町で配る新聞の号外の、煽動的な見出しに兄は顔をしかめた。
ばさりと放ってよこされたそれに目を通し、アルフォンスもまた沈鬱な表情を作る。
「またか」
「まただ。よくもまあ、飽きもせずに」
国境沿いでの小競り合いが本格的な戦闘へと発達したらしい。エドワードはまるで天気予報でも告げるように言った。
アルフォンスが身体を取り戻してからもこの国の情勢は変わらなかった。軍部も奔走しているのだが、あちらを潰せばこちらの火種がくすぶりはじめ、ようやく沈下させたと思ったらまた別の問題が浮上する。その繰り返しだった。
エドワードは国家錬金術師として、要請があれば手を貸すが基本的には軍事行動とは極力距離を置いていた。それを自らの力の及ぶ限り許してくれるマスタングには、決して口に出して言うことはないが感謝していた。
ここでこうして号外の記事を読んでいられるのもまた、マスタングの尽力があってのことだろう。エドワードは新聞を弟の手から抜き取ってくずかごの中へ押し込んだ。
「この分じゃまた中央に向かうごとに鉄道ダイヤが狂ってくだろうよ。急ぐぞ」
「本当にね。いつになったら、人間は戦争以外の紛争解決の手だてを発見できるんだろうね」
そう言ったアルフォンスに深い考えはなかった。ほんのわずかな皮肉を載せた素直な感想のつもりだった。
兄はきっと、アルフォンス以上にシニカルな笑みを見せて「そうだな」とでも同意するだけだと思っていた。
けれどもエドワードはすっと表情を改めた。
「アル。お前は人間以外の何かにでもなったつもりなのか」
金の瞳が静かにアルフォンスを見据えていた。
あまりにまっすぐな視線に、アルフォンスは息を呑む。思わず首を横に振った。
「それなら良い。…忘れるな、お前は人間だ」
トン、と軽くアルフォンスの心臓の上を叩いた。かつて鎧の身体だったときと同じように、あるいはそれ以上に重い意味を込めていた。
賢者の石を取り込んで、アルフォンスの身体は時を止めてしまっている。老いることはなく死ぬこともなく、その気になれば自らの身体を触媒としてどんな錬成も可能にする。
年子であったはずの兄はアルフォンスをおいて1人年を取っていく。今はまだ、青年期の半ばにある兄とは兄弟に見えるだろうが、そのうち親子や祖父と孫にしか見えなくなる日も来るのかもしれない。そして考えるのも恐ろしいことだが、自分をおいて兄だけが死出の旅路を往くことになるのかもしれない。
「お前は人間だ、アルフォンス。いいな」
「…うん」
「…いつか、お前が」
くるりときびすを返し、兄は旅行鞄を手に歩き始める。
「いつかお前が、誰も見たことのない遠い遠い未来へとたった一人たどり着くとしても、お前はお前の目で世界を見るんだ」
「怖いことを言わないでよ」
兄さんの言うことは本当になりそうで怖いんだよ、と言えば、今度こそエドワードは苦笑して振り向いた。
「人をカサンドラみたいに言うなよ。…ただの与太だ、聞き流せ」
「兄さんはそれを、兄さんの目で見たの?」
「まだ見てないな。いつか見る日が来るかどうかも分からんし、見たとしてオレはオレの目で見るのかどうか自信がないなあ」
「何それ。自分で出来ないことを人に強要しないでよ」
「強要するさ。オレはお前の兄貴だからな」
何だよそれ、とアルフォンスは繰り返す。くつくつと笑いながらの会話は言葉遊びめいていた。

それからずいぶんと月日が経った。
恐れていたとおりにアルフォンスとエドワードの年齢はぐんぐんと離れてついには兄はこの世を離れた。
それさえも遠い過去のことになってしまい、今は兄の生まれ変わりのような少年と、かつての知己達の生まれ変わりのような人々と共にいる。
兄の言葉はアルフォンスを縛り続けていた。
「アル?」
考え込んだアルフォンスを心配するように、幼い琥珀色の目がのぞき込んできた。何でもないよ、とアルフォンスは笑みを返す。
(150年の年の差が何だ)
彼らと同じ人間だ、と心の中で何度も繰り返す。
この手を取って、自分は世界を見に行くのだ。人以外の何かのように見下ろすのではなく、彼らと同じく手探りで、彼らと同じ目の高さでたどり着く。
もしかすると、この忌むべき賢者の石さえもそのために存在するのかもしれない。
アルフォンスはエドワードの手を引いて家路を急いだ。

(190208拍手お礼/040708)
□back□
本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース