勢いよく扉を蹴り開けて、右手に引きずっていたものを思い切り目の前に立っていたグリードに投げつけた。
思わずグリードがそれを避けると、当然の事ながらそいつはその背後に積み上げてあった粉袋に頭から突っ込む。
「避けんな!このバカ!」
「避けるだろうが普通!」
「ちょっとは中窺ってから入るとかの用心を見せようよ…」
怒鳴りつけ怒鳴り返す二人をよそに、エンヴィーがエドワードの後から小屋の中へ入ってくる。
何かを蹴飛ばして小屋の外へと押し出したようにアルフォンスには見えた。
「つーかなお前、人間投げちゃいけませんって教わらなかったか?」
粉まみれになった部下を引きずり出してやりながらぶつくさと言う。
「…そもそも投げないよね、普通。」
思わず人質という立場を忘れてアルフォンスは呟いた。
普通という単語がここまで空々しく聞こえたことはかつてなかった。
「んなこたぁどうでもいいからさっさと人質解放して失せろ。」
左手に持った鉄パイプを真っ直ぐにグリードに向けて、エドワードは傲岸に言い放つ。
リィを押さえつけている女が目を瞠る。彼女に限らず、この場に居合わせたグリ−ドの部下たちは皆唖然とした。
グリードは呆れたようにちょっと天を仰いだ後、ふーっと溜息を吐いた。
「いつまでも変わらねえな、お前…と、エンヴィーも」
アルフォンスにとっては初見の少年は軽く肩をすくめた。
「それはどうかなあ」
「…?」
「それよりあんた、こいつの頭が怒りで沸騰してる間に大人しく人質逃がした方が良いよ」
扉の陰から伸びた腕が彼の足首をつかもうとしたが、難なく避けてその手首を思い切り踏みしだく。
上がった悲鳴にエドワードが眉を顰める。
「エンヴィー」
「殺してないから良いでしょ?」
にっこりと邪気なく笑う。
「ああそれで何だっけ?手遅れにならないうちに皆さんまとめて帰ることをお勧めするよ、これ以上痛い目見る前にさ」
ここに来るまでに風車小屋の外で見張りをしていた連中はあらかた片付けてきたし。
手遅れにならないうちに医者に診せた方が良さそうなのも何人かいるはずだから、とけろりと言った。
「お前も付いてるしってか?」
「いんやただの傍観者であって、こいつの味方ってわけじゃないけど。兄弟がえらい目に遭うかもしれないのに警告の一つも出さないのは薄情かなって思って」
不審気な表情のグリ−ドとは対照的に、ますます上機嫌になっていく。
エドワードはと見てみれば、こちらは一切合切の表情が消えている。
「この人怒ってる時はさほど怖くないけど、吹っ切れて冷静になると恐ろしいなんてもんじゃないよ?」
エンヴィーは言ってしまってから自分でもいくつかの封印された記憶をうっかり掘り起こしてしまいがたがた震えた。
「いや俺もそれを知ってるからこうして人質取ってるんだが」
「分かってない!1度や2度怒らせて撃退されてるだけのあんたにゃあの恐怖は分からない!絶対に!」
「……何されたんだお前。」
「言いたくない!思い出したくもない!」
そう言う歯の根が合わずにがちがちと鳴っている。
エドワードの表情は、やっぱり動かない。それがかえって不気味だった。
「…まあ人質取ってる限りエドワードは怒りを持続させるだろうからな」
つまり、解放する気はないと言うことだ。
「それが答えか、グリード!」
吼えるように叫ぶと同時に手にしていた鉄パイプを湾曲する剣に錬成し、グリードに斬りかかる。
だがすぐにその動きは止められた。ぐ、とアルフォンスの首元にナイフの刃が近付いたのがエドワードにも分かったからだ。
ぎり、と奥歯が鳴る。
怯えきったリィの顔も見えた。
「クソっ!」
悠然と笑うグリードから、一歩離れる。
そうして忌々しげに手にした剣を放り投げた。
エドワードの手を離れた剣はグリードの腰の辺りを通り過ぎて背後まで飛んでいき、そのまま粉袋に突き刺さるかと見えた。
だが、その前に天井の梁から飛び降りてきた人影がその柄を掴み、積み上げられた粉袋を蹴って勢いよくリィを拘束する女の傍に肉迫する。
「リンお兄ちゃん!」
女が構える間もなく柄で後頭部を強く打ち昏倒させ、リィを奪い返すと背後に庇う。
「アル!」
妹が解放されたのを確認するやいなや、アルフォンスはすっと上半身を沈めナイフから身体を離しそのまま体重を肘に乗せて男の腹をえぐった。
別の手下が振りかざすナイフを最小限の動きで避けて回し蹴りでその足を薙ぐ。
腕を拘束されたままで数人を一気に蹴り倒すアルフォンスを、エドワードは呆然と見ていた。
「…妙に場慣れしてないか、あいつ」
少なくともごく一般的な中央の学生の動きではない。
エンヴィーがちょっと遠くを見る目でそれに答える。
「実は中央の裏社会締めてるって言うプライド情報。」
てっきりガセとは言わないまでも五割り増しに膨らんでると思ってたからエドワードには伝えていなかったが。
この分では本当だったのかもしれない。
その会話を耳に拾ったアルフォンスが相手の手にした割れたビール瓶を蹴り飛ばしながら笑顔で弁解する。
「やだなあそんな締めてるだなんて人聞きの悪い」
「そうそう、ただちょっとその手の人達に以前に絡まれテ、ちょっと倍返しにしテ、ちょっときつく言い含めておいただけだったヨ」
リンも言い添えたが非常に説得力に欠ける発言だった。
「お前ら親の目の届かないところで一体何やってるんだ…!」
頭を抱えたエドワードに「あんたが言うな」とエンヴィーのつっこみが入る。
そうこうしているうちに、手下たちはことごとく床に転がって、まともに立っているのはグリード一人となった。
「ああやっぱりお前さんも油断がならねえなあ」
ちらりと見回して誰も立ち上がれそうにないのを確かめる。
仕方がない、と言うようにグリードはアルフォンスに歩を詰める。
「よせ、アルフォンス!」
エドワードが制止の声を上げるが、咄嗟のことにアルフォンスは近寄るグリードにかなり鋭く蹴りを入れた。
「っ…!」
ひどく硬い何かを蹴った痛みに、歯を食いしばる。
それに怯んで体勢を崩すと、すかさずグリードがアルフォンスの腕の拘束を掴んで床に押さえつけた。
腕と膝とを床に着いたところを、更に膝で後頭部を押さえつける。
「アル!」
「動くな!」
側に寄ろうとしたエドワードをグリードが鋭く止める。
「下手な真似すりゃあ首をへし折るぜ。…分かるな?」
ぐ、とエドワードが息を呑む。
リンにしがみつくリィは涙目だった。それでも泣きわめかないのはさすがだな、と少女を守りながら切っ先は下ろさずにいるリンは思う。
それよりも先程からあのグリ−ドという名の男から妙な気配を感じるのが気になっていた。
(何だかひどく変わった気配をしている…まるで、何人かいるような?)
アルフォンスの足をくじいたのも妙だった。自分の足や拳を潰すような攻撃の仕方はしないはずだ。
ただの人間ではないのだろうが、確かめられる空気ではない。
リンは静かに動静を見守る心づもりを決めた。
「…それで、一体何が望みなんだ?」
どうにか感情を抑え込んだ声でエドワードが問うた。
ようやく交渉だ、と愉しげにグリードは顔を上げる。
「あんたの賢者の石だ」
聞くまでもないことだろう、と言った調子で答えた。
「どうしてこれを欲しがるんだ?」
軽く自分の左胸をとんと叩く。
「そりゃあ俺のは不完全だからな。出来れば完全なものが欲しいのさ」
「何のために?」
「俺が強欲だからだ」
「…簡潔だな。」
「そうとも!金も女も、地位も力も、何もかも欲しいんだよ!そして、永遠の命もな」
高らかに言い放つ。
だが心を動かされる様子もなく、エドワードは更に問う。
「とりあえずは大体のものは手に入れてねーか?金にも女にも不自由はしてないな?それに」
ぐるりと辺りを見回す。
「こんなど田舎まで付いてくるような手下にも恵まれているようだし」
「それでも足りねえな」
体重を少しずらすと、胸を反らせる。足下からかすかにアルフォンスのうめき声が漏れる。
エドワードの眉がわずかに動いたのを確認すると、グリードは悦に入ったように笑う。
「そりゃあ人間よりは丈夫に出来ちゃいるが不死身というわけじゃない。俺が死んだら俺のものは俺のものじゃなくなるだろうが」
そんなのは我慢がならない。
「だから俺は、全てを手に入れ永遠に俺のものにしておくために、あんたの賢者の石が欲しいんだ」
「それが本当にお前の望みか?」
エドワードが言った。
ゆっくりとグリ−ドに近付いた。真っ直ぐにその目を見る。
声の調子は変わらない。人質は確保している。変わらず自分は優位に立っている。その筈だった。
だがグリードは魅入られたように視線を外せなかった。
「お前は気付いてしまったんじゃないか?お前が、いつかお前の部下たちに置いて行かれることに」
手を伸ばせば届く位置に立ち止まる。
「お前が手に入れた女も手下も、時と共に老いて死んでいく。お前がいくら手に入れたと思っても、それを永遠に留めておくことは出来ない」
いっそ優しくエドワードは笑いかけた。
「彼らと同じ時をえたいとは思わなかったか?お前の手に入れた者達と共に生きて、いつか死んでいく。残った奴らの中には、お前が残る。
なあ、グリード。」
手を胸の前で合わせ円環を作る。
「お前の願いを叶えてやるよ。お前は人間になるんだ」
「っておい!俺は何も納得してないぞ!」
慌てて我に返ってグリードは叫ぶ。しかし錬成反応の光が問答無用でグリードを作り替えていく。
「昔言ったはずだろう、お前らが心の底から願わない限りいくらオレでもお前らを作り替えることは出来ないんだって。だからこれはお前が望んだことだ」
一通りの錬成が無事に終わり、後には呆然とするグリードと満足げに笑うエドワードがいた。
(ひとりになった…?)
リンが気配の変化にいち早く気付く。多少個性は強烈かもしれないが、普通の人間と変わらぬ気配になっている。
周りの混乱に一向に頓着することもなく、笑いながらエドワードはグリードをどつく。
「おらさっさとそいつから足を避けろ」
エドワードがアルフォンスを助け起こしてやっても、まだぼんやりとしている。
「…時々あんたが悪魔みたいに見えるよ」
エンヴィーがぽつりと言った。

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