台所を征服し終えたウィンリィとリィが居間に戻ってくると、そこには本の海におぼれる遭難者が2人確認できた。
家主は家主で定位置のソファの上で大きな鳥類図鑑を開いている。
「よ、ご苦労」
「お兄ちゃんたちは本見付かったの?」
「…どうだろ。そろそろ休憩入れた方が良いと思うんだが」
「そろそろお昼というかお茶の時間よね。」
「賛成ー」
ひらひらと本の山の向こうから百科事典とアメストリス語語彙集とのポルカに嫌気がさしてきたらしいリンが手を振る。
無造作に積み上がった本数冊を手にとって、ウィンリィは苦笑した。
「探すのにコツがいるのよね。独特の排架順序で並んでるから。」
そのままどさりとエドワードに手渡した。嫌な顔をするエドに、冷めた口調で言う。
「だからここの本棚はあんたにしか整理できないのよ。私じゃ無理だからここは自分で片付けなさい。」
「何も今でなくてもいいだろうが。」
ぶつくさと文句を言うと、ちらりと学生たちを見た。
「片付ける必要のある人達がいるみたいだけど?」
「…一両日中に何とかしてみる。」
だけどひとまず、と本をまた適当に積み上げて立ち上がる。
あああとアルフォンスから悲痛な声が漏れた。丁度参照しようと思っていた本の上に積んでしまったらしい。
「まずはお茶だろ。何か適当に作ってくるから待ってろ。」
「作るって何を?」
「硬くなったパンが残ってたろ、あれを牛乳と卵に浸して焼いて…」
「待って。その牛乳と卵いつの?」
「心配しなくても今朝方グラム農場から分けてもらったばっかだ。」
「本当ね?」
「そんな嘘吐いてどうするよ」
ウィンリィは剣呑な表情でしつこく確認する。
まあ無理もないかなと先刻水を飲みに行って征服途中の台所を見てしまったリンは納得していた。
「エドお兄ちゃん、牛乳飲めるようになったの?」
リィはまた違った疑問を口にする。まん丸な目を更に見開いている辺りからその驚きの大きさが測れた。
エドワードは屈みこみ、ちょんと首を傾げるリィと視線を合わせてにっこりと笑う。
「飲めないから料理に使うんだ、リトル。」
そこだけ見ればきれいな優しいお兄さんだったが、それに対するきれいな優しいお姉さんのつっこみは容赦がなかった。
「だから背が伸びないのよ」
「うるせえ。これでも機械鎧つきで健闘した方だ」
「リィちゃん、自分の好き嫌いを棚に上げて機械鎧のせいにするようなちっちゃい大人になっちゃ駄目よー」
「はーい」
「誰が大人になってもメスシリンダーで計測可能な低容積のちっちゃいどチビだ!」
「そのメスシリンダーは一体どっから出てくるのよ。」
そのまま際限なく続きそうなどつき漫才にアルは口を挟んだ。
「エドワードって、成長期前から機械鎧だったの?」
小さな子どもに重い機械鎧は負担が大きい。今は軽く丈夫な素材が出回っているがエドワードの鋼の腕はいかにも重そうだ。
子どものうちは別素材の小児用機械鎧か義肢だったのかもしれないが、話の流れから言ってそうではなかろう。
「ああ、11歳の時からだから成長期前からだな」
そう言って右手を握って開いてみせる。滑らかな動きは生身と何ら変わりはない。
思わず頭の天辺から爪先までをしげしげと見渡してしまったアルフォンスにエドワードがもう一度右手を握り締めて言う。
「それで背が低いんだなぁとか思ったろ?絶対思ったろ?なあ」
「あ、いやその。」
正直平均よりは低いとリンは思った。
言ったらその鋼の握り拳で殴られるのは火を見るよりも明らかだ。
実はアルはその割に筋肉ごつくなくてスレンダーだなとか腰回りが細いなあとか思っていたのだが言えるはずもない。
「お前らが年の割にでかくて老け顔なだけだ!」
びしりと指さされて言われても曖昧な笑みしか返せない。
力説するエドの後頭部を、ウィンリィが豪快にぱーんと叩いた。古い雑誌のバックナンバーで、やたらいい音がした。
「もういいからあんたはお茶を入れてきなさい。」
「…ってぇ…」
「はいさっさと行く!」
「へぇへぇ。」

ソファとテーブルの上の本を避けてどうにか落ち着く場所を確保して、ウィンリィは溜息を吐いた。
「全くあいつはしょうがないんだから…」
呆れとも憤慨ともつかぬ口調でぶつぶつと呟く様子に、アルフォンスは微笑んだ。
「ずっとそうなの?」
「え?何が?」
「付き合い長いみたいだから。」
「うーん、生まれた時からのお隣さんだから長いって言えば長いわね。」
「仲がいいよネ」
「どこが!!」
リンは素直な感想を言ったが即座に怒鳴られた。
リィは気にした様子もなくエドワードが開きっぱなしだった鳥類図鑑に見入っている。
エドとウィンリィのこうしたやりとりは最早リィにとっては日常茶飯の出来事だったので今更どうと言うこともないらしい。
「…ちょっと思ったんだけど、リィ」
「何?お兄ちゃん」
「リィからの手紙に、エドワードのことが書かれていたことはなかったよね。何で?」
「え?」
急に言われてリィは目を瞬かせる。
図鑑から目を上げてきょとんと兄を見ている。
「リィは随分エドワードに懐いてるみたいだし」
「えっと、うん、エドお兄ちゃんはお薬待ってる間にいっぱい遊んでくれるし」
「診療所の隣だもんね。で、大きなウィンリィのこともたくさん書いてきてるのに、エドワードのことは名前も書いてなかったよね。」
それどころか、リゼンブールに錬金術師がいると言うことさえ触れていなかった。
あんなに手紙のやりとりがあったというのにだ。困ったように言葉を探す小さなウィンリィに、大きなウィンリィが助け船を出す。
「ほら、驚かせようとしたんだよね!」
「え、えっとえっとうん、そう!」
「会ってからのお楽しみ、ってことよ!そうよね、リィちゃん」
「驚かせようって…」
「まあ、こんな田舎に錬金術師がいたら驚くわな」
「エドお兄ちゃん!」
待望の救い主が現れたというようにリィの顔が輝く。
よっこいしょとエドワードは手にしていた大きなトレイをテーブルの上に置いた。
トレイの上にはこれまた大きな皿に山盛りのパン・ぺルデュとはちみつとジャムの瓶、人数分の取り皿とフォークが乗っている。
「一体何人分よ、これ…」
ストックしてあったパンを全て焼いたらしいその量にウィンリィが呆れる。
堪える様子もなくエドワードはしれっと言う。
「これだけがたいのいい育ち盛りの野郎が二人もいりゃあ片付くだろ。」
オレがこいつらの年にはこれくらいが一人前だったぞと言う。
それでその体型なのかと言いそうになった口を大あわてでアルフォンスは塞いで不審な目で見られた。
大体の見当は付いたらしい友人は小さく笑った。
「で、野郎どもは台所でコーヒー入れてきてくれないか?」
「そのくらいなら私がやるのに」
「いいんだよ、これは台所片づけの報酬」
立ち上がろうとするウィンリィに、エドワードはほかほかと湯気の立つパン・ペルデュを指さして言う。
「その間本読んでたお前らにも等価交換のチャンスを与えてやろうってんだから、な。」
アルとリンに向き直って、笑った。
そのいかにも錬金術師らしい言いようにアルフォンスも笑って、立ち上がる。
「分かった。コーヒーでいいの?」
「ああ。丁度ソラリスから良い豆送ってきてたから挽くとこまでやってある。やかんも火に掛けてあるから沸いたら入れるだけになってる」
「そうカ。俺達のやることは少なそうだがやってこよウ」
「頼むわ。」
台所へ向かう二人の背中が完全に見えなくなったところで、エドワードは声を潜めて問うた。
「どこまで話した?」
「当たり障りのないとこだけよ」
「そうか」
深く息を吐くと、緊張しているリィに気付いて解すように笑いかける。
小麦色の金髪をくしゃっと撫でてやりながら言った。
「ごめんな。兄ちゃんに隠し事なんてしたくないだろうに」
ぐっと言葉を飲み込んでリィはただ首を横に振った。
そうして真っ直ぐにエドワードの金色の瞳を見て、きっぱりと言った。
「秘密は守るよ。必ず」
「…ありがとう」
エドワードの方がかえって泣きそうな目をして、それでも笑った。
「トリシャさんにも相談してみないとな。」
「そうね。二人とも休暇の間だけなのよね、ここにいるのは。」
「あ!」
リィが突然素っ頓狂な声を上げたのでウィンリィもエドワードも驚いた。
「どうしたの、リィちゃん」
「それで思い出した!お鍋!お礼!」
「まず落ち着け。息吸って、吐いて、それから言ってみろ。」
「…うん。お鍋直してもらうお礼に晩ご飯食べに来てって、お母さんが」
それは既に兄の方から聞いていたが、言わずに優しく頭を撫でてやる。
「そっか。ありがたくご馳走になる」
良く思い出したな、と褒めてやって更に頭を撫でてやる。
リィははにかみながらも嬉しそうだった。
そこへ何やら賑やかな音を立てながらリンとアルが戻ってきた。
「…この家にはあのサイズのやかんしかないのカ?」
手に持ったポットと砂糖壷の置き場所を探しながら文句を言う。
「あんなに大きなやかんじゃなかなか沸騰しないゾ?」
「せめてなみなみと汲んでなければもう少し早かったとは思うんだけど…」
「ああ、悪い。小さい方はこないだ錬成実験に使っちまってないんだわ」
「何の実験?」
「一種の永久機関。火に掛けずにいつでもお湯が沸くような仕掛けをしてみようとして」
「へぇ、凄い」
「失敗した」
ついでに茶葉を自動的に入れていつでも茶を飲めるようにしようかと思ったらすっげー苦い液体しか出来上がらなくなった。
「勝手口にあったがらくたはその成れの果てだったのね…」
「何かがこがこ動いてたー」
妹の報告に兄が目を剥く。
「永久機関の方は成功してたの?!」
「そっちは問題なかったんだけどなー」
錬金術には詳しくないリンにも、エドワードがある種の天才だと言うことはよく分かった。

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(140605)
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