「泣かないで」
彼女はそう言って、恋人を亡くして嘆く少女の手を取った。
少女は目を上げる。痛ましげに眉を寄せ目に涙すら浮かべる姿は、自分の悲痛を映し出したかのようだった。
白く細く、柔らかな手に力がこもる。あたたかい、と少女はぼんやりと思った。
「どうか泣かないで。もう悲しまないで」
言葉と一緒に涙がこぼれ落ちた。
涙は少女の手の上に落ちると光となって弾けた。
少女はその滴があらゆる病や怪我を癒すと知っていた。だから恋人と共に彼女の元へと来たのだ。
恋人は彼女の癒しの手を待たずに逝ってしまった。
少女は改めて彼女の白皙の美貌に見入る。
けぶるような黄金色の巻き毛が背の半ばまで流れ、湖水のように澄んだ水色の瞳は今は涙に滲んでいる。
まるで夢のようだ、と少女は思った。とてもとても、綺麗な夢。
「きっとあなたの恋人も、あなたに返してあげるわ。だからもう、泣かないで」
夢ならば、そう言うこともあるだろう。死んだあの人も帰ってくる。
美しい夢の中の人に、少女はこくりと頷いた。
夢の中でも涙はあふれてきたが、それはもう少女が流したのかそれとも彼女が流したものなのか分からなかった。
「約束するわ。きっとあなたに恋人を返してあげる」
涙もふかずに彼女は微笑んで、少女に告げた。
「ねえ、エドワード。きっとね?」
振り返ってそれまで彼女を見守っていた少年に同意を求める。
少年は頷きもせずに、ただ黙っていた。

優しい記憶を振り切って、小さな少年は走った。
逃げるあてもないのに、ただひたすらに走る。
いくつもの小路や裏通りを抜けて、人通りの多いところを目指す。
だがここまで追っ手以外の人影は全く見なかった。ここの所の連続誘拐事件を受けて、夕方以降に出歩く人が減っていることが影響しているらしい。
彼がセントラルに不慣れなことも災いして、また何度目かの袋小路に入り込む。
(こんなことなら、もっとちゃんとセントラルの地図を見ておけば良かった)
物陰に潜んで息を整える。
丁度足下に落ちていた白い石を拾う。かり、と塀に書けることを確認したところで腕に焼けるような衝撃が走った。
「…!」
あまりの痛みに石を取り落とす。
銃を構えた男がこちらへ歩を詰める。
もう一人が合図を送るのが見える。銃弾はかすめただけだが、出血は大きい。火薬と錆のようなにおいに胸が悪くなる。
少年はがくりと膝をついた。

「血のにおいがする」
帰り道、ぴたりと足を止めてエンヴィーが言った。
途中まで方向が一緒だと言うことで同行していたアルとリンも立ち止まる。
錬金術準備室でいくらか話し込んでしまったので帰るのがすっかり遅くなってしまい、3人は普段は通らぬ近道を歩いていた。
人通りが少ない裏道を歩くことにリンは難色を示したが、きっと寮母も心配しているだろうと強引に押し通した。
「帽子もかぶってるし大丈夫だよ」とアルフォンスは言った。簡単にさらわれる友人じゃないことはリンも重々承知はしていたが、何かあったら自分がなんとかすればいいと腹をくくる。
方向が一緒、と言うが一体どこまで一緒なのかエンヴィーに問い質そうとした矢先のことだった。
「…どっち?」
声を潜めてアルフォンスが問う。
「向こうだ」
「よし」
「行くのか?」
「だってつまり怪我人がいるかもしれないってことでしょ?」
当然のようにアルフォンスは走り出す。肩をすくめてリンもそれを追う。
エンヴィーは面白そうににやにやと笑いながらも一緒に付いてきた。
「エンヴィーは先に帰って良いよ」
「どうせ方向は一緒だし、乗りかかった船だから付き合うよ」
「ッ、てお前ら前!伏せロ!」
リンが二人の首に腕を回して無理矢理引き倒した。
角を曲がると同時にだんだんだん、と銃弾が撃ち込まれたのを辛うじてかわす。放置してあったブリキのゴミバケツの陰に身を潜めた。
そっとゴミバケツのふたをかざしてエンヴィーは撃ってきた方向を窺う。
多分ブリキのふた如きでは銃弾は防げないだろうが心情的に理解できたのでリンも指摘はしなかった。
「…何あれ。問答無用かよ」
「怪我をしてるのはあの子?あそこに倒れてる…」
「多分そうだナ」
「どうする?」
「どうするって」
アルフォンスはすでに鞄からチョークを取り出していた。
手早く簡単な錬成陣を壁に描いて発動させる。
「…こっちも問答無用かよ」
「愚問と言うものダ。行くゾ」
壁は変形し男達とアルフォンス達を隔てる。所々開いている穴から向こう側が見える。
突然現れた壁に狼狽しながらも油断なく銃口はこちらに向けている。
「行くのは良いけどさ、向こうは銃持ってるよ?撃たれたら死ぬんじゃない?」
「言って聞くと思うカ?子供が怪我をしてるんだゾ」
「…うまく近づければ良いんだけど」
壁を背にしてアルフォンスが呟いた。もう子供を助けることしか頭にないようだ。
エンヴィーは首を振った。
「…うん、ものすごくよく分かった。んで質問。人間って撃たれて一番やばい所ってどこ?」
「は?」
「いやあそう言うの気にしたことなかったからさ。撃たれたら一発で死ぬとことそうでない所ってあるんだろ?」
「………質問の意図はよく分からないガ、とりあえず頭と心臓は当たったらやばいかナ」
「そうか、じゃあとりあえずそこには当たらないように気を付けるわ」
それから、とアルフォンスに向き直る。
「この壁もうちょい高くして、それから上に上れる階段って錬成できる?」
「できる、けど」
「上から強襲カ?」
にやりとエンヴィーが笑う。
「この向こう、袋小路なんだよね」
「…塀づたいに行く?」
「お前らがね。上から奇襲は一人で充分でしょ」
ちらりと覗き窓から倒れ伏した少年を見た。
頷いたアルフォンスが新たに錬成陣を描き加えて壁を広げる。足場が突き出しただけの階段を上り始めるエンヴィーをリンが引き留める。
「撃たれてやばいのは心臓と頭だけじゃないゾ!」
「他にもあるの?まあおいおい覚えるよ」
ひらひらと手を振ってエンヴィーは上る。目で合図をされてリンは足音を殺して塀の端へと回り込む。
アルフォンスが壁の一部に扉のように穴を開けると案の定、いっせいにそこへ銃弾が集中する。
男達が確認しようと銃口を提げたところに、壁の上からエンヴィーが飛び降りた。
構え直すよりも先にエンヴィーは駆け寄り届いた男の銃を蹴り上げた。
泡を食う男達の背後に回り込んだリンもその後頭部を殴打し昏倒させる。
「…こないだも思ったんだけど、手際良いよね、お前ら」
「人のことが言えるカ?」
最後の男の銃も取り上げて、男本人のベルトで後ろ手に括っているリンにエンヴィーが言う。
「普通銃持ってる男に平気で突っ込んでいけないだろ」
「それもそっくりそのまま返ス。お前銃を怖がってないナ?」
「うん、まあね。怖がんないといけないんだろうけどさあ、まだまだ実感がなくて」
「…実感する機会もそうそうはないはずだけどナ」
「いやだからそれはお前らも同じだろ。…まあ、いいか」
問答を諦めて少年の容態を見ているアルフォンスの方に近付いた。
「生きてる?」
「…うん、銃弾はかすっただけみたい」
「でも血がずいぶん流れているようダ。早く手当てした方が良イ」
アルフォンスは少年の肩のあたりをぎゅっと縛って止血し、抱き上げる。
意識はないし、顔色も良くはない。
「勢いで助けちゃったけど、何だろうね?この子」
「…助けて良かったのか?もしかしたら厄介の種になるだけかもよ」
人の悪い笑みを浮かべて言うエンヴィーに、アルフォンスはきっぱりと答える。
「人を助けるのに理由は入らないよ」
「そう言うもんかね」
「それに、こんな小さな子相手に銃まで持ちだして囲んでいるような大人達が質のいい人達だと思う?」
「………まあ、良いか。とりあえずその子、うちに連れてこう?」
びっくりしたようにアルフォンスはエンヴィーを見た。
厄介ごとの種になると言った傍からの発言に心底驚いた。
「すぐに手当てが必要なんだろ?病院よりはうちの方が近い」
「いいの?」
確認を取れば、エンヴィーは遠い目になった。
「ここで見捨てたりした方がえらい目に遭うことは確実」
「…そうなのカ」
「どういうルートでか、きっと聞きつけて懇々とお説教されるのが目に見えてる」
良くない予測を振り払い、エンヴィーはアルフォンス達を案内するために先に立つ。
「と言う訳で遠慮なくうちに連れ込め」
アルフォンスとリンは顔を見合わせた。

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