リゼンブールの駅に着くと、アルフォンスは飛びつくような妹の歓迎を受けた。
思っていた以上に顔色の良い妹に安堵しながらも、風が吹いては寝込み雨が降っては熱を出していた頃を思い出して少し心配になる。
駅から家へ、それから家に着いてから夕食を待つ間もウィンリィはひっきりなしに喋り続けた。
セントラルの友人や知人のこと、学校のことを一通り尋ねるとリゼンブールのことについて色々と話そうとする。
「リィ、ダメよ。アルもリン君も疲れているわ。」
流石に見かねた母にたしなめられて、ようやくしゅんと黙る。
「ボクもリンも、休暇の間はここにいるから。また明日も話せるよ。」
「そうだヨ。今日はもう休んだ方が良イ」
二人になだめられて幾分気分を浮上させて、床についた。

明くる日。
少し遅い朝食を終え、お茶を飲みながらアルフォンスは母親に聞いた。
「そう言えば、ここには図書館ってあるかな?」
「何か調べもの?」
「うん、課題のレポートやるのに事典とかが見たいんだけど」
小さな辞書くらいならこの家にだってあるが、本格的な調べものをするには心許ない。
そうねえ、と母は思案した。
「本なら、エドお兄ちゃんの所にいっぱいあるよ」
ウィンリィが言うと、母も頷いた。
「エド君の所だったら、大体の本は揃っているわ。行って見せてもらえるよう頼んでくると良いわ」
「エド…?」
「エドワードお兄ちゃんは錬金術師なの。」
「ああ、それデ。」
リンも納得した。だが、アルはかえって首を捻る。
「見せてくれるかな?錬金術師なら、自分の研究を見られるのって大抵嫌がるんだけど。」
「そう言うものなの?」
小首を傾げて聞いてくる妹に頷きを返す。
リンも、「そう言えば学校の錬金術基礎論の講師は絶対に準備室に学生を入れなかったな」と思い出す。
何をもったいぶっているやらと学生たちは笑い飛ばしていたが、アルに言わせれば錬金術師は皆そんなようなものらしい。
「でもエド君は普通に入れてくれるわよ?」
「うん、読みたい本があれば貸してくれるし。」
「へえ…変わってるね。」
しかし変わっていようが本を見せてくれるというならありがたい。じゃあ早速と腰を上げたところで母親がちょっと待ってと留めた。
「エド君の所に行くのなら、これもお願い」
いそいそと台所へ行って戻ってきた時には銅鍋を一つ手にしていた。そこには親指の先程の穴が空いている。
「このくらいならボクでも直せるけど…?」
アルフォンスが言えば、母は笑顔で首を振った。
「これはエド君にお願いするの。リィ、エド君に直してもらったらお礼に晩ご飯をどうぞって伝えてね」
「はぁい」
そう言うことか、とアルは得心した。
全てひっくるめてのお礼に母は錬金術師を夕食に招待するつもりらしい。
多分錬金術の基本「等価交換」を持ち出さなければそうそうは応じないような人柄であると推察した。
アルフォンスとリンは、小脇に鍋とノートを抱えてウィンリィの案内で錬金術師の家に向かった。

「あ!ウィンリィお姉ちゃん!」
途中の緩やかな坂道を登る人影を目敏く見付けると、妹はアルフォンスが止めるまもなく駆けだした。
「リィちゃん」
長く淡い色の金髪が振り向いて、小さな少女の姿を認めると破顔する。
年の頃はアルたちとそう変わらないように見える。おそらくは17〜18才だろう。
重そうな道具箱を持ち替えて、妹の頭を撫でた。
「どうしたの?お薬?」
「ううん、エドお兄ちゃんの所に行くの。」
ようやくそこにアルとリンが追いついた。
見慣れない少年たちに始めウィンリィはびっくりしたようだったが、すぐに空色の瞳をゆるめて笑った。
「こんにちは。もしかしなくても、『アルフォンスお兄ちゃん』ね?」
「はい、そうです」
「リィちゃんから聞いていたとおりだわ。」
快活に笑う少女に、アルフォンスも何度も妹からの手紙に書かれていた名前を思い出して言う。
「じゃああなたは『大きいウィンリィお姉ちゃん』ですね?」
「当たり。ウィンリィで良いわ。あとできれば敬語も肩が凝るからね」
「じゃあボクもアルで良いよ。と、それからこっちは同級生のリン・ヤオ」
「よろしク」
「うん、リィちゃんから聞いたことがあるわ、シン国の人ですって?」
「一体どんな話をされてんだカ」
「へんなことは話してないよ」
ぷーっとふくれるリィの頭をアルはぽんぽんと撫でた。
「それで、エドに用なの?あいつならうちで機械鎧の整備中だけど」
「あ、そうなんだ。だったらお姉ちゃんのとこに行った方が良いかな?」
「そうね、それが良いわ。行きましょ」
「えっと…その荷物持とうか?ウィンリィ」
「ありがと。…って何?」
手はスムーズに動くのに声と表情がどこかぎこちないのでウィンリィは違和感を覚えて尋ねた。
少し照れたようにアルは白状する。
「いや妹もウィンリィだから、ちょっと変な感じがして」
妹も10年経てばこんな風になるんだろうかと思ったがそれは口には出さない。
髪の色も眼の色も妹は自分と同じで、大きなウィンリィとはまるで違うのだが、屈託のない表情や良く笑う生き生きとした目は姉妹のようによく似ていた。
「そうね、あたしも小さい頃は『小さいウィンリィ』とか『リトル・リィ』って呼ばれてたから不思議な感じがするわ」
「え?」
アルたちが目をぱちくりとさせると、悪戯が成功した子どものような顔で種明かしをする。
「うちのばっちゃんの名前もウィンリィなの。今は『ロックベルのばっちゃん』になって、あたしが『ウィンリィ』になったわ」
で、リィちゃんが新しい『小さなウィンリィ』という訳。少女たちは目を合わせて笑い合った。

診療所であり機械鎧義肢製作工房でもあるウィンリィの家はリゼンブールの外れにあった。
錬金術師の家は更にその向こうだと言うが、ひとまず一考はロックベル家の作業場に入った。
「ただいまーばっちゃん、まだエドはいるわね」
「お帰り、ウィンリィ」
作業の手を一旦止めて、ウィンリィの祖母は孫を迎えた。
右腕を技師に預けていた人物も、戸口の方に顔を向ける。
その目が一瞬、大きく見開かれた。
(琥珀か黄玉…いや、黄金か?)
珍しい金色の瞳に、リンは心の裡で感嘆した。
地の奥底深くで長い年月をかけて凝った石によく似た目が、眩しげに細められる。
「おやお客さんかい」
「うん、リィちゃんとそのお兄さんとお友達。エドに用だって。」
「オレに?」
「エドお兄ちゃんにお鍋直してって…お兄ちゃん?」
妹に袖を引かれてアルフォンスは我に返ったようだった。
「どうしたの?」
「ああ…機械鎧が珍しいのか」
アルフォンスの視線を辿ってエドワードは苦笑した。
「あ…ごめんなさい、鋼の機械鎧は初めて見るから」
自分のぶしつけを素直に謝る。昨今の機械鎧はより人間の肌に似せた樹脂製が主流で、見るからに金属製の、丁度エドワードの右腕のようなタイプは珍しかった。
より有り体に言ってしまえば、鋼の機械鎧は懐古趣味的で当世博物館辺りでしかお目にかかれない代物だ。骨董品とさえ言える。
それが生きている生身の人間に装着されていて、現役で作動しているのは非常に稀だった。
鈍い金属光沢を放つそれにまた引き寄せられるようにまじまじと見詰めていると、嬉しそうにウィンリィが解説を始める。
「凄いのよこの機械鎧!ここんところの部品の削り出しなんか絶妙で!今の技術じゃほとんど不可能なの。それからちょっと見えづらいんだけどここのバランスなんか」
「その辺にしとけよメカオタク。お客さん困ってるだろ」
「なによー芸術品のすばらしさを分かってもらいたいじゃない、着けてる本人はさーっぱり理解してないみたいだし」
「お前の感覚を一般人と一緒にするなよ」
「その辺にしときな。」
祖母が呆れたように仲裁に入った。
「でも、そんなに昔のものでも、大事に使ってるんダ?」
「そりゃ、まあ。なんだかんだでこいつが一番馴染むしな」
リンが指摘すれば、エドワードもはにかむように視線を外して答える。
「そう思うんなら日常の手入れをもっとちゃんとしなさいよ」
「あー…なるべく。」
逃げるように視線を泳がせた後、リィに向かって笑いかけた。
「整備が終わったら、鍋は直すから」
「うん、待ってる」
「…でも最近多いな、鍋とか釜とか」
「鋳掛け屋のシュミットさんが先週腰をやっちゃったからね」
「じいさんまたかよ。無理すんなってばっちゃんも言ってやれよ」
「あそこは跡取りいないから。…ほら、曲げてごらん」
指示通りにゆっくりと動かして動作を確認する。丹念にチェックを終えた祖母のOKが出てようやく整備が終わる。
「あとね、お兄ちゃんたちが本を見せて欲しいって」
アルフォンスから鍋を受け取り何の意味があるのか底の穴から覗き込んでみたりしていたエドにリィが付け加えた。
「本?かまわねーけど」
至極あっさりと承諾した。
「良いんですか?」
「おう、好きな時に来て勝手に読んで良いぜ。村の連中そうしてるし。」
アルの中の錬金術師像を覆す発言だった。ざっくばらんにもほどがある。
「んじゃ、鍋直すのもうちでやるか。」
立ち上がってそう言うと、小さなウィンリィもうん、と大きく頷いた。

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