「ボクがエドの身体を元に戻したいと思うことは、迷惑?」
アルフォンスの問いにエドワードは首を振った。
「迷惑とかそう言う問題じゃない。…ああ、前にも散々話したっけ。結局お前は折れないんだ。」
手に負えない子供を前に諦めるような表情で笑う。あれはエドワードが中央に出てくるより前でまだアルフォンスの休暇中のことだった。ずいぶんと前のことのような気がしたが、一月半も経ってはいない。
今度はアルフォンスが大きく溜息を吐いた。
「…セントラルに出てきたくらいだから、少しは分かってくれたのかと思ってたけど、相変わらずなんにも分かってないんだよね」
「何がだ」
「エドは、どうしてボクがそう思ったのかって理由は考えたことはある?」
アルフォンスはまっすぐにエドワードを見据える。ひらめくように見え隠れする感情に、エドワードはわずかにたじろいだ。
セントラル・シティに出てきてから何度か諦観めいた呆れたような表情の中に、それが明滅するのを確かにエドワードは知っていた。
それが一番強かったときと、今同じくらい強く表に出てきている。
「…クラリモンド・ノード」
「え?」
「…いや。何でもない。お前はそれで怒っていたのか。…うん、そうだな、無神経だったかもしれないな、すまん」
得心がいった、と軽く頷き素直に謝罪をするエドワードとは対照的に今度はアルフォンスの方が困惑した。
アルフォンスには自分が怒っていたという自覚は全くない。わずかにいらだったような哀しいような、気持ちをもてあますような名状しがたい何かを感じてはいたが、それが怒りであるとはつゆとも思ってはいなかった。それをなんと呼ぶにしろ、エドワードに対してのものではなかったと確信している。むしろ自分の力が足りないことに対するいらだちのようなものだった。エドワードの現状を打開したいと願ってはいても知識も力も経験も足りない自分に焦っていたと思う。それが表に出ていてエドワードにも伝わってしまっていたのだとしたら、それはかなり恥ずかしい事態じゃないか、と気付いた途端に顔から火を噴いた。
「…っておい!どうしたいきなり!」
「若いだけだろう、放っておけ」
ようやくそこでダフネが口を挟んだ。ひらひらと手を振っているのは熱気を避けるためだろう。弟子を見る目はいくらか冷めている。
それからエドワードに改めて質問する。
「大体見当がつくような気もするが、あんたは何か身体に特殊な事情を抱えているんだな?」
「ああ、まあお察しの通り」
「賢者の石か」
「うん。身体に取り込んじまってるから不老不死。分離する方法を現在模索中だ」
エドワードは誤魔化さなかった。もとより彼女を口先で誤魔化せるとは思えない。あまりにかつての師匠の面影が強すぎる。
ダフネは軽く首を傾げた。
「何故だ?賢者の石は錬金術師の究極目標だろう。完全なる物質との合一を遂げたのにどうしてわざわざ自分からステージを下げるような真似をするんだ」
「うーん、そう言われても不老不死がオレの究極目標じゃないからだくらいしか」
エドワードも首を傾げる。
「不老不死も割と不便だしなあ。特にオレの場合、こうなっちまったのは半分事故みたいなもんだからこの先どうなるのかどうもうまく予想も立てられん」
「ふむ。その問題も興味深いがとりあえず置いとこう。で、うちのバカ弟子はそんなあんたの身体をどうにかしようと思って人体錬成なんてことを口走ったわけか」
まだ幾分耳に赤みが残ってはいるが大方復活したアルフォンスが頷いた。エドワードは軽く眉根をよせる。
ダフネは2人を放置して更に言葉を重ねていく。事実を確認すると同時に自分の中を整理するためだ。
「人体錬成は真理の扉を開けるための方便だ、と言ったな。真理の扉を開くためには小宇宙…すなわちひとつの世界を『創造』する事が必要で、構築する世界は人間一人分が適当だ、何となれば術者が人間であるからには他ならない。…うん、思い出した。そんな話を確かにどこかで聞いた」
どこで聞いたのかまでは定かではない。おそらくは師の問わず語りのうちのどれかだろう。
「多分、聞いたのは人体錬成という禁忌を犯した錬金術師の話を聞いたときだったと思う。まれに、人体錬成には失敗しても真理の扉の前に立ちあるいは扉を開き帰って来さえするほどの錬金術師もいるという。そうした錬金術師は真理を目にしているから己のうちに構築式を構成し錬成陣を描くことなく錬成することが可能だと。」
「…よく知ってるな」
「何だ、全部本当なのか。師のことだから半分くらいは与太話かと思っていたが。」
あんたの師匠は何者だ、とエドワードは思わず突っ込みそうになったがやめておいた。話が逸れて長くなりそうだと思ったのが半分、下手な藪をつついてしまいそうな予感がしたのがもう半分だった。
「だが賢者の石の錬成に、その錬成陣なしの錬成が必要だというのは初耳だったな。錬成陣の四次元展開なんてどこの空想科学小説の世界だ」
「それは時間の恣意的操作が必要なことと二次元ないし三次元平面上では円が完成しないからと言う立派な理由があるんだが」
「…前提条件の証明は今度ゆっくり聞かせてもらおう。で、アル。そうまでして賢者の石を錬成して、それからどうするんだ?」
顔をあげた弟子の眸はあまりに揺るぎなかった。アルフォンスはそうですねえ、と少し言葉を探した。
「とりあえず、時間だけはたっぷりとできますよね。それこそ永遠に」
「不毛なだけだぞ」
エドワードの目は対照的に暗かった。
アルフォンスはそれを見て妙に安心した。エドワードにとって永遠の孤独と見つめ合うこの150年はひどく長く深かったのだろう。いつかたったひとつの友となるはずの孤独に慣れることがいまだにできなかったと言うことは、まだ望みがある。
「だってねえ、伝説の錬金術師が150年かかっても解けなかった問題を、そう簡単に解決できるとは思えないからね。だから時間はいくらあっても良いんだ」
「そうまでしてオレを元に戻したいと思う理由は何だ?」
オレが聞くのも変な話だが、と言い訳めいて口の中で呟く。さすがに居心地が悪そうに目を反らす。
「…これはひとつの仮説なんだけど。完全なる物質である賢者の石と一体化したってことは、エドは完全な存在であると言えるよね。完全な存在であると言うことは、他者を必要としない。故に、他者を欲することもないんじゃないか。つまり、エドワードには恋愛感情が存在しないんじゃないかって」
「ああ?」
「クラリモンドさんを理解できなかったのはそう言うことなのかな、とも思ったんだけど。どうなんだろうね」
「…どうって、聞かれても」
分からないよねえ、と静かに苦笑するアルフォンスの表情は本当に弟と似ていたのでエドワードのとまどいは倍増した。
「うん、でもその仮説のすぐ後に、エドは賢者の石を錬成するよりずっと前から恋愛方面に関しては奥手というか鈍感というか関知する器官にスイッチが入ってなかったみたいだから特に関係ないかもしれないとも書いてあったね」
「待て、その仮説はお前のオリジナルじゃないのか?」
「引用元はアルフォンス・エルリックだよ。」
「随筆を装った錬金術書に何でそんなことまで書いてあるんだよおい」
アルフォンス・エルリックの著書はある一定の規則に従って文字を拾っていくことによって錬金術書の体を成した。賢者の石の錬成方法を事細かに解説した内容は錬金術の集大成と言ってよかった。ふと、拾われなかった文字を何の気なしに眺めていると、それがアナグラムになっていることに気付いた。文字を入れ替え意味を見出そうとしたものの、何かが足りないのかうまく行かなかった。自分がアルフォンス・エルリックなら何を鍵にするだろうか、と考えた。思いついた鍵をはめ込んでみたら、途端に正解が導き出されてもう一つの暗号文が浮かび上がってきたのだった。
暗号文は、兄に関する述解だった。あるいは告白と言っても良かったかもしれない。鍵が彼の名だったことからもそれは容易に予想のつくことだった。
「よっぽどエドを一人残しておくのが心配だったみたいだよ」
「………あいつは」
ぼそりと呟くとそのまま絶句した。
「どうか一人にしないでほしい、とも書かれてた。故人の遺志は尊重すべきだよね」
もちろん、それだけが理由ではなかったがアルフォンスは口にしなかった。
しばらくの間、身じろぎもせずにエドワードは考えに沈んでいたが、やがて覚悟を決めたのか顔を上げた。迷いを振り捨てた目でアルフォンスを見る。
「…分かった。もうお前を止めるつもりはない。真理の扉でも何でも存分に開けろ。」
「いいのか?」
一応ダフネは確認を取る。だがダフネにだってアルフォンスを止められないことは分かっていた。確認したかったのは止めないと言うエドワードの決意の方だった。
エドワードは頷いた。
「ああ。元々、オレがセントラルに出てきたのだってこいつより先に元の身体に戻る方法を見つければ何もこいつが無茶する必要はなくなるだろうからって理由だったんだからな。どっちが先かのスピード勝負だってことには何らかわりはない」
不老不死になってしまうと時間はいくらでもあると錯覚して問題を先延ばしにしてしまう傾向があるのかもな、と一人ごちる。
「ただし!人体錬成はやめておけ。」
びしりと右の人差し指を突きつける。
「死者の甦生でも人造人間製造でもろくなことにならんのは目に見えてる。失敗しても成功しても後で困るぞ」
「じゃあどうやって扉開くの」
「扉を開く要件が『世界の創造』なんだろ。だったら人間なんて小さいこと言わずに、どーんと何か大きな小宇宙を作りゃいいんだ」
「何だその矛盾した存在は」
呆れたようなダフネを余所に、エドワードはにわかに楽しそうな表情になってきた。
「たとえば、砂漠に密林を作ってみるとか」
「……は?」
「テラリウムの大きな奴だと思えばいい。東の砂漠な、あれ大昔の錬金術実験の暴走の跡だとかで気脈が今でもぐちゃぐちゃだけど、それ以前はそれなりに木も草も生えてたはずなんだ。だからまず気脈を整えてやって、土壌も変えて木を生やして…あ、植物の錬成はラッセルの専門分野だから聞いてみるといいぞ。オレも局地的な気候変動の錬成だったら教えてやれるし」
「それが小宇宙の錬成になるのかな?」
なるとも、とエドワードは満面の笑みで請け負った。
「世界の流れを理解しなければ決して錬成できない代物だ。一時的な幻の森じゃない、半恒久的に持続する森林を根付かせるんだからな。実際の森がどう維持しているのかももちろん知ってなくちゃならないし、ありとあらゆる影響を考えて計算に入れてお前は構築式をたてるんだ」
「今のお前では無理だな」
思ったよりもやさしい口調でダフネがばっさりと切って落とした。アルフォンスにもそれは分かっていたが頷くのも何だか悔しいような気がして俯いた。
「まあ、それで扉が開くかどうかは分からないけどな!」
「ええっ?それじゃ駄目じゃないか!」
「駄目かもしれないが、オレはお前の作った森が猛烈に見たくなってきた。ああ、もちろん錬成の時の対価にはオレの賢者の石を使って良いからな!」
「いやそうじゃなくて!」
「扉が開かなくても、長く続く森ができる。森なら人よりずっと長生きだ。…お前がもし賢者の石を手に入れられなくて、永遠の命を得ることができなくても、代わりに残るものがある。オレはその森に住むことにするさ」
はっとしてエドワードを見れば、ひどく穏やかに笑っている。
この距離は絶望的かもしれない。けれども何とかアルフォンスは気を取り直す。
「そうだね。不死の人の住む不死の森も良いかもしれない。でもできれば、その森がそう呼ばれないことを願うよ」
「そうだな。不死の人間なんてもんはいない方が良いもんな」
どちらにせよ、先の話だな。笑いながら、エドワードは手を伸ばして授業で使うテキストを書棚から引っ張り出した。
「来週小テストがあるから準備しておけよ」
錬金術の森から一気に学生の現実に引き戻されたアルフォンスはめまいする心地だった。

「所で最後にもう一つだけ、確認しておきたいことがあるんだが」
「何ですか?」
さてそれじゃあいくか、と立ち上がったところでダフネが言った。
「お前が昨日言っていた、す」
アルフォンスは身の危険も省みずに師の口を必死でふさいだ。その行為で充分にダフネの質問の答えとなってはいた。
「…やっぱりそうなのか」
「…はい。でもいつかそれはちゃんと自分から伝えるので、今はどうか黙っていてください」
そのいつか、はもしかすると鬱蒼と繁る森を前にしてのことかもしれない。弟子の意を酌んだ師匠は微笑んで、でもやっぱり一回投げられとけ、とばかりに背負って投げた。
振り返ったエドワードが不思議そうな顔をしていたが、アルフォンスは受け身の姿勢から笑って手を振った。

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(301107)
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