休暇も終わり明日には中央へ帰るという日に、アルとリンはエドワードに挨拶に行った。
つい2日前にイーストシティのビブリオマニアが蔵書を読み尽くし、それと同時に有給も使い果たして帰っていったので、錬金術師はようやく自宅に帰還を果たしていた。
すっかりと元通りになった居間で、一応の書棚整理をしていたエドワードは二人を迎え入れた。
「そっか、ここも寂しくなるな」
その口調に嘘偽りは感じられなかった。何となく、アルフォンスはほっとした。
「きっとまた来るよ」
「ああ、そうすると良い。リィも喜ぶ」
次の休暇までにはもう少し走れるようになっていると良いんだがな、と丁度しまおうとしていた本をぱらぱらとめくり始める。
アルフォンスには読めなかったが、シン国の薬学の本らしい。目当てのページを探しながらもう片方の手が辞書に伸びようとするのをすんでに止める。
「いやそうじゃなくて。エドは?」
「え?」
「エドワードは寂しくない?それともボクらがここに来たのは迷惑だった?」
「何言ってるんだ?どうしたんだ、アル」
詰め寄らんばかりの勢いのアルフォンスにエドワードは苦笑する。
端で見ているリンも肩をすくめた。
「オレとしてはずいぶん久し振りに錬金術の話ができて充実していたけどな」
「…高度すぎて付いていくのがやっとだったけどね」
「いや、やっぱり錬金術師には錬金術師の感覚みたいなもんがあるだろ。論理展開だけじゃなくてさ。」
「話の内容はよく分からなかったガ、独特の感覚が存在することはよく分かっタ」
門外漢がしみじみと感想を差し挟む。
おそらくリンがそれを理解することは一生無いであろうが、別にそれがうらやましいともくやしいとも思わなかった。
エドワードがノヴァーリス家に滞在する間、よく二人で討論をかわしていたが誰もそこには入っていけなかった。
「寂しくはなるが、二度と会えないわけじゃないからな」
笑って言うその言葉に、一体どのくらいの意味が込められているのかアルフォンスには計りかねた。
「次にくるまでの間に、錬金術の勉強をやり直してくるよ」
「基本的には悪くはないと思うぞ?と言うかな、オレの錬金術理論は結構複雑だから最近のシンプルかつ洗練された論理が流行の資格試験だの学術論文だのとは馬が合わないからな」
「…錬金術にも流行りすたりがあるのカ?」
「無くはないかな。…でも正直エドの汎用性にはついて行けないこともある」
「まあ必要に迫られてありとあらゆる系統の研究をしたからなあ」
「必要って?」
「人体錬成」
簡潔な答えにアルフォンスは息を呑む。それは絶対の禁忌のはずだ。
だが、エドワードの顔はひどく穏やかだった。
「…まあ、人体そのものを物質として捉えて錬成するだけでもそれを構成するもののすべてを知らなくちゃならないし、そこに魂を結びつけるってなると今度は魂ってなんなのかとか魂と肉体を繋ぐものはなんなのかって話になってそれは単純に物質面から見ても分からないから別のものの見方も身に付けなくちゃならない。そこまで分かったとして、それじゃあ肉体と魂が結びつけば人間は人間として成立するのかって言うとそうでもないことも分かってくるし、はっきり言ってきりがない。」
書棚に本を戻して別の本を手に取る。
赤い革張りのさほど大きくはない本を3冊、取り出して机上に積み上げる。
「その上でオレたちは賢者の石なんてもんまで追っかけた。石って位だから最初は鉱石関係で探ったし行き詰まればまた別の方向から文献も当たったりして…最終的には、あれだしな」
「錬金術とは、何か?」
「そうそう。それから、世界とは何か。世界を動かすものは何か。…人を、人たらしめるものは何か。」
眩しいものでも見るように、アルフォンスを見て目を細める。
「魂はどこから来てどこへ行くのか。いくら研究を進めても分からないことだらけだ。これでも人生のほとんど錬金術の研究に費やしてるんだが」
積み上げた本の1冊を手にとってぱらぱらとページをめくる。
確認して頷くと、次の本もめくる。
「そんな訳で、絶対的な真理の尺度からするとオレとお前の知識量にそう差はない。」
「それは地球の大きさに比べればリンゴもスイカもそんなに変わらないと言ってるようなもんだよ?!」
「ああそんな感じかな」
「現実としては意味のない比較だナ…」
3冊とも何かの確認を済ませると、エドワードはそれをアルフォンスに渡した。
「何?」
「お前に貸してやる。…次にここに来るまでに読み通してみな」
表紙の装幀は丁寧だったが題名がなかった。
アルフォンスはその内の1冊のページを開いて中扉の文字を読む。
「…猫と暮らす365日…?」
「そ。で、続編の「猫と暮らす春夏秋冬」、「7日間を猫と過ごす」もセットだ。汚すなよ?」
「…いつも思うんだガ、ここの本棚は脈絡がないナ」
その本のあった場所の隣にずらりと並ぶ「今日の献立1000種」を目にしてリンが呟く。
それから友人の顔を見て、苦言を呈する。
「アル。…顔がとろけてル」
「え?あ、だってほらすごいよこれ猫可愛い」
ぱらぱらと斜め読みしているだけなのにアルフォンスはすっかりと紙上の猫と遊んでいる。
「お前もか。お前もやっぱり猫大好き人種か」
「もってことハ」
「それ書いた奴も同じ人種だ。」
「それは読めば分かるよ!」
「いや語らんで良イ、と言うより黙レ」
うんざりした様子でリンが制した。微笑ましいとは思うが、度を過ぎると鬱陶しい。
「あいつもなー飼えないって言ってるのに拾ってきては鎧ん中に隠して飼ってたり、飼えるようになったらなったで次々と拾ってくるしどんどん増やすし」
はあ、と大きく溜息を吐きながら遠い目でエドワードは話す。
「久し振りに帰った時には「猫屋敷のお兄ちゃんが帰ってきたー」とか言われちまうしさあ」
「ン?てことはこれを書いたのハ」
「アルフォンス・エルリック。オレの弟だ」
「ええ?!」
仰天してアルフォンスは顔を上げる。
「ってことはこれ錬金術書?!」
「何故そうなル」
「だって弟さんも錬金術師だったんでしょ?」
「いや俺が聞きたいのはそう言うことじゃなくテ。錬金術師が書いたら何でも錬金術書になるのカ?」
「可能性としては高い。」
「…そうなのカ」
リンが錬金術師ではない、と言うことに気付いたアルフォンスが説明をくわえた。
「錬金術の研究書は全く関係ない本に偽装していることがよくあるんだよ」
「なんのためニ?」
「知識の流出を防ぐためだよ。錬金術師以外が扱えば危険なものもあるからね」
「で、暗号を駆使して書かれているので高度な知識と思考の持ち主でなければ解読できないものが数多くある」
リンはしげしげと赤い表紙を見た。
「この本もそうなのカ。」
「いや、分からん」
あっさりとエドワードは肩をすくめた。一瞬、アルフォンスは本を取り落としそうになる。
「弟は優秀な錬金術師だったし研究も続けていたけど、残された本はその3冊だけだった。ノートやメモの類はオレの留守中にきれいに始末されてた。でも、それがその研究書なのかは分からない」
「………まさか暗号が解読できなかったとか」
「…いや」
エドワードは静かに首を振った。
「いまだにオレはその本に目を通すことさえできないんだ」
アルフォンスは言葉に詰まる。そうして手の中の本に目を落とした。
「…そんな大事な本を借りても良いの?」
「ああ。お前なら読めるんじゃないかって思って。」
それにお前なら汚すようなこともしないだろうしな、と言って笑う。
リンがそっと視線を逸らした。
「次にここに来るまでの宿題だ。頑張れよ、アルフォンス・ノヴァーリス。」

次の日の列車で、二人はセントラル・シティへと戻った。
駅では妹と母が見送ってくれた。「次の休暇もお兄ちゃんと一緒に来てね」とリィに約束させられたリンは頭を掻いていたが、きっと彼は約束を守るだろう。
そうして休暇は終わった。

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