「で、リィの容態はどうなんだ?薬取りに来たんだろ?」
そう言ってエドワードはいくつかの小瓶を取り出した。どうやらシロップ状の薬らしい。手書きのラベルを確認しては並べている。
「熱が出ただけか?喉が腫れてるとかどっか痛むとかは言ってなかったか?」
「いつも思うんだけど。エドってリィちゃんには甘いわよね。」
「そうか?熱が下がらないようならこっちのシロップなんだがこれ、味が甘苦くて気持ち悪いんだよな」
改良の余地があるよな、と眉間に皺を寄せる。ウィンリィが苦笑する。
「あたしがオブラートは気持ち悪いって言ったらじゃあオブラートなしで飲めって苦い粉薬そのまま口に入れてくれたのに」
「おー思い出した思い出した。でもって思いっきり人の顔に薬噴いてくれたっけ」
「むせたのよ!今のリィちゃんより小さい時の話よ!?」
なんなのよこのえこひいき具合って、と大仰に憤慨してみせるが、その目は笑っている。
ウィンリィは何故彼が小さなリィに甘いのか、ちゃんと知っていた。しょうがないなと諦める、その心のどこかがかすかに痛む。
祖母もいつか似たような想いを抱えていたことも、夜長にこっそりと聞いたことがある。
しょうがないよ、と祖母の小さく笑う目に共鳴したのだった。
ウィンリィは大きく溜息を吐いた。
「あの…リィの熱はもう大分下がってるから」
「え?じゃあ何しに来たんだ?」
おずおずとアルフォンスが言えばエドワードは目を丸くして声を上げた。
「エド。昨日何があったか覚えてる?」
「………あー…ああそうだった昨日だったっけグリードが来たの」
「忘れてたのね?」
「…覚えているとも、思い出せなかっただけで」
まだ何か言われるよりも先にアルフォンスの方へ向き直る。
「説明するって言ったっけな。」
「…うん。」
目顔で座るように促す。老ロックベルがお茶の準備をしに立つ。
エドワードは、最初にここで会ったときと同じ椅子にかけ、記憶を手繰り寄せるようにゆっくりと話し始めた。

「さて。どっから話したもんかな」
膝の上に軽く組んだ手を見下ろす。長い前髪にその目が隠れ、微苦笑の形のままの口元が覗く。
「長くなるだろうが、最初から話すのがいいだろうよ」
重そうな白磁のティーポットをことりと置いて、老ロックベルが助言する。
「あんたたち、昔話は嫌いじゃないだろ?」
冗談めかして言われたことに救われたようにほっとして、アルとリンは頷いた。
エドワードもようやく目を上げる。
「じゃあ、昔話をしよう。
…昔、この村に錬金術師の兄弟が住んでいた。兄弟の父親は行方知れずで、母親と3人で暮らしていた。
だが、ある時母親が病気で亡くなった。まだ幼かった兄弟は、錬金術で母をよみがえらせようと試みた。」
「そんなことが出来るのカ?」
リンの疑問に対して、錬金術師はあっさりと答えた。
「いいや、絶対に不可能だ。」
「…人体錬成は錬金術師の最大の禁忌だ」
アルフォンスの呟きに頷いた。
「そうだ。決して手を出してはいけない禁忌に触れた兄弟は、リバウンドを喰らって代償を持って行かれた。兄は左足を、弟は全身を」
首を傾げるリンにアルフォンスは説明する。
「自分の力を超えた錬成を行えば、足りない分は持って行かれるんだ。錬金術の基本は等価交換だから」
「絶対に不可能なことを行えば、相応の代償も持って行かれると言うことだ。」
「厳しいナ」
「だが正しい。」
エドワードは軽く手を組み替えた。鋼の指に目が行った。
「左足を持って行かれた兄は、右腕を代償に弟の魂を錬成した。そうして弟の魂を鉄の鎧に繋いで定着させた」
「魂の錬成…」
ふと、アルフォンスはグリードの言っていた言葉を思い出した。
自分は、エドワード・エルリックの弟に瓜二つだ、生まれ変わりかと思うほどに似ていると。
「魂が同じかどうかは、魂の錬成も可能な錬金術師なら可能なんじゃないか」と言っていなかったか。
「…ボクはあなたの弟に似ているの…?」
思わず口にしてしまってから、しまったと思った。エドワードが大きく目を瞠ったのだ。
それから殆ど泣きそうな顔をして、ぐ、と息を呑んだ。そうして、さも何でもないことのように笑った。
「ああ、そっくりだ。」
今更隠してもしょうがないからな、と言う。
「ひょっとしてグリード辺りに何か言われたか?」
「生まれ変わりじゃないかって。…魂の錬成が可能な錬金術師になら、判別も付くんじゃないかって言ってた」
あいつめ。小さく口の中で毒づく。
「確かにオレはこの手で弟の魂を錬成した。そのオレでもお前とあいつは似てると思う。でも」
金色の目が細められて笑顔を形づくる。エドワードはどこか眩しげにアルフォンスを見た。
「似てるからこそ、違いが際立って見えるんだよ、アルフォンス・ノヴァーリス。」
今度はアルフォンスの方が言葉に詰まった。
「つまりアルはエドの弟の生まれ変わりではない、ト?」
「と言うか人間が死んで生まれ変わるのかどうかもよく分からんからな」
「魂錬成できても分からないのカ?」
「あのな。オレはこの世界のことに関しちゃ大抵の理(ことわり)を理解していると自負しちゃいるが死後の世界については守備範囲外だ」
「死んだ後のことは分からないのカ」
「そう言うことだ。死んだ人間は生き返らないって事は知っていているが、死んだ人間の魂がどうなるのかは知らない」
そう言って肩をすくめた。
「話を元に戻そう。手足と身体を失った兄弟は、元の身体に戻る方法を探す旅に出た。兄は手足を鋼の機械鎧で補って、国家錬金術師の資格も取った。」
「それからの話はよく知られている『鋼の錬金術師』のお話よね」
「あれはなー…」
ウィンリィが口を挟めば、げんなりとした顔になる。
「あれって本当の話だったの?」
「…おう。かつてのオレの無能な上司と有能な部下たちがよってたかって脚色してくれたからどこまで本当なのかどっから捏造なのか本人ですら自信がなくなってるがな。」
少なくとも、国立博物館に展示されている「鋼の錬金術師の機械鎧」は明らかに偽物だから、と言う。
「マスタング家寄贈」の札を見たときには本気で墓場まで行って墓石蹴り倒してこようかと思ったけど。
色々と思いだして黄昏れているエドワードに、唖然としながらもアルフォンスは素朴な疑問を口にする。
「でもどうしてそんなことを?」
「あー…ええとだな。そんなこんなで色々あって、どうにかこうにか元に戻る方策として賢者の石を手に入れたのはいいんだが、まあごらんの通りそのついでに不老不死になっちまったもんだから。」
「あんたいきなり話をはしょったわね」
「聞かれたことに答えてるだけだろうが。…で、不老不死の人間が存在してるなんてそこら中に知られるのはまずいだろ。だからオレの存在そのものの情報を曖昧にしてしまえってんで虚実入り乱れの伝説になっちまった訳だ。」
「…てことは本当のこともあるんだ…」
「巨人を倒したリ隕石を振らせたリ?」
リン・ヤオは読んだばかりの絵本の内容を思い出してみた。
「石の巨人は錬成したが別に暴走させたりはしてない。隕石は降らせてないが局地的に雹を降らせる実験ならしたことがある」
そんな風に少しずつ話はずらされ脚色されていっているらしい。
「昔話の現実なんてこんなもんよ」
ウィンリィがエドワードを指さして言った台詞が、やけに説得力に満ちていた。

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