アルとリンがリゼンブールに来てから数日が経った。
その日、リンはリィに付き添って診療所に行った。診察はいつも通り、良好だが油断は禁物だよと釘を刺される。
「お兄さんたちが来たからってはしゃいで夜更かししたりしたらまた熱が出るよ。」
「はあい。」
良い返事だが、きちんと聞き入れるかどうかは微妙だ。
こっそりとリンは笑った。ちらりと見上げてきたリィと目が合って、また笑う。
薬を受け取って診療所を出ると、穏やかないい風が吹いていた。
のんびりと坂道を下る途中、雑木林の中へ続く細い獣道を見付けた。
「どこに続いているのかナ?」
「知らない。」
首を横に振るリィに、リンが提案する。
「探検してみないカ?」
小さな子どもはきらきらと目を輝かせた。子どもは大抵冒険が好きなものだ。
リィの身体が弱いことは村では周知の事実だったので、悪童たちも無理をさせてはいけないといつも自分たちの冒険に誘うことはなかった。
少女の見た目にいかにも都会的な繊細さを感じ取っていたというのもその一因だ。
仲間はずれにされているわけではないのだが、少し物足りなく感じていたリィはリンの申し出に一も二もなく頷いた。
草を踏み分けて獣道をたどり雑木林をくぐり抜ける。柔らかな葉陰と木漏れ日の下、草の実を見付けたりしながら進んでいく。
不意に木々が途切れ視界が開けると、リィには見覚えのある場所に出た。
ぐるりと辺りを見回して、リンは小高い丘の上にきらりと反射する光を見付けた。
「あれはエドかナ。」
「うん、たぶんそうだね」
高く晴れた空の下に、ぽつりとエドワードが立っているのが分かった。
穏やかな風に一つにくくった長い金髪が時折揺れて、光を閃かせている。
「何をしているんだろウ」
近くに行こうとすると、その袖をリィが捕まえて引き留めた。
リィは泣きそうな顔で首を横に振った。
「…エドお兄ちゃんは、…家族の人とお話ししているんだと思う。邪魔しちゃダメだよ」
声を潜めてそう言った。
「家族…?」
「ここは、お墓だから。」
改めて見てみれば、簡素な囲いの向こうにはそれらしい石がいくつか並んでいる。
それでも、リンにはエドワードがたった一人でそこに立ち尽くしているようにしか見えなかった。

「あれ?もしかしてアルフォンス?」
雑貨屋の扉を開けて入ってきたウィンリィが驚いたように目を見開いた。
「こんにちは、ウィンリィ」
店の主人から大きな包みを受け取ったアルフォンスは、振り返って挨拶を返した。
母から頼まれた買い物は、存外にかさばり、その上重いものが多かった。軽く抱え直して向き直る。
ウィンリィも、何か布にくるんだ手荷物を抱えている。見た目よりも重さのありそうなそれをカウンターの上に置いた。
「おじさん、これエドからの預かり物。渡せば判るって言ってた」
「お、ありがとうなわざわざ」
店主は笑顔で布をそっと開いて中身を取り出した。
口が細く長く、底の方がふくらんだガラス瓶に入った果実酒、それが3本だった。
中には琥珀色の酒がたっぷりと入り、丸ごとの洋梨が漬けられている。一つを取り上げてその色と形を確かめて店主は頷いた。
「うん、いい感じだ。やっぱりエドの作るのは出来がいい」
「それ、本人に言うと調子に乗るから言わないでやってね」
ウィンリィが苦笑する。そう言いながらもどこか嬉しそうに見えた。
「そっか、そういう果実酒も錬金術使うと楽に作れるよね。」
果実の周りに瓶を錬成して、そこに酒を注げばいいんだしとアルフォンスが納得しかけたところをウィンリィは否定した。
「使ってないわよ?普通に果物がまだ小さい内に枝ごと瓶に突っ込んで、実が大きくなるのを待ってるの」
実が瓶の中で熟したところで枝から切り離し、酒と砂糖と加えて漬け込む。
それならば錬金術師でなくとも出来るという意味で「普通」の方法だ。
「え?何でまたそんな時間のかかることを?」
「何でも手間と暇のかかることをやってみたかったとか、そんな事を言ってたけど」
呆れたように肩をすくめてみせる。
「やってる内に面白くなってはまっちゃって、戸棚開けると瓶詰めがぎっしり。」
「ためしに飲んでみたらこれがまた旨かったんでうちで置くことにしたのさ」
店主が笑って残りの二瓶を戸棚に並べた。
「普通の果実酒ならどこの家でも作るが、こういう見た目のはなかなか作らないからまあ売れなくもない。」
「売れてもたまーにでしょ。」
「腐るもんじゃないから置いておくさ。」
見栄えがいいから飾っておくだけでも良いしな、と笑う。
その時だった。
「待ちなさい、ジャック!」
店の奥から飛び出してきた子供をおかみさんの声が追いかけた。
「どうしたの一体」
状況は判らないが取り敢えず子供を捕まえてしまったウィンリィが聞いた。
ジャックはぷいっとそっぽを向いた。奥から出てきたおかみさんが憤然とした様子で答えた。
「どうしたもこうしたも。絶対自分はやってないって言い張るんだよ。」
「何をだね」
店主が穏やかに問う。彼女を落ち着かせようという意図もそこには含まれていた。
「台所の床が水浸しになっててね。どうしてこんなことになってるのかも言おうとしやしない」
「知らないっ!」
ぎっと睨み付けるジャックは、冤罪を訴えるには説得力に欠けた。
最初に咄嗟に「知らない、自分じゃない」と言ってしまったがためにその嘘を突き通すしかないように見える。
その腕に小さなひっかき傷を見付けて、アルフォンスはかつての自分を思い出した。
おそらく、彼は迷い込んだ猫を庇っているのだろう。意固地になっているその気持ちはよく分かった。
「本当に知らない?嘘吐いてない?」
「吐いてないったら吐いてない!」
「ふーん、そうかー」
ウィンリィは子供の顔を覗き込み、追いつめるように意地悪く笑った。
「ほんっとーに嘘吐いてない?」
「…ウィンリィ、何を…」
「嘘つきの子供はエドに『コドモ酒』にされちゃうんだからね」
カウンターの上に一つ残された瓶を手にして婉然と笑った。瓶の中で果実がたぷんと揺れた。
「おおそうだな、そういえばここんところ『コドモ酒』が切れてるんだった。」
とぼけた口調で店主も調子を合わせる。
「材料渡したら作ってもらえるかな」
「あいつ喜んで作るわよ、きっと」
「…ねえ、『コドモ酒』って…何?」
恐る恐るアルフォンスは辺りをうかがうように聞く。何故だか上機嫌にウィンリィは答えた。
「おっきな瓶にコドモを丸ごとお酒に漬けるのよ」
「嘘だ!」
ジャックはわめくが、おかみさんがそれは良い考えだというように大きく頷く。
「そうだねえいくら言っても聞かない子供はエドに頼んでコドモ酒にでもしてもらうほかないね」
泣きそうな目で大人たちと、丸ごとの洋梨の入った瓶を見て、ぶんぶんと首を振る。
「エド兄ちゃんがそんな事するもんか!」
ウィンリィを振り切って、ジャックは店を出て行ってしまった。
やれやれ、と店主は肩をすくめた。
「どうしてあんなことを…」
アルフォンスは困惑と憤りが混ざったような気分だった。明確な理由は見当たらない。
子供の言い分を聞いてやらなかったことに怒っているのか、大人が子供をからかう様子が不快だったのか、あるいは。
「この村じゃよく言われていることなの」
「悪い子はエドの所にやっちまうぞってな」
「それはエドワードが錬金術師だから?」
言葉にしてから、アルフォンスは口の中に苦みを感じた。それはよくある偏見だった。
「…あー…ええとだな」
ばつが悪そうに店主は言い訳を探す。
「子供に嘘を吐いちゃいけないって教えるのは分かりますけど、それを教えるのにあんな風に錬金術師を出されるとむやみに恐れられることになる」
錬金術そのものは科学であり明確なものだが同時に難解でもあるせいで誤解されやすい。
ついでに錬金術師には学者肌の偏狭な人物も多いせいで胡乱な目で見られがちだった。
「その辺は大丈夫だと思うけど」
おかみさんがぽつりと言った。
「うん、まあ…錬金術や錬金術師を胡散臭いもんだとは思ってないぞ。」
「ジャックもそうだと思うわ」
視線の険が取れないアルフォンスにウィンリィが説明する。
「リゼンブールの人間は、みんなエドに錬金術の基礎を教わってるの。」
「……え?」
「大まかな錬金術の理論と基礎を知ってるから、魔法でも何でもないことは分かってるつもりよ」
「エドが使うとまるで魔法か奇跡か何かみたいにあっと言う間だけど、あれを実践するには綿密な計算と論理の組み立てが必要だってこともな。」
唖然とするアルフォンスになおも続ける。
「でもって、基礎理論をしっかり説明されてしまうと魔法でも何でもないことが分かってちょっとがっかりしたりな」
「…でも、この村には彼以外の錬金術師はいないって…」
「ああ、そりゃ自分で計算して構築式組み立てて錬成陣描いて…ってやるよか、大抵のことは普通に釘打って直したり鋳掛け屋に持ってたりする方が早いから」
素人の錬成では大がかりな物は出来ない上に大味な物しか完成しない。
それなら普通に直したり作ったりする方がずっと早いし良い物が出来る。
「本当に錬金術が必要な時にはエドに頼めば事足りるしね」
「…でもね、ありがと」
顔を伏せたウィンリィの目が一瞬、影になって深い色に見えた。
何に対して礼を言われたのか分からずに、アルフォンスは首を傾げる。
ウィンリィは顔を上げると真っ直ぐにアルフォンスを見て微笑んだ。
「あいつのことで怒ってくれて、ありがとう。」
「そんな怒ってた訳じゃないし…それにしたってお礼を言われるようなことじゃないと思うけど」
「あたしが感謝してるだけだから。気にしないで」
嬉しそうに空色の目が細められる。アルフォンスはそれになにも答えられなかった。

「リィ?それにリンも。どうしてここに?」
エドワードは墓地の囲いの傍にいた二人に気付いて驚いたようだった。
「探検してたら道に迷っタ」
「そりゃまた随分と歩いただろ。リィは身体の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫、ゆっくりだったから。」
そうか、と笑ってエドは少女の頭を優しく撫でた。
「あの雑木林の中を抜けてきたのか?リンが付いてるなら大丈夫だろうが一人では入るなよ」
「どうして?」
「森の中にはバグベアがいて子供を頭からばりばり食っちまうんだ」
エドワードは少女の手を引き、ゆっくりと歩いた。
「バグベアって何ダ?」
にやにやと悪戯っぽく笑って答える。
「よく分からないけど、怪獣らしいぜ。毛むくじゃらで牙むき出しで、一人で森で遊ぶ子供が大好物だって話だ」
「へぇ」
きゅっとエドワードの手を握る力が強くなった。安心させるように握り返してやる。
「シン国にはそういうのいなかったか?」
「そういうのっテ?」
「近付くなって言うのに水辺に近付いた子供を引きずり込む人食いアニスとか、いつまでも眠らない子供に砂をかける砂男とか。」
「ああ、そういうことカ。」
つまり、子供に戒めを与えるための怪物のことを言っているのだと納得する。
「シンでは怪力乱神を語らずと言ウ。そういう時には怪物ではなく天は人を見ているぞと言うナ」
「ふぅん。」
ようやく羊だけではなく人影も見える辺りまでやって来たところで、3人は泣きながら走ってくる子供に出くわした。
「エド兄ちゃん!」
体当たりをかますようにジャックはエドに抱きついた。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「どうした、何があったんだ?」
「っエド兄ちゃんが、…オレを、コドモ酒にするって」
「コドモ酒…って何ダ?」
リンが眉根を寄せる。大体の所を察したらしいエドワードは落ち着かせるようにジャックの頭をぽんぽんと撫でた。
「何か叱られるようなことしたのか?ん?」
「ミィが、台所でバケツの水ひっくり返して。母さんが、オレがやったのかって言うから、やってないって言って、嘘言うなって」
「ジャックは嘘吐いてないんだな?」
「…知らないって、言った。」
「そっか。ミィはどうした?」
「どっか逃げた。あいつ、水嫌いだから」
「それじゃ仕方ないな。」
「…オレ、コドモ酒になんの?」
恐る恐る訊く子どもの視線に合わせるために、エドワードは屈み込んだ。
「ちゃんと母さんに正直に言って、後片付け手伝うような子供なら、コドモ酒にはならねえよ」
「…本当?」
「本当だって。コドモ酒を作るにゃ手に負えない悪ガキじゃねえと良い味が出ないんだよ。」
ジャックは目を丸くしてエドワードを見た。もう涙は止まっている。
「さ、戻って言ってきな。おばさんもミィを叱ったりはしねえから」
「うん、分かった!」
元気を取り戻して返っていく子供にエドワードは笑顔でひらひらと手を振った。
「…コドモ酒って、美味いのカ?」
「さあなあ、作ったことも飲んだこともねえから知らねえな。」
しれっと答えた。
「そういうもんもシン国にはありそうだけどな」
「偏見ダ」
「だって四つ足のもんはテーブルと椅子以外何でも食うじゃねえか」
「人間は二本足ダ」
「…それもそうだ」
端で聞いていたリィが目をぱちくりとした。

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