「うわー…」
通された居間を見回して、アルフォンスはただひたすら感嘆した。
居間の筈だが、書斎もしくは書庫と言われても納得しただろう。
ソファの周りにも小さなテーブルの上にも本が積み上がっている。
それだけではなく、大きく庭に面したガラス戸とは角に当たる壁一面に大きな書棚がしつらえてあり、ぎっしりと本が並べられている。
一見して錬金術に関係のなさそうな本の方が多い気もするが、それはそれで凄い。
だが、同行したウィンリィはぐるりと居間を睥睨すると、じろりとエドワードを睨んだ。
「あんたここ一週間この部屋だけで生活してたでしょ」
「……」
「ここで本読んでお腹が空いたらパンかじって、喉渇いたら葡萄酒なめて、かじろうとしたパンが堅くなってたから時間の経過に気付いたとか、そんなところね」
ぐ、と言葉に詰まるところを見ると、どうやら図星らしい。
ウィンリィは大きく溜息を吐いた。
「見れば分かるわよ。ソファから手の届く範囲に積まれた本とか、転がってるパンの欠片とか、葡萄酒の空き瓶とか、丸まってる毛布とか!」
そう言ってソファの横にわだかまっていた毛布を持ち上げて畳む。
「そんなんで人の行動を読むなよ…」
「読めないわけないでしょ?!何年の付き合いだと思ってるのよ!と言うかあんた単純すぎ。」
びしりと断言されて反論の余地もない辺りに彼と彼女の力関係が見て取れた。
「あんた風邪ひいたら治りにくい体質なのにこんな所で寝るんじゃないわよ。寝る時はちゃんと寝室行きなさい。」
「大丈夫だろ、ここんところのこの陽気なら」
「お腹出して寝てたりしなければの話よそれは」
毛布と一緒に言い渡された言葉がまた的はずれでも何でもなかったらしい。
苦虫を噛み潰したような顔で黙って目を逸らす。
「この分じゃ台所もまた人外魔境になってるわね。」
「人外魔境?」
オウム返しに問うリンに苦笑いのまま説明する。
「前にもこういうことやって、野菜入れを野菜畑にしちゃったことあるのよ、こいつは」
「それもよく分からないような…」
「箱ん中にしまっておいたジャガイモやらニンジンやらタマネギやらからにょきにょき芽が出て花も咲いてたんだよ、気が付いたら」
どうでもよさそうにエドワードが補足する。
アルフォンスもリンもかっくりと顎を落とした。一体どれだけ放置しておけばそういう事態になるのか。
「そう言うことだから、まずは秘境探検と行きましょうか。リィちゃん、台所のお掃除手伝ってくれる?」
「うん」
女性陣が腕まくりをして台所に向かうのを、家主はただ肩をすくめて見送った。
「…ま、好きにさせるか。」
いつものことだしな、と呟いて毛布をまたソファの上に戻す。
「母さんの考えてたことがようやく分かった…」
アルフォンスがそう言うと、エドワードは首を傾げた。
「鍋直してもらうお礼に夕食に招待するからって。」
「この生活振りじゃおばさんが心配するのも無理はないナ。」
リンも重々しく頷いた。心当たりがあるのか、エドワードは苦笑する。
「じゃ依頼の品を直すか。」
毛布の上に鍋を置くと、ぱん、と軽い音を立てて両手を合わせる。
すぐに錬成反応の光が走り、瞬く間に鍋底の穴は塞がった。
「え?!今どうやったの?!」
「どうって錬金術」
「そうじゃなくて!」
「別に珍しくないだろ、中央には錬金術師だって何人もいるし、お前も習ってるんじゃなかったっけ?」
「習ってるから驚いてるんだってば!」
「リィが自慢してたぞ、うちのお兄ちゃんの錬金術も凄いんだって」
「錬成陣なしで錬成する錬金術師の方がずっと凄いよ!」
リンは動揺するアルフォンスをよそに鍋底や毛布をしきりに確かめている。不審な点は何もない。
「錬成陣はオレ自身だ。手を合わせることで円を表してる。あとは普通の錬成と一緒で何も特別なことはない」
「それで充分特別だと思う」
「そうか?」
何でもないことのように言うエドワードには何の屈託も見られない。
柔らかく笑うと、大きく溜息を吐いたアルフォンスの肩を叩く。
「まあいつかお前も真理を見いだす日が来て出来るようになるかもしれないし。…そんな日は来て欲しくないけどな。」
「え?」
「オレのありがたみが減るだろ?」
にやりと悪戯坊主のような顔で笑って言った。
「冗談はさておき、ここにあるのはシン国の本じゃないのカ?エドワードはシン国語が分かるのカ?」
錬金術にはあまり興味がなく、凄いとは思うがアルが驚愕するほどではなかったリンが話の腰を折った。
実際、錬成陣が有ろうが無かろうが錬金術そのものが一般人にとっては万国びっくりショーだ。
びっくり人間が大集合すれば錬成陣なしで錬成するのが一人くらいはいるだろう、と言うのがリンの正直な感想だった。
それを素直に言えばアメストリス中の錬金術師を敵に回したかもしれない。
そんなことよりも目先に無造作に積まれた本に母国語のものがあることの方がリンの気を惹いた。
「ああ、昔行ったことがあるから。そんときに買った本だな、多分。」
どれ、とリンの目の前の本棚を覗き込む。
アメストリスの本よりも表紙の紙が柔らかいために横倒しに積み上げてあるうちの1冊を手に取ってぱらぱらとめくる。
「…ずいぶん前に一度だけ行ったきりだったけど…綺麗なところだったな。」
「シンのどこに行ったんダ?」
「色々ぐるっと回った。大都も港町も、砂漠の縁のオアシス都市も。錬丹術関連で古い町とか隠れ里とかいくつも回って。」
懐かしそうに目を細めて笑う。今なお鮮やかな書物の墨をなぞるように指で追う。
「特に、タオユァンの里は良かったな。丁度春の花の盛りの頃で、梅だの桃だの桜だの杏だのがいっぺんに咲いてて。」
「それは一番良い時に行ったナ」
「うん、そう言われた。深い山は淡い緑で霞がかかって、そこに雪解けの川が流れて、花が流れて。」
「タオユァンの春はシン国でも指折りの絶景ダ。…それでも、自分の国が褒められるのは嬉しいナ」
リンの顔もほころぶ。アルフォンスは、素直に笑う友人は珍しいと内心で結構失礼なことを考えながらも、遠い国の話に聞き入った。
「そこで食べた餅菓子がうまかったっけな。干した杏とか蓮の実の餡が入ってて。」
それから次々と連鎖反応のように思い出したのか、つらつらと続く。
「大都の、あの皮がぱりぱりのアヒルの丸焼きや羊の薄切り肉をさっと湯にくぐらせてタレにつけて食うのもうまかったな。こっちじゃそう言う食い方はなかなかしないから。
小麦粉を薄く練って作った皮に具を詰めたゆでたり蒸したりするのも、リゼンブールに戻ってからやってみたけどなかなかうまくいかねえし。
材料が違うのかな、やっぱ。あ、ハイワンで食ったカニ!あれこそ材料が違うよな、ミソがあんなに美味いとは思わなかった。
海老も酒蒸しにしただけなのに甘いってーか味が濃いってーか。でもって包子や上湯雲呑や翡翠菜餃は料理人の腕だろうな、あれは。」
「何しにシン国に行ったんダ?食い倒れカ?」
後半になるとアルフォンスには理解できなかった。半ばはシン国語だったからだ。
リンのつっこみを待つまでもなく、食べ物の羅列だと言うことは何となく分かった。
分からないなりにその幸せそうな表情から、物凄くおいしい食べ物なんだろうなあと思ったら羨ましくなったが。
「あー…だから錬丹術を学びたくて行ったんだ」
「そうなのカ?」
「だから、この本はお前にやるよ、リン・ヤオ。」
手にしていた本をひょいと渡す。思わず受け取ったリンはその脈絡のなさに面食らう。
「これは興味本位にタイトルに惹かれて買っただけの本だからな。内容としてはお前が読むべき本だろう。」
リンが題名を確かめる。塩鉄論、と読めた。
「何故…?」
「お前、シンの皇族だろ。将来人の上に立つなら必要なんじゃないか?」
「何故それを知っていル?!」
「…あ、もしかしておしのびとかだったのか?だったら悪い。」
血相を変えるリンにエドワードは謝った。だが、一向に悪びれる様子でもない。
「初めて聞いた…」
アルは友人の様子からそれが真実だと読み取って呆然と呟く。
「…別に隠していた訳じゃなイ。ただ、シン国皇帝の血族なんて珍しくもないからわざわざ宣伝することもないだけの話ダ」
「珍しくないって?」
「代々の皇帝には複数の后がいて大勢の皇子皇女がいル。その大勢の皇子皇女にこれまたたくさんの子供がいるから、何代か前の皇帝の血を引く皇族なんてのも膨大な数になル。」
それにはいくつかの事実が伏せられてはいた。エドワードがそれを補足することはなかった。
「けど、どうしてそれがエドワードには分かったんだ?」
「勘?」
小首を傾げるアルフォンスに合わせてこれまた小首を傾げてエドワードが答えた。語尾が何故か曖昧だ。
「勘カ!勘だけで人の正体見破ったのカ!?」
「正体ってほどじゃねーだろー。まあ許せ」
これもやるから。ともう一冊、「金楼子 巻之七」を差し出す。
「もらっても困ル!」
「暇潰しには良いだろうに」
学生二人は、ここに来た当初の目的を忘れかけていた。

← →
(070605)
□back□
本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース