リザと呼ばれた少女は銃を構えたままつかつかとロイに歩み寄り、思わず両手を上げたロイに手が届く場所まで近付いた。
「り」
「あなたはバカですか!」
「がふっ!」
身構える暇もなく銃の台尻でロイの後頭部を殴った。
「こんな所であなたが錬金術を使ったら辺り一帯大火事になります!大体炎の調整できないんですから軽々しく使うなと、曾祖父さまもおっしゃってたじゃないですか!」
少女の剣幕にワグネルも合成獣もぽかんとしていた。
その隙に、後頭部にできたこぶを撫でるロイに自分の持っていた銃を渡す。
「格好つけてないで銃を持っていって下さいとあれほど言ったじゃないですか」
「格好つけた訳ではないんだが…」
「どういうこト?」
ひそっとリンはエドワードに解説を求めた。錬金術がどうこう、と聞こえたので錬金術師に聞くのが良いだろうと判断したのだ。
エドワードはこめかみを押さえた。微妙に眉間に皺が寄っている。
「…あいつの錬金術は、あの発火布の手袋に描かれた錬成陣で空気中の酸素や可燃物の量を調節して、摩擦で火花起こして火種を大きくしてドン、って奴なんだが。」
「話からするとあいつは火は出せてもその微調整はできないのカ」
「そう言うことだな。こんな空き家の並んだ住宅地で大爆発なんか起こされた日には危険どころの話じゃない」
何もないだだっ広いところならともかく、と言えばリンも納得して頷いた。
「つまり無能カ」
「未熟者とも言うな」
「容赦ないな君たちは!全部聞こえているぞ!!」
リザから銃を受け取ったロイが吠えた。
「と言うかこの人が無能だと何故知っているんですか?」
「いやそれを言うならリザ、どうして私の錬金術を彼が知っているのか、だろう」
「その辺の説明は後でな。…ほら、ポチが待ってる」
エドワードが顎で示した先に合成獣はいた。体勢を低くし跳びかかる動作を見て4人は散った。
思ったよりも動作は鈍い。
「…?」
いぶかしげにエドワードが目を細めた。
リンも気配に違和感を感じ首を傾げた。手には崩れた柵の、鉄の棒を握る。
リザが花柄のフレアスカートの下からもう一挺の拳銃を取り出し構えた。
「オイこら学生ども、銃刀所持法はどうした」
「そんなもの半世紀も前から形骸化していますよ」
リザが涼しい顔で答える。じゃあオレの議会と軍の調整に走り回ったあの日々は100年も経たずに無駄になったのかと心の中で密かに落ち込む。
「返せよオレの時間と靴底…!」
「何の話ダ一体」
「心配はいらない、リザはああ見えても射撃の学生大会記録保持者だ」
「それなら安心だナ!」
「いやいやいやその銃どう見ても競技用じゃねえだろ!どっから入手したんだ本当に」
「大丈夫、カスタマイズも済んでいます」
「だーかーらー…あーもう…いいやリン、その棒よこせ」
「頼ム」
ぼろぼろの鉄の棒を柵から引き抜きエドワードに放り投げた。
ぱん、とエドワードは手を叩き、細身の剣に錬成してその柄をつかむ。つかむと同時に、リンに向かって投げ返した。
危なげなくリンは受け取り、軽く振って重さを確かめる。
「軽いナ」
「元の材料が少ないんだから我慢しろ」
「いヤ、充分ダ。バランスは良イ」
「くれぐれも無茶はするな」
「分かっていル。どうせ時間稼ぎダ」
小さな声で呟いた。怪訝そうに見るエドワードに軽く後方を顎で示す。
「さっきの銃声で隣町を巡回していたお巡りさん達がじきに来るだロ」
それはロイ達にも聞こえていた。リザが頷く。
「ここに来る途中で会いましたから。何かあったらすぐ助けを呼ぶようにと」
「それで撃ったのか君は」
「叫ぶより確実です。つい先日不審者が出たとかで巡回が強化されているそうです」
リンには思い当たることがあった。確かに、昨日の今日のことだ。

「………テ…」

その小さな小さな声を耳にしたのはエドワードだけだった。
だが確かにエドワードはその声を聞き、意味も正確に取った。
弾かれたように顔を上げたエドワードは、わずかに奥歯をぎり、と噛み締めた。

「では、無粋な官憲が到着する前に逃げるのが良さそうですね」
ワグネルが仕方がないというように肩をすくめ、上着の裾を翻して立ち去ろうとした。
「待テ!」
「おい、お前らは奴を追え!」
エドワードは士官学生達に指示を出した。さすがに警察官に銃を持っているところを見られるのはまずいだろうという判断だった。
「あなたは?」
「オレはこの合成獣をなんとかしてから追いかける」
いつの間にか合成獣は距離を詰めていた。
咄嗟にリザが合成獣の頭部に狙いをつけて銃を向けた。
「やめろ!頭は撃つな!」
その間にエドワードが割り込んで制する。
ひるんだ隙にワグネルは夜闇の向こうに駆けていく。
「行け!見失うな!!」
エドワードがワグネルの駆けていった方向を指して怒鳴った。一瞬、ロイとリザは顔を見合わせた後、頷いてその後を追った。
その後ろ姿を確認するいとまもなく、鋭い爪が振り下ろされリンはそれを剣で受け流した。
前肢らしきものが空中を泳ぐそのすぐ脇をかいくぐり、合成獣の胴に斬りかかる。
だがそれは金属質の鱗に当たり硬質な音を立ててはじき返された。
「一体何の合成獣なんダあれハ」
リンのぼやきにエドワードは硬い表情で合成獣を睨みつける。
「…あれは、人間だ」
「エ?」
一瞬、聞き間違えたかと思いリンはエドワードを振り返った。
しかしエドワードの苦汁を飲んだような表情に間違いではなかったと分かる。
「あいつが外道だが三流の錬金術師でまだ助かった。…リン、狙うならつなぎ目をねらえ」
「つなぎ目…と言うト」
「何種類かの動物をでたらめにつなぎ合わせている、そのつなぎ目の所だ。…あいつの腕が悪いせいでうまく融合しないで拒否反応を起こしてる」
言われてみれば、獣の所々が腫れぼったくただれている。動きが存外に鈍いのもそのせいであるようだった。
「2番目と3番目の足の付け根を狙え」
「…分かっタ」
剣を構えなおし、合成獣と相対する。
意識してみれば唯一ヒトらしく見える上方の頭部の、犬歯の覗く口から息がこぼれる。
「コロシテ」
今度はリンの耳にも届いた。悲痛な声に思わず息を呑む。
「ニゲテ」「イタイ」「シナセテ」「モウイヤダ」
切れ切れの、だが確かに人の悲鳴だった。
下部の犬に似た頭部のうなり声にかき消されながらも、それは確かに聞こえた。
「つなぎ目だ、リン。奴の動きを止めろ」
エドワードの声に気を取り直す。
ワニめいた太い尾がブンと空気を裂く音を立てて迫ってきたのを合図に二人はその場を離れ、リンは合成獣のふところへと飛び込みエドワードは背後に回った。
3番目の足の付け根に刃を立て、勢いのまま振り下ろされる前肢も切り捨てた。
視界のすみに、手を合わせるエドワードの姿が見えた。
不意にサーチライトに照らされる。警邏が到着したようだ。
それよりもまばゆい錬成光が合成獣の周りに走った。
錬成反応が収束すると、そこには何体かの獣の亡骸と、それらに埋もれるように男が一人倒れ伏していた。
「…本当に、あいつが三流でまだ良かった」
ひどく優しく微笑むと、エドワードは着ていたコートをばさりと脱いで倒れている男に掛けた。
うっすらと目を開けた男の様子に気付くと、血液らしきものにまみれて汚れた金髪をなでつけてやる。
「よく頑張ったな。…完全に融合していたら、いくらオレでも元には戻せなかった」
「おれ、は」
薄青い目がぼんやりとエドワードを映す。何かを言おうとして、激痛に声が詰まる。
男の両足は、膝から先がなかった。無理矢理継ぎ合わされた異種族の身体と拒絶反応を起こし壊死したのだった。失われたものはエドワードでも錬成できない。
「でもあんたは生きてる。生き延びたんだ」
リンは剣から手を離し、膝をついた状態から立ち上がる。駆け寄ってきた警官に、どう説明したものだろうと考えた。
「もう大丈夫だ」
男は、かすかに笑って意識を手放した。
エドワードは一言二言警官と言葉を交わし、意識を失っている男の身柄を預けるとその場を離れた。
どう言いくるめたものか警官が追ってくる様子はない。リンはすぐにエドワードを追いかけた。
「どこへ行ク」
「あの野郎を追うに決まってる。あのいかれポンチの外道三流錬金術師、一発ぶん殴ってやらないと気が済まん」
よく見れば顔が怖い。さっきまでの慈愛に満ちたどこの聖者かと見まごう表情はどこへ行ったのか、目つきの悪さは普段の5割り増しだった。
「お前はなんでついてくるんだ?」
心底不思議そうに聞かれて、少し笑う。
「怒り心頭で敵地に乗り込むお前を野放しにしたと知られたらオレはアルに殴られル」
エドワードは首を傾げた。
「なんでそこでアルが出てくるんだ?」
「…サー何でだろーネー」
乾いた笑いが口をついて出た。
「ヒューズ先生にもちゃんと送ってけと言いつかってることだシ、最後まで付き合うヨ」
腑に落ちないものを感じながらも、エドワードは「…ありがとな」と小さく呟いてワグネルを追った。

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