それまでの傲岸不遜な王者の様相はどこへ行ったのか、泣きそうなのを無理にこらえて作ったような笑顔で、エドワードはアルフォンスとリンに相対していた。
「聞きたいことは山ほどありそうだけどな」
不安そうなリィの傍らに立って、その髪を撫でてやる。
「今日の所は何も話してやれそうにない」
「どうして?」
きっぱりとしたエドワードの返答に思わずアルフォンスが聞いた。
エドワードはリィの傍らにしゃがみ込み、前髪をかき上げ額と額を合わせる。
「リィの熱が上がってる。今日はもう帰って休んだ方が良い」
「あ…」
手下たちの具合を見ていたグリードが振り返る。
「もしかしてお嬢ちゃん、どっか悪かったのか?」
「聞いてなかったのか?」
「俺が聞いてたのはアルフォンス・ノヴァーリスに妹がいることと、ここに来てるって事だけだったな」
てっきり時期的にバカンスかと思ってた、と言って頭を掻く。
「こんなど田舎に誰がバカンスで来るんだよ」
大体羊しか見るもんないぞとエドワードが毒づいた。
「そりゃすまなかったな、お嬢ちゃん。」
素直に謝るグリードにエンヴィーが目を丸くする。
「すげー心底謝ってるー」
「当たり前だ。俺は将来の美人は大事にする主義だ」
そう言って少女ににいっと笑いかけると、少女はさっとエドワードの陰に隠れた。
少し残念そうに肩を落とすと、ふと何かに思い当たったように首を傾げる。
「お前の錬金術で治せないのか?」
「あのな、錬金術は万能じゃないんだぞ」
「賢者の石があってもか?」
エドワードは自分の胸に手を当てる。
「これは触媒であってそれ以上でもそれ以下でもない。…リィの場合は少しずつ長期的に体質を改善していくほかない」
それを聞いてエンヴィーがぽんと手を叩く。
「それであんたは初めっからぶっちぎれてたのか」
「?どういう意味だ?」
「ここへ来る前から冷静で全部計算づくで事を運んでたってこと。」
グリードは納得したというように頷くエンヴィーとエドワードの陰からちらちらと覗くリィとを交互に眺めた後、しばし沈思する。
そしてその事実に思い当たってざっと顔色を真っ青に変えた。
「もしかして…っ!」
「そうだそのもしかしてだ」
「すまん!本当に悪かった!」
土下座せん勢いでグリードは何度も頭を下げた。
ふてたような無関心のようなしらけた目でじろりとエドワードはグリードを見下す。
「いいからもう帰れ。あと次来る時はもっと少人数で大人しく来い」
来るなとは言わないんだな、とアルフォンスはぼんやりと思った。
根拠はないが、それはひどく彼らしいと思う。
「それとお前の足。診せてみろ。」
急に指で呼ばれ、アルフォンスはグリードに蹴りを入れた方のズボンの裾をまくり上げた。
興味本位でエンヴィーが覗き込んで顔を顰めた。
「うわ、痛そー」
けれどもその声がどこか楽しげだったのはリンの気のせいではないだろう。
「そりゃ硬度10を不用意に蹴飛ばしゃ痛いだろうよ。…ああ、骨までいってるな」
エドワードは真剣な表情で検分を終えると、ぱん、と手を打ち鳴らした。
「治癒錬成…?」
「おう。とりあえずの応急処置だから無理はするな」
腫れがひいたのを確認し、簡単な添え木をして立ち上がらせる。
「すごいな、こんなことも出来るんだ…」
「錬丹術学ぶためにシン国まで行ったって言っただろう」
純粋に驚嘆するアルフォンスに、そっぽを向いてぶっきらぼうに言う。どうやら照れているらしい。
「食い倒れじゃなかったのカ」
「食い倒れそうだとも思ったがな、正直」
「でも、リィの病気は治せない…?」
ぎゅっと少女がエドワードのコートの裾を掴む。
「万能じゃないからな。…少しずつ、リィの身体の抵抗力を上げて体力もつけて、こつこつとやっていくしかない。」
ゆっくりと少女の頭を撫でて、優しく笑う。
「大丈夫、リィにはたっぷりと時間がある。大きくなってとびきりの美人になる頃にはきっと治る」
こくりとリィは頷いた。

「アルの時には、間に合わなかったけどな」
その呟きは小さすぎて、すぐ傍にいた少女にしか聞こえなかった。
リィは言葉もなくただ錬金術師にしがみついた。

「お帰りなさい、思ったより早かったのね」
エドワードが自宅に戻ると、居間では美女がくつろいでいた。
「…ソラリス」
「勝手に開けて準備してたわよ。私の送った瓶詰め、まるまる残ってたじゃないの。」
ちゃんと食べてるの?とずらりと凝った前菜風の料理ばかりが並んだ皿を指して言う。
続いて入ってきたエンヴィーは「げ」と言って立ちすくんだ。
「エンヴィーも来てたのね。グリードはどうしたの?」
「あいつならもう帰ったぞ」
「つーかラストおばはん…あんた老けたねー…」
呆然とエンヴィーが世界中の女性の大半にとって大抵は禁句であろう言葉を口にした。
だが、ソラリスは婉然と微笑んだ。
「ありがと。」
「…礼を言われるようなこといった覚えはないけど。むしろ怒るかと思った…」
「自覚があるなら言うなよ、お前。」
小さくエドワードがたしなめた。
「いいのよ、私の今の野望は美老婆になって若いだけが取り柄の小娘どもを鼻で笑ってやることなんだから」
それを聞いてエドワードは苦笑する。
「道のりは遠いんじゃないか?50代にはとても見えないぜ」
「そう?褒め言葉だと思ってありがたく受け取っておくわ」
「それより何しに来たんだ?」
カラフの横に置かれた空き瓶のラベルを見ながら尋ねる。中身はどうやらカラフと彼女とで分け合ったらしい。
「グリードが人間になっただろうからってプライドから聞いたからそのお祝いに来たの」
思わずごろんと瓶を取り落とす。
「………何考えてるんだあいつ」
「何かしらねえ」
楽しそうにソラリスが笑う。目元がほんのりと染まっているのはワインのせいだけではなさそうだ。
「きっとあなたには分からないわ。でも分からなくて良いわ」
「他には何か言ってなかった?」
「もしかするとあなたも人間になってるかもって」
「あいつめ…」
「じゃあエンヴィー?」
「昨日から。」
「あらおめでとう。じゃあもう1本開けなくちゃね」
いそいそと自分の旅行鞄から酒瓶を取り出した。
「これ結構高い酒だぞ…」
「ええ、せっかくだからあの人の戸棚の一番奥に隠してあったのを選んできたの」
隠し場所をあっさり見抜かれていた旦那を思いエドワードはこっそりと合掌する。
「旦那は元気か?」
「あなたに会いたがっていたわ」
その言葉に含まれている意味を読み取ってエドワードは眉を顰める。
「…良くないのか?」
「保って後半年だと言われてからそろそろ3年経つわ。」
そう言って肩をすくめた。人間ってしぶとい、とエンヴィーは呟く。
「あの人が死んでしまっても私は一人ではないから、その辺りは私もあの人も心配はしていないの」
「そう言うもんか?」
「そう言うものよ」
不思議そうに言うエンヴィーにあっさりと答える。
「ああ、でも」
ゆっくりと顔を上げ、どこか遠くを見る。かすかに見える目尻の皺や柔らかなグレイッシュローズのショールから覗く首筋には確かに時が刻まれている。
それでも随分ときれいな女だよな、と姉を見て初めてエンヴィーはそう思う。
「あの人の今際のきわに傍にいられなかったら、きっとさびしいしかなしいわ」
「なら傍にいろよ」
「ええ。明日の朝一番の列車で戻るつもり。」
勝手に空いているグラスにカラフから手酌で注ぐ。ゆらゆらと紅い酒を揺らしてみるだけでなかなか口を付けない。
「あなたにも、そう言う人が必要だと思うわ」
ソラリスの言葉に、ぴたりと手を止める。
「…どういう?」
「最期の時に、傍にいる人」
「無理だろ」
そう言って、またくるくるとグラスを揺らし始める。
「無理でも何でも、人間は一人で生きるのはとても辛いものでしょう」
エンヴィーはじっと黙って二人を見詰めている。
「永遠に生きるのに?それこそ世界の終わりが来ても死にそうにないんだぜ?」
突き放すように自嘲する。水面が大きく揺れて今にも縁からあふれそうになった。
「殺しても死なない、化け物だ。…人間じゃない」
「誰が何と言おうと、あなたは人間よ。」
穏やかにソラリスは言い切った。
「あなたが私たちを、最初に人間扱いしてくれた。人に造られた人外のモノの私たちも人間だと言ってくれた。そして本当に人間にもしてくれた。」
「…そう言えば、そうだね。創ってくれた人にとっては『作品』だったからね」
エンヴィーもぽつりと言った。
「あなたに人間にしてもらった私は、あなたに返さなくてはいけないものがあるの。」
「ソラリス…」
「あの人に魂の大半は上げてしまったから、大したものは返せないけど」
錬金術師でもなくホムンクルスでもない、ただの人間に返せるのはもうこのくらいしかないけど。
「あなたは人間よ、エドワード・エルリック。この言葉を今、あなたに返すわ」
エドワードは、途方に暮れた子供のように彼女を見詰めた。

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