「今日から錬金術の講義を担当するエドワード・エルリックだ。質問があれば挙手するように」
教室内はざわついていた。
その瞬間に頭の中身が凍り付いてしまった3人は別としても、それは仕方のないことだった。
錬金術の講師が「エドワード・エルリック」だなんてできすぎた話だった。その上教壇に立つ人の髪は見事な金髪で、眼鏡の奥の瞳もどうやらトパーズだ。
錬金術講師と名乗るくらいなのだから、きっと錬金術も使えるだろう。
金髪金目、錬金術師でエドワード・エルリックと、そこまでそろってしまえばもうこの国で連想される人物は一人しかいない。
伝説の、鋼の錬金術師。
なおもざわめく生徒達を見回して、エドワードは軽く息を吸う。
「静かに」
さほど大きくはないのによく通る声で一喝すると、ぴたりと静まった。
「質問があれば挙手しろ、とオレは言った。聞きたいことがあれば手を挙げろ。」
互いに顔を見合わせ、困惑するものの、ぽつぽつと手が挙がる。エドワードは機嫌良くよしよしと頷いた。
「まあ、今日は初日だから、授業に関係のない質問も受け付けよう。…フィル・ジョーンズ。」
「はい!…ってどうして僕の名前知ってるんですか?!」
指名された生徒は目を剥いた。教師はこともなげに答える。
「そりゃ事前に名簿で顔写真と名前は確認してるからに決まってるだろう。他に質問は?」
「先生の名前は本名ですか?」
「本名だ」
答えたよ。答えちゃったよ。エンヴィーは涼しい顔のエドワードを呆然と見ていた。
フィルも二の句が継げないといった顔で立っていた。回答が十分ではないと見たか、逆に質問する。
「では聞くが、お前の名前。フィル・ジョーンズという名前はお前が自分で自分に付けたものか?」
「いいえ、違います」
「ならお前がフィル・ジョーンズという名前であることにお前自身はなんの責任もないし、お前自身にはどうしようもないことだな?」
「…はい」
「オレも同じだ。親の姓がエルリックで、親が生まれてきたオレにエドワードと名付けた。結果、オレはエドワード・エルリックという名前になったがそれはオレの関知しないところであって当然なんの責任もない。ちなみに由来なんかは聞いたことがないので分からないから聞かれても答えられないぞ」
「はあ…」
「はい!それじゃあ先生の名前は鋼の錬金術師にあやかって付けられたんですか?」
元気よく手を挙げて質問する女生徒に向き直る。右手でフィルに「座ってよし」と合図をしながら答えた。
「質問は挙手の後だ、ドーリス・マナリング。…って手は挙げてたか、まあ良いか。由来は聞いてないから分からない、と今言ったとおりだ」
「じゃあ鋼の錬金術師は関係ないんですか?」
「人の話は聞いてるか?」
あ、へそ曲げる。ようやくリンは冷静に観察するところまで復帰した。
やや考え方が視野狭窄気味になりがちなドーリスがこれ以上エドワードの機嫌を悪くさせないように助け船を出すつもりでリンは手を挙げた。
「ハイ」
「はい、リン・ヤオ。」
「先生の歳はいくつですカ?」
よりにもよって何を聞くんだ何を、と声にならない悲鳴を上げてアルフォンスは友人を見た。
「お前たちよりも年上だ」
「本当ニ?」
「こうして教壇にあがれる程度にはな」
さらりとエドワードはかわした。
どうもリンもこの応酬を楽しんでいるふしが見られる。表面上は何事もなく穏やかだ。
「これは蛇足だが、昔からオレはやたらと童顔に見られる。一応それなりに気にはしているので以後この話題は避けるように」
冗談めかして言った。
ああそうだったな150年以上前から歳より下に見られてたよなとエンヴィーは心の中で吐き捨てた。
「気にしてるんですか?」
無邪気にドーリスが問う。エドワードはたしなめようとしてやめた。代わりに雑談に突入する。
「まあな。ひげでも生やしてみるかって言ったらそれだけはやめてくれと周りに泣いて止められたりして、結局何も対策はしていない。」
「…泣いて止められたんだ…」
アルフォンスは泣いて止めた人々に心の中で惜しみない拍手と感謝を捧げた。
「それで質問は?なければ授業の進め方に入るぞ」
教室を睥睨し、異存がないことを確認すると教科書を開いた。

放課後、アルとリンとエンヴィーは錬金術講師の準備室へと急いだ。
無論、エドワードを問い質すためだった。特にエンヴィーの目は据わっている。
「たのもーっ!」
「道場破りじゃないんだから…」
「失礼しまース」
荒々しく扉を開けるエンヴィーの後から普通にアルとリンも入る。
幸い、そこには他の講師はおらず、エドワードだけが書棚に本を詰めていた。
「よお、来たか」
「来たかじゃない!お前一体何をやってるんだ?!」
エンヴィーが怒りで血管を浮き立たせながら相も変わらず泰然とするエドワードの胸ぐらを掴んだ。
エドワードは小首を傾げる。
「なんでお前が怒ってるんだ?」
「なんでって!聞いてないぞ、お前が中央に出てきてるなんて!」
「しかもなんで先生?」
アルフォンスもきっちりと聞いておきたいところだった。今はエンヴィーの方が頭に血が上っているために、相対的に冷静だった。
「聞いてなかったのか?オレ、ソラリスには言ってあったぞ、ちゃんと」
そう言いながらエンヴィーの腕を自分の胸元から外す。唖然とするエンヴィーの手はあっさりと外れた。
しばらく全てが停止していたが、やがて理解すると怒りの矛先が変わった。
「あんのクソばばあ…っ!!」
「…からかわれてるんだな、お前」
気の毒そうにエンヴィーの肩を叩く。エドワードにそう言われるのはひどく屈辱的だった。
「それで、どうして中央に?」
「んー…一言で言って、外貨獲得」
人差し指と親指で輪っかを作って言った。
「暮らすだけならリゼンブールでは特に金もかからないんだけどな。大方のもんは自給自足で何とかなるし、足りないもんは分けてもらえる。…でも、研究を始めようと思ったら先立つものが必要でさ」
リゼンブールでできる仕事は限られている。それならば職の多い中央に出てくる方が良いだろうと考えた。
どうせなら錬金術の最新理論や情報の入って来やすい仕事の方が良いと思ったら研究者か、研究機関に関係する仕事が思いつき。
ソラリスを通して希望を言えば、この学校の教職を紹介された。どうも彼女にはこの学校になんらかのコネがあるらしい。
「別にアルフォンス・ノヴァーリスの件は関係ないわよー」と言っていたが語尾がやや怪しい。
怪しいが骨を折ってくれたことは確かなのでありがたく受け入れたエドワードだった。
書棚に並べている本はリゼンブールでは見かけない本ばかりだった。学生用の参考書や教科書、一般的な錬金術の入門書などだ。しかし新品の本はほとんどないところを見ると、どうやら古本屋で揃えたらしい。
「あんた軍人時代に充分蓄えてただろうが」
エンヴィーの指摘に肩をすくめる。
「国軍中佐で国家錬金術師で高給取りだったじゃないか」
「150年前だぞ?残ってると思うか?」
「思うね。あんたは基本的に生活が質素だ。」
「アルとトニーの生活費と医療費と、オレのシン国への渡航費は忘れたか?そうでなくても150年でインフレだのデフレだのデノミだのあったじゃねえか。ろくに残ってねえよ」
学生達の脳裏にアメストリス近代経済史が駆け抜けていった。課題の提出は確か明日だったと思う。
「研究を始めるんだ?」
アルフォンスが問うと、はにかむように笑った。
「…ああ。お前に宿題出しておいて自分は何もしないのは卑怯だろうからな。またあがいてみるか、って」
何の研究なのかは言わなかった。言わなくてもそれは窮極的にはただひとつのことだということは分かっていた。
その一歩を踏み出そうとするエドワードが、アルフォンスには嬉しかった。
「けれどあんなにはっきりエドワード・エルリックの名前を出しても良いのカ?」
リンが懸念を表明すると、あからさまに人の悪い笑顔で答える。
「吐く嘘は少なければ少ないほど良いもんなんだよ。覚えておけ」
「や、確かに嘘はひとつも吐いてないけどさ」
そう言えば、リゼンブールでも彼は何一つ嘘を吐いてはいなかったことにアルフォンスは今更気付いた。
強いていうならフェア・ネッドの本棚くらいだ。
「常識的に考えてみろよ。エドワード・エルリックが150年前の錬金術師と同一人物だとは思わないだろ、普通」
のうのうと言ってのけた。
「…思わないナ」
「思わないだろうねえ」
「………でも普通じゃないよね、鋼の錬金術師」
ありえないなんてことはありえないよねえ、とアルフォンスが言えばエンヴィーが嫌な顔をした。
「まあ皆様の常識を信用するさ。お前らも一応、学校じゃあオレを『先生』と呼べよ」
「はぁい先生」
にやにやとエンヴィーが笑って言った。
「敬ってねえなお前」とその頭を手にした教科書で軽く叩く。「体罰反対ー」とわめくエンヴィーをよそに、あることに気付いたアルフォンスががっくりとくずおれる。
「どうした?アル」
「…いや…先生…なんだよね」
白い顔でうつろに笑う。
「大丈夫か?具合でも悪いのか?」
「いや、それは大丈夫だけど」
これまでの付き合いの長さから、大体の彼の思考を読んだリンが、一抹の不安を覚える。
「もしかして、障害が増えたとか思ってないカ?」
「当たり。出走直前にハードル増やされた気分」
「障害?何の?」
エドワードは全く分からずに素直に首を傾げる。エンヴィーの視線が軽く宙を踊る。
「だって教師だよ教師。遠距離ってのがなくなっても今度は別のハードルが増えて」
「まあ元々ハードルは天井知らずに高いのが複数だったんだかラ今更だろウ?かえって闘志を燃やすくらいでかかってケ」
「それは言われなくても」
「…お前ら何の話をしてるんだ?」
エドワードは怪訝な顔になる。
「………その内分かるかもしれないよ」
エンヴィーがもはやどうでも良さそうに言った。

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