時は少々さかのぼる。
放課後、リンが歴史教師に捕獲されたと聞かされたアルフォンスはあっさりと友人を見捨てた。
リンの生還を待つことなく、さっさとエンヴィーと共に昨夜の逃亡者の事情聴取に向かった。
てっきり自分も手伝いを言い出すとか、そこまでしなくても終わるのを待つくらいは言いそうだと思っていたエンヴィーは拍子抜けしてしまった。
アルフォンスは苦笑して弁明した。
「ヒューズ先生は良い先生なんだけど、家族自慢とUMA語りが始まると長いんだ」
事実、ヒューズが長期休暇の度にカウロイ湖のカッシーを探すために南部へ家族総出で行っているという話は校内に知れ渡っている。
奥さんの反対はないんですかと勇気ある先輩の問いに、「本当はブリッグズ山のイェティを探しに行きたいんだがまだエリシアちゃんが小さいからカッシーにしておこうって言われたな」との回答。
その時、出会いは偶然同じ屋根の下で雨宿りをした時にフライングフィッシュの生物学的分類について熱く語り合ったことからだった、から始まってのろけ話のタイムレコードを更新してしまったと言われている。
エンヴィーは己の勘が正しかったことを知った。生け贄(リン)を捧げて逃げたのは正解だった。
ためらいなく二人が友人を見捨てたために、思ったよりも早くソラリス邸に着いた。
ヴィーが少し驚いたように目を瞠り、それから笑顔で少年の待つ居間へと招き入れた。
少年は充分な睡眠を取ったことが良かったのか、昨夜よりは顔色は良かった。
だがそれはあくまでも比較の問題であって、彼の表情はどこまでも晴れない。
アルフォンスは少年の緊張を解すように柔らかく笑った。少年も、ぎこちない笑みを返す。
少年はフレッチャーと名乗った。
「助けて下さって、どうもありがとうございました。昨日はちゃんとお礼も言えなくてごめんなさい」
そう言って、礼儀正しく頭を下げた。
「僕を追ってきた人達を追い払ってくれたのも、あなた方ですよね?」
伏せていたこともきちんと見抜いていた。
朝、目を覚ましてからソラリスの娘達もエンヴィーも、フレッチャーの身元を詮索するようなことは一切訊かなかった。
まるで親戚の子供でも預かっただけだというように、自然に接していた。
そうしたさりげない気遣いを受けて、フレッチャーなりに心の整理をつけて、覚悟を決めた様子だった。
「君を追ってきた奴らがなんなのか、訊いても良いかい?」
「…はい。」
フレッチャーはぎゅっと自分の腕をつかんだ。傷口は深くはないとは言えまだまだ痛む。
「あいつらとお前とじゃ、あいつらの方がどう見ても悪人だって分かるから、そんなに緊張しなくてもさぁ」
からかうようにエンヴィーは言って、子供の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「どうせあいつらが悪いことやってて、お前は運悪くそこに居合わせて、更に運悪く見付かっちゃって逃げてたとかそんなところなんだろ?」
「はい、あの、その通りです」
目をぱちくりとさせて首肯した。
エンヴィーはにやにやと笑う。
「いやぁもう悪人のやることってどうしてこうもワンパターンなのかねえ、今も昔も」
「エンヴィーも昔はワンパターンだったの?」とは聞かずに、ヴィーは首だけ傾げた。
「で、何を見たんだ?」
覚悟を決めたつもりでも、フレッチャーは息を呑んだ。
一呼吸置いてから、答えた。
「…合成獣の錬成です」
「……別に非合法じゃないはずだな」
アルフォンスも頷いた。畜産や医療の分野の研究における合成獣の錬成実験は法で規制されてはいない。
だがフレッチャーは首を振った。
泣きそうな声で付け加える。
「人間を、錬成に使っていたんです」
「な…!」
「へー今時でもそんな実力のある錬金術師っているんだー」
「エンヴィー…それは感心していい所じゃないわ」
ヴィーが叔父をたしなめた。
「ねえフレッチャー。君はそれが違法なことだと言うことは分かっているよね?だったら真っ直ぐに警察に行っても良かったのに、どうしてそうしなかったの?」
真剣な顔でアルフォンスはフレッチャーの顔を覗き込んだ。
錬金術師として、倫理にもとる行為に純粋に怒っていた。
「…道に迷ってしまったんです。あまり、セントラルには詳しくなくて」
「でも…、って!」
エンヴィーが結構力強くアルフォンスの額を指で弾いた。
フレッチャーの方に気を取られていたアルフォンスは、完全に不意をつかれて額を抑えて声もなく踞った。
「落ち着け。…話はまだまだ途中だろ」
そしてフレッチャーの髪をまたぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「そりゃまあとりあえずは自分が逃げることに必死になるわな。お前は悪くないからそんな泣きそうな顔するな」
「ごめんなさい…」
「あなたは何も悪くはないわ」
ヴィーは腕をつかんでいた手をそっと外し、軽く握った。
俯いてしまった子供をあやすように、その手の甲をぽん、ぽんと叩く。
「でも、ぼくは」
小さな声が聞こえた。
涙混じりの声で、ようやく呟く。
「…警察には行けない理由があった?」
落ち着いたアルフォンスの問いに、頷く。
「…どうしてあんなことをやってたんだろうって、考えたんです。もしかしたら、治癒錬成の実験の一環なのかもしれないって」
それでも許されることではなかったが、なるべく善意の方向へと考えたかったのだ。
「治癒錬成?」
「はい、クラリモンドさんの『奇跡』だけでは追いつかないからそれを助けるためなのかなって。…でも、それにしたってあんな錬成は無茶だしやってはいけないことだったと思うんです」
「クラリモンドさん…って、聞いたことがあるような気がするわ」
ヴィーが思い出そうと眉間に指を当てる。すぐに思い出した、と手を叩く。
「確か父さんの病気のことで、クラリモンドさんに見てもらったらどうだ、って言ってくれた人がいたの」
「同じクラリモンドさんなのかな?」
フレッチャーは頷いた。
「はい、多分そうです。クラリモンドさんは『癒しの手を持つ聖女』と呼ばれてて、大けがや病気もたちまち治してしまえるんです」
「へー…」
胡散臭い、と言う言葉をエンヴィーはどうにか飲み込んだ。
アルフォンスはそう言えばそんな新興宗教の噂を聞いたことがあった。アルフォンスの妹もまた、病気がちだった。
「診てもらわなかったのか?」
「そんなお金ないもの」
あっさりとヴィーは言った。
ない訳ないな、と思ったのできっと理由は別の所にあるのだろうが、エンヴィーは特にそれ以上の詮索はしなかった。
「病気の方がいるんですか?」
「ええ、私の父よ。今は入院中」
「その聖女さまとやらの力は確実なのか?何か仕込んでたりはしないのか」
フレッチャーはかすかに苦笑した。
「ケガとか、ある種の病気とかならすぐに治せます。でも、難しい病気とかは無理です。…ぼくが見たところ、クラリモンドさんの『奇跡』は治癒錬成ですから」
「じゃあやっぱり詐欺じゃねえか」
「…クラリモンドさんは、傀儡(かいらい)なんです」
フレッチャーは視線を落とす。
アルフォンスは努めて優しい声で言った。
「難しい言葉を知ってるね」
フレッチャーがわずかに微笑んだ。
「兄さんの受け売りです」
「お兄さんがいるんだ。」
おそらくは自慢の兄なのだろう。心持ち胸を張って頷いた。
「奇跡が治癒錬成だって言うのも、その兄ちゃんの受け売りなのか?と言うかもしかして兄ちゃんは錬金術師なのか?」
エンヴィーの問いにも頷いた。
「はい、兄さんは教団内では鋼の錬金術師と呼ばれています」
その場の空気が固まった。
それをどう取ったのか、フレッチャーは説明を重ねる。
「ええとですね、教団では魂は転生するってことになってて、それで兄さんはエドワード・エルリックの生まれ変わりだってことになっているんです」
「ありえねえ」
エンヴィーが呆然と呟く。
「そうですよね。魂の転生とか言われても実感はないですし」
「…いや生まれ変わりとかはあるかもしれないけど、エドワード・エルリックの生まれ変わりだけは絶対にありえない。保証する」
保証されても困るだけだろうなあとぼんやりとアルフォンスは言い切るエンヴィーを見ていた。
案の定、フレッチャーは困惑気味だった。
「…もしかしなくても、お兄さんも傀儡?」
「…自分では、そう言ってました。でも、兄さんも何か怪しんでいたのかもしれません。ぼくも少し錬金術の勉強をしてきたんですけど、教団には絶対にそれを知られるなってきつく言われてました」
フレッチャーの様子から、彼の兄が生まれ変わりなど信じていないようだと言うことがうすうす感じ取れる。
その兄の影響か、フレッチャーもほとんど信じていないのだろう。
フレッチャーにとって兄は自慢だったが、それは兄が誰かの生まれ変わりだからなどではなかった。
「あ、そっか。兄ちゃんがいるんじゃうかつに警察に行って通報するのもまずいか」
エンヴィーの言うとおり、傀儡だというのならば尚更だった。
フレッチャーはしゅんと肩を落とす。
少し考えていたアルフォンスは、にこやかにフレッチャーに言った。
「ねえ、もしかして錬成に使われてた人って、金髪じゃなかったかな」
「え?…いえ、ちょっとそこまではちゃんと見ていなくって…」
「よく見えてなくても、そんな気がしない?金髪の、若い男の人だったりはしないかな」
「あの、すみません、よく分かりませんでした」
エンヴィーが気付いて、声を上げて笑った。
「あっはっは、そう言うことか!そうだよ、金髪の若い男だよきっと」
「エンヴィー?」
不思議そうなヴィーに、人の悪い笑みを見せる。
「連続誘拐犯の仕業かもしれないよなあ」
「あ!」
「だとしたら、一刻も早く通報するのが市民のつとめだと、ボクは思うんだよ」
「…そうね、人間使った合成獣錬成の現場を見たと言うよりは、行方不明の金髪の男性を見たって方が信憑性があるわよね」
「話題性もね」
「それでね、今日はもう日も暮れてしまったし、通報は明日にしようと思うんだ」
すっかり夕暮れ時も過ぎてしまった窓の外を指さしてアルフォンスは言った。
「その前に、兄ちゃん連れて教団とやらを出ていくのか?それよりはさっさと通報して警察踏み込んで混乱のるつぼにたたき込まれたところをどさくさ紛れに連れ出す方が良くないか?」
ヴィーはエンヴィーに賛成した。
「じゃあ私がこれから1時間後に警察に届けてくるから。エンヴィーはお兄さんを連れ出してきてね」
「ボクもいくよ」
当然のようにアルフォンスが立ち上がる。
「大丈夫?」
「大丈夫。これでも錬金術師の弟子で、鍛えられているから」
心配するヴィーに笑いかける。
「ぼくも一緒に行きます!」
「フレッチャー?危ないわ、ここで待ってましょう」
「いいえ、…兄さんは、すごく意固地なところがあるんです。知らない人がいきなり行ってもきっとそう簡単に信用しないと思うんです」
それに、とアルフォンスを見上げて真っ直ぐに目を見る。
「ぼくも、錬金術師の端くれです。…一緒に行かせて下さい」
アルフォンスは窺うようにエンヴィーを見た。エンヴィーは軽く「いいんじゃない?」と答えた。
「どうせこの手の奴は自分のやりたいようにやるから」
皮肉げに笑いながら、それでもフレッチャーの頭を撫でる手はずいぶんと優しかった。

「…とはいうものの」
夜闇に紛れて教団の施設近くまで来た3人は思案した。
「混乱をただ待ってるだけってのも芸がないよな」
やけに高い壁に背を預けてエンヴィーは退屈そうだった。
「だからって忍び込むのも」
「悪くないんじゃないか?どうせこっちはこの少人数なんだしさあ」
「………。」
「内部に詳しいのもいるし」
じっとフレッチャーに視線を注ぐ。慌ててフレッチャーは首を振った。
「あの、詳しいって言ってもぼくは施設内のほんの一部しか通行も許されてなくって、」
「でもお兄さんがいるところまでは分かるよね?」
「分かりますけど…」
「じゃ決まりだ。行こうぜ」
さっさと歩き始めるエンヴィーをおろおろと見てアルフォンスに助けを乞う目を向ける。
アルフォンスは、にっこりと笑う。
「行こうか」
とりつく島もなかった。
壁に手を付いて感触を確かめる。
「この向こうはどうなってる?」
「確か植え込みになってます」
塀の上の方から梢がわずかに見えていた。アルフォンスは手早く壁に錬成陣を描く。
塀に出入り口を錬成し、中へと侵入した。
きょろきょろと見回して植え込みを抜け見えた建物の方へと駆け抜けようとしたその時。
「誰だ?!」
懐中電灯らしき光に晒されて身構える。
「錬成反応の光を見られたかな」
「そうだろうなあ」
フレッチャーを後ろに庇い、体制を整える。
だが、フレッチャーは背後から飛び出した。
「待って下さい!ハボックさん、ぼくです、フレッチャーです!!」
呼びかけられた警備員はその声に構えていた銃を下ろした。
「なんだって?!なんだってお前さんこんな所にいるんだ!」

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