場に降りた沈黙を払うように、努めていつもと同じ調子でリンは更に尋ねた。
「ええト、つまりエドは賢者の石を手に入れて、弟さんの体を取り戻しタ?」
「ああ」
「じゃあエドのその腕はどうして機械鎧のままなんダ?」
エドワードは右手を目の高さまで持ち上げた。
「一度は元に戻したんだけどな、右腕も左脚も」
鋼の掌をかざすと、鈍い光を反射する。
「生身に戻して、一晩寝たら元に戻ってた」
「は?」
「どうやら賢者の石は機械鎧がオレの基本形だと認識しているらしくってな。」
賢者の石に心がある訳ではないが、自己保存の本能のようなものがあるらしい。傷が出来れば直すように、「正しくない腕と足」を「正しい機械鎧の腕と足」に直してしまう。
器であるところのエドワードの意志をまるっきり無視してのことだった。
そこでアルフォンスは首を傾げた。
「あれ?それじゃ機械鎧の整備もいらないんじゃ?」
「そうだナ、壊れても勝手に直るなラ」
だがエドワードは首を振った。
「いや、今は賢者の石を休眠させてるから整備は必要なんだ」
「休眠?」
「はっきり言ってオレの手にも余るんだ、この石は」
左胸に手を置いてそう言った。実際はそこに賢者の石がある訳ではないが、エドワードは常に心臓に石があるかのように見せていた。
賢者の石はエドワードの血肉と融合し血流のように巡り細胞の一つ一つに染み込み遺伝情報のように刻み込まれてしまっている。
いわばエドワードそのものが生きた賢者の石と言って良い状態だった。
「普段はぎりぎりまで石の力を押さえ込んでいるから機械鎧は勝手には直らないし、食事も睡眠も必要なんだよ」
「年取らない以外は普通の人間と同じって事?」
「実は普通の人よりも怪我や病気が治りにくかったりするね」
老ロックベルが言い添えた。
ぎょっとした様子で見るアルとリンに、エドワードはばつの悪そうな顔をする。
「…加減が分からなくてな。本来の自分の自然治癒力なんかも押さえ込んじまってるんだ」
「分かってるんならちゃんと夜はベッドに入って寝る!お腹も出さない!」
「分かってるって」
「いーやあんた絶対分かってない!昨夜だって遅くまで起きてたんでしょ?死ななくったって病気で苦しいのは一緒じゃない!」
ほとんど泣きそうな顔でウィンリィはエドワードを叱る。
エドワードは苦笑してなだめるようにぽんぽんとウィンリィの頭を撫でた。
「作った当初ならともかく、今の石に関してはオレも完全には把握できていない。下手にいじればどう転がっていくのか予測が付かない」
「昨日のグリードって人はそれを知らなかったのカ?」
「ああ、あいつはあんまりオレんとこには来なかったからな」
あんなことになるなら教えておいた方が良かったんだろうか、いやでもそもそもよりつきもしなかったからどうしようもないよなと言い訳を考える。
「もし仮に、無理矢理エドから賢者の石を取り出そうとしたらどうなル?」
錬金術師は至極あっさりと回答する。
「89%の確率で暴発してリゼンブールどころかアメストリス1国吹き飛ぶな」
「…残りの11%は?」
「取り出すと同時に拡散して消滅が3%、その他8%って所かな」
「その場合のエドワードの命は…」
「当然、ないわな」
「当然って…」
「どの可能性においても、石を取り出した後のオレの生存確率は0%だ。まあ、もう充分生きてるから構わないっつっちゃー構わないんだけど」
周りを盛大に巻き込む可能性を選ぶわけにはいかない。
静かな笑みに諦観が漂う。
それをアルフォンスは見逃しはしなかった。
彼はそうやって、手に入れたかったはずのものを諦めて、押し付けられたものを背負って生きてきたのだろう。
だからあえて、アルフォンスは明るく笑った。
「違うでしょ、0%なんて事はありえない」
首を傾げるエドワードの、鋼の手を取る。
冷たく硬く、重い感触が、アルフォンスの手の内に馴染む。
「エドワードから無事に石を分離する、何らかの方法があるはずだよ。その可能性は決してゼロじゃない」
「確かにそれはそうだけど…」
「でも数千年は長いナ」
リンが石の無力化にかかる時間を思い出す。
「ああ、一番短い試算で5600年だからちょっと長いよな」
「ちょっとカ?」
「一番長いのだと無限大と出た。…可能性としちゃこれが一番高い。不完全な石の内圧と完全な方の石の永続性が組み合わさった最悪のパターン。」
完成された永久機関から導き出された予測だった。
悪条件にもめげずに、アルフォンスは笑みを深くする。
「だからって諦めるの?伝説の賢者の石を作り上げた『鋼の錬金術師』が」
「…アルフォンス?」
「完全なる賢者の石を作り出せる確率だって限りなく低かったはずだよ?」
「……簡単に言うな」
少しむっとしたようにエドワードは唇をとがらせる。
言われるまでもない。賢者の石を手に入れ弟の体を取り戻したことも、その後のことも、すさまじい努力と覚悟で乗り越えてきた。
それをわざわざ他人にひけらかす趣味はエドワードにはなかったが、なお一層の努力をしろと言われればまるでそれまでも努力が足りないと見られているようで面白くない。
だが、アルフォンスにはそんなエドワードの拗ねた子供のような表情が嬉しかった。
少なくとも、諦めきった老人のような目をされるよりはずっと良い。
握った手に力を込める。エドワードにその感触は伝わっていないのかもしれないけれど。
じわりと金属にアルフォンスの体温が遷る。
「エドワードが無理だって言うなら、ボクがその方法を見つけてみせる」
はっきりとアルフォンスは宣言した。
唖然とする伝説の錬金術師に笑顔で言う。
「今は無理でも、きっとあなたを超える錬金術師になって、あなたを賢者の石から解放する」
エドワードは何から答えて良いのか判らずにただ口を開閉した。
アルフォンスを留めようにも諫めようにも言葉がまるで見つからない。
「無理とか言わないでよ、前途ある若者が目標見つけて揚々としてるんだから」
「いや揚々ってお前」
「エド。アルは本気ダ」
諦めろ、と言うようにリンが真顔で言った。
実際こうと決めたアルフォンスは頑固だ。それをリンはよく知っていた。
「あのな、こんな田舎の訳分かんない錬金術師にかかずらって人生棒に振って欲しくないんだよオレは」
「不世出の錬金術師になろうって言うのが人生棒に振ることになるとは思えないけどなあ。」
「それ自体は良いけど目的をもっと有意義な方向に向けろと」
「ボクにとってはこの上なく意義があることだよ」
「けどなあ」
困惑の渦中にあるエドワードを見て、ウィンリィはまた別の疑問を持っていた。
「ねえばっちゃん」
小さな声でひそひそと祖母に話しかける。
「なんだい」
「あの体勢はまるでアルがエドを口説いてるように見えるんだけどあたしの考え過ぎかしら」
「…ある意味口説いてるんじゃないのかい」
「それもそうね。…でもあの体勢にエドはどうして何の違和感も持たないのかしら」
「……どうしてだろうねえ」
その手を取って顔を覗き込む姿勢は、かつて実の弟も良くやっていたことだったからだと言うことを、幸か不幸か彼女達は知らなかった。

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