「おっかえりー」
エドワードが自宅に戻ると明るい声に出迎えられた。
抱えた紙袋から缶詰を取り出してはテーブルの上に置いている淡い金髪の少女に、エドワードは眉を顰めた。
「頼まれてたおつかいはしてきたよ、で、これはおじさんから。さっき台所も見たんだけど、パンも買ってきた方がよかった?」
「それはどうでも良いんだが。」
「保存食ばっかり豊富でどうするの。主食がないよ主食が。コーンドビーフとトマトのみで生きてくつもり?」
「そりゃもらう食べ物が何故か保存の利くものばっかりだから…ってそうじゃねえよ。」
少女の手から缶詰をひったくって睨み付けた。
「どうしてウィンリィの格好なんだ、エンヴィー」
空色の瞳を細めてにっこり笑う。
「華やかで良いかなと思って」
「バカか」
素っ気なく吐き捨てるエドワードに、ひっどーい、などと言っては頬をふくらませた。
うんざりしたようにエドは溜息を吐いた。
「良いからその格好は止めろ。」
「はーい」
少女の姿がほどけるように少年へと変わる。長い黒髪をばさりと後ろに流し、どっかとソファに座った。
「でもさー、店のおじさんおばさんにはばれてたんだけどねー何でだろ」
もうそれ以上缶詰の整理をやるつもりはないらしいエンヴィーに諦めをつけて自らラベルを確認し始めたエドは、どうでも良さそうな疑問にいい加減な口調で答えた。
「ばれるようなことしたんだろ」
「まさか!変身は完璧だったって」
「ジャックにコドモ酒にするとか言って脅したのはお前だろ?」
目も上げずに言うエドワードを、エンヴィーはまじまじと見た。
錬金術師の表情に変化はない。答えを待たずにエドワードは続けた。
「そんな事はウィンリィは言わないからな。だからおじさんもおばさんも分かったんだろ。」
まあジャックには十分に効いていた様子だったが。
「泣いてたぞ、ジャック。大概にしておけよ、お前も。」
「あーっあれかーっそっか、あれが原因かー」
ソファの背に反っくり返って大仰に残念がってみせる。だが、その目は少しも悔しそうではない。
「そうだよね、あの子は絶対にあんたを化け物扱いはしないからね」
「…あいつにとってはオレが脅しの種にはならないだけだろ」
「うん、まあそういうことにしておいても良いけど」
機嫌良くソファの上で転がるエンヴィーを、エドワードは妙なものを見る目で見た。
「で?お前は一体何しに来たんだ?」
「今更聞くの?用事まで頼んでおいて。」
「人の出がけめがけてくる奴が悪い。それで?」
ふざけたことを言ったら投げつけてやるつもりで、手頃な大きさの缶詰の重さを確かめる。
そんな内心を知ってか知らずか、エンヴィーはまともに答えた。
「プライドからの伝言。一両日中にグリードがリゼンブールに向かうって。」
「…何で」
「アルフォンス・ノヴァーリスがリゼンブールにいるってことを聞いたからじゃない?」
「………グリードは誰から聞いたんだ?」
「十中八九プライド。」
エドワードは眼鏡を外して目頭を押さえた。
「プライドの奴は一体何がしたいんだ?」
「さぁねえ。あいつの考えることはまどろっこしくて理解できないね。」
わざとらしくにやにやと肩をすくめてみせる。
「ああ、でも実物を見たから、気持ちは何となく理解できるかな。ホント、そっくり。」
エドワードは静かにエンヴィーを睨んだ。
エンヴィーはいっそう愉しそうに笑って言う。
「店で偶然会ったんだよ。そんな怖い顔しなくても、こっちはウィンリィ嬢だったんだしさ」
「…エンヴィー」
「グリードやプライドの思惑はどうであれ、個人的には喜んでるんだよ、これでも」
「あいつに余計な接触はするな。あいつがここにいるのは休暇中だけだ。…いずれここを離れるんだ、田舎の錬金術師のことなんか忘れた方が良い」
「そりゃアルフォンス・ノヴァーリスにとっちゃその方が平和な人生送れるだろうけどさ、そしたらあんたはどうなんだ?」
がらりと声も表情も真剣なものに変わる。エドワードは、何かを見極めるように目をすがめた。
「あんたはただひたすら何の目的もなく生きていく。それこそ永遠に、たった一人で!」
「…だからこそ、忘れた方が良い。違うか?」
「だから!それはあいつの幸福だ!あんたの幸福はないのかって言ってんだよ!!」
エンヴィー自身も、自分が何に対して激昂しているのか分からなかった。
怒鳴りつけたところで何も変わらない。それは分かっている。
自分がどんなに訴えたところでエドワードの意志は翻らない。
この後の予測だって、とっくに付いている。きっと、彼は笑うのだ。何もかもを諦めたように。
「オレは結構幸せなんだけどな、エンヴィー。」
少しも違わずにそう言って、まるで子供をあやすようにエンヴィーの頭をぽんぽんと撫でた。
「アルフォンスが家族に恵まれて、友人もいて、平穏に暮らしているのを見ることが出来て。…まあ擬似的にだけどな」
あいつはオレの弟じゃないから、と小さく呟いて、またひっそりと笑う。
「幸せだって言うなら、あんたは何でそんな泣きそうな顔してるんだよ」
ぴたりと手が止まる。その手が、自分の顔に持って行かれる。
「…そんな顔してるか?オレ」
「あんたは自分で思ってるほど表情コントロールできてないんだってば。自覚しろよ」
呆れた口調で言うエンヴィーこそ、泣きそうな顔に見えた。
「それに、あんたが平穏な人生願ったところで、グリードが来るんだってば。絶対ひと騒動起こるよ」
「何しに来るんだ一体…」
ぴたりとエドワードの心臓に人差し指を突きつけて言い切る。
「賢者の石。」
それはエドワードにも分かっている。
「そうじゃなくて。それに何でアルフォンスが絡んでくるんだ?」
「今も昔も、あんたの絶対の弱点じゃないか。それを押さえて交渉有利に進めようとかそんなところじゃない?」
「くだらねえ」
にべもなく吐き捨てる。
この調子じゃかえって怒らせるだけだと思うのだが、兄弟といえどもその考えはエンヴィーにも推し量れない。
「来る前にお引き取り願えればいいけどな」
「無理でしょ、多分。」
「…そうか。」
エドワードは大きく溜息を吐いた。
「でもまあ、とりあえずは出来ることをやるか。」
何を、とエンヴィーが尋ねるよりも早くエドワードは両手を合わせて錬成陣を作り、めくるめく錬成光が辺りを照らした。

明くる日。
「こんにちハー…あれ、お客さン?」
本を借りに来たリン・ヤオは見たことのない少年が仏頂面で居間にいるのを見た。
「ああ、まあ親戚みたいなもんだ。」
「ふーン。あんまり似てないネ」
家主は苦笑する。似ていてたまるか、とぎろりと睨んで少年はその意思表示をする。
「遠縁だからな。あー…名前は…ヴィヴィアン・エンデ?」
何故か首を傾げて最後が疑問形だ。その襟首つかんでエンヴィーはがたがた揺すった。
「何で女名なんだ!?この身体のどこが女だ?!ああ?」
「思いついたのがたまたまこの名前だっただけじゃねーか。不満があるなら自分で考えろよ」
「どうして咄嗟に女名なんだよ?!ヴィクターでもヴィンセントでも良いじゃんか?!」
「自分で言っておいて似合わねえとか思わなかったか?」
「思った。でもあんたのネーミングセンスよりはマシだ。」
「オレのセンスのどこが悪い」
「…いや悪いとは言い切れないけどどっか微妙なんだよ、あんたのセンス。結局ラースもラストも自分で名前決めてたし」
「お前も自分で決めるか?書類偽造の都合上さっさと決めてくれよ?」
そこでようやくリンが口を挟んだ。
「事情はよく分からないガ、とりあえず何と呼べば良イ?」
書類偽造とか不穏な単語は聞き流す。異国で身につけた世渡りの技がそうしておけと告げたからだ。
少年は不機嫌そうな顔で短く答えた。
「エンヴィー。とりあえずはそれで良い」
「そうカ。俺はリン・ヤオだ。よろしくナ」
ふいっとそっぽを向かれる。差し出した手の行き場がない。
気まずげにひらひらと手を振って、そういえば、とリンはエドワードに尋ねた。
「アルとリィはまだ来ていないのカ?先に行っていると言ってたんだガ」
エドワードは手にした羽根ペンを取り落とした。

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