになってるけど」
「やばいこと専門の警備員さん達がいるのか」
「そ。何やってるのかまでは知らないけどな。こう言う時は十中八九ろくでもないことだって相場が決まってる」
にやにや笑いの叔父に甥もにやにやと笑い返す。
そして何かを思い出したようにぽん、と手を叩いた。
「そうだそうだ。万が一フレッチャーを見つけたら連れて来いって言われてたんだわ」
びくり、とフレッチャーが固まった。アルフォンスはそんな彼を庇うようにすいと一歩前に出た。
ハボックは苦笑した。
「連れて来いって…誰に?」
「そりゃもちろん、ワグネルのおっさんだよ」
「お前なあ…この状況ではいそうですかって連れていかせると思うか?」
「でもおじさん、俺も給料もらって仕事してる身なんだよ。聖女さまには拾ってもらった恩もあるしさあ」
「お前の都合なんか知るか」
ひどいなあ、と言いながら、ふとハボックは首を傾げた。
足下を照らしていたライトをエンヴィーの顔に向ける。エンヴィーがまぶしさに顔をしかめるがそんなことも気にせずにまじまじと顔を覗き込む。
「何だよ」
不機嫌そうな叔父の顔をじろじろと見て、もう一度首を傾げた。
「…何か、違わないか?」
「何かって?」
「何か、雰囲気というか…大体おじさんもっと他人気にしない人だったような」
「お前さりげなくひどいこと言ってるぞ」
しきりに首を傾げているハボックに、フレッチャーも不安そうな顔をする。
それに気付いたエンヴィーがいっそ爽やかな笑顔で断言した。
「家庭の事情だ、気にするな!」
「はあ…」
「で、本当にさあ、俺としては給料分のお仕事をしたいんだよ」
ハボックは膝をついてフレッチャーに視線を合わせた。
「でな、今夜はどういう訳かワグネルのおっさんは不在なんだよ。…だから、その代わりの誰か偉い人んところにお前を連れてけば俺はそれでもうお仕事完了という訳だ。」
「それって…」
「俺の分かる範囲でここの「偉い人」って言ったら、聖女さまか鋼の錬金術師様だ。で、どっちが良い?」
にっこりと、人好きする笑顔でハボックは笑いかけた。
フレッチャーは差し出された手を思わず取った。
「それじゃ行こうか」
手をつないだまま立ち上がり、歩き出そうとしてふと立ち止まった。
「おじさん達も来るか?」
「…良いのか?」
「不審者を発見したらどうするかは聞いてるけど、親戚が来た時にはどうするかって聞いてないし」
「良いのかそんな警備員」
「良いんじゃない?」
お気楽な声でさあ行くぞと言って今度こそ歩き出す。
アルフォンスも、思わず苦笑した。

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