さて、何よりも重要なことは今の自分の状況を理解することだ。
オレは国家資格を持つ錬金術師で、今日は妹を連れて軍部に研究の経過報告と資料の受け取りを口実に、いつも通りに忙しいであろうリザさんの顔を見に来たんだった。上司にもう少し甲斐性があれば苦労は減るんだろうけどなあ。
あ、何か主旨がずれた。
とにかく、オレはまず考えなくちゃならん。目の前はまだちかちかと星が散っているし頭はぐらついたままだが。目の前にいる女が心底心配そうな表情でのぞき込んでくる。
誰だか知らんが、そんな不安そうな顔をいつまでもさせておくわけにはいかない。
顔を上げて、オレは多分、笑った。
「大丈夫だ」
そう言ってから、オレははっと息を呑んだ。オレの声じゃない。
目の前の女も、目を瞠った。…この女の顔に、どうも見覚えがあるようなないような気がする。金髪に金目を鏡と妹以外で見るのは非常にまれだ。
「兄貴?………じゃない…?」
「え?」
オレもあなたのような妹を持った覚えはありません。オレの妹はもっと輪郭がまぁるくて髪はショートで巨乳でした。まっすぐな金髪を背中に垂らしたそいつはじっとオレを見た。
じっと見るその目のきつさだとかは初めて見るはずだが、妙に既視感がある。
つい癖で眼鏡を押し上げようと鼻の付け根に手を当てると、そこに眼鏡はなかった。衝撃で落としたわけではなさそうだ。眼鏡なしでも視界はぼやけず焦点を結んでいる。当てようとした指を至近距離で見て確信した。
「…悪い。鏡はあるか?」
女は白い手袋をはめていたが、オレは素手だ。家を出るときには、オレも彼女のような手袋をはめていたはずだ。手袋の下にあったはずの機械鎧は綺麗に消え失せて、生身の男の指になっている。左手も一応確認してみるが、本来のオレの手よりも一回り大きい、気がする。…手が大きいと言うことはその他のパーツもおそらくは元より大きいんだろう。いや、この身体がでかいんであって元のオレが成人男性の平均を下回っているとかそう言うことは今は良い。
何かを確信した顔で、女は頷いた。
「それじゃ、あんたはやっぱりオレの兄貴じゃないんだな」
「ああ、多分この身体は本来のオレのものじゃない」
「どういうことだ、鋼の」
そこでようやく上司が口を挟んできた。床に座り込んだオレたちを傲然と見下ろしている。ああ、でも結構顔は正直に心配と困惑をない交ぜにしてにじみ出させているな。
言えば多分「自分の管轄内で面倒なことを起こされたらたまらない」とか何とか言うんだろう。だからそれは無視して分かっている事実だけを言う。
「「何があったか分からないが…」」
異口同音に話し出したオレたちはびっくりして顔を見合わせた。
「…あのさ。一応、先にあんたの名前を聞いてみても良いかな?」
ちょっとろくでもない予感が頭をかすめた。相手もそれは同じらしい。薄い胸の前で腕を組む。
「エドワード・エルリック。国家錬金術師で銘は鋼。あんたの…あんたのその身体の持ち主の、妹だ」
やっぱりオレかよ。女でしかも妹かよ。想像がつかん。いや目の前にいるわけだが。
しかし偉そうだし女らしさの欠片もないし目つきは悪いし、女になるとオレはこんなんなのか。
アルとここまで違うとは思っても見なかった。いや自分が女になったときの想像なんてもの自体したことはなかったが。
「で、あんたは」
「お察しの通り、エドワード・エルリックだ。…ただし、オレには兄はいなかった。アルフォンス・エルリックという名前の妹はいたがな」
「兄貴が、妹」
そう呟いたっきり、彼女は絶句した。うん、まあオレとは真逆なんだろうけど同じ衝撃を受けてるんだろうなあ。だが実物を目の前にしているという点でオレの方が勝っていると思うぞ。
いつまでも床に座っていてもしょうがないので立ち上がる。いつもより目線がやや高い。と言うことは、アルが男だとオレより背が高いのか?うわむかつく。
「…まさかこんな形で実証できるとは思わなかったな、平行世界」
机の上にまだあった紙切れに目をやって溜息を吐く。オレが本来いた世界ではないから、これはオレたちがこねくり回していたものとは別物なんだろうけど、ほぼ一致していた。
「待て。君が別世界のエドワード・エルリックであるという証拠はあるのか?私から見ると、少々言動がおかしいアルフォンス・エルリックにしか見えないぞ」
「だから違うって言ってるだろうが」
証拠と言われても、魂引きずり出してほらエドワード・エルリックですよーとやってみせるわけにもいかないだろうが。やって見せたところで大佐に魂の見分けがつくんだろうか。
「平行世界論にどこまでも難癖つけてたからな、大佐は」
「あー自分の立てた仮説が一気に崩れるもんな」
「可能性は否定できないって何度言っても実証することが不可能ならば存在を認めることも出来ないって言うし」
「オレとしても仮定に仮定を重ねてちょっときついかなとは思ってたけど」
「うん、でも兄貴が妙に強調するからさあ」
「あ、そっちもアルか。こっちでもアルが妙に固執してたっけ」
休憩時間の与太話のひとつに過ぎなかったはずの議論にそうやって白熱してしまって、それじゃあと式を立て構築式を組み立てて演算してたんだよな。演算してただけのはずなのに何かの拍子で暴走して、で、意識が飛んでここにあった、のだった。
もしかしたら世界の外には無数の世界が存在していて、その中には錬金術のない世界もあればオレとアルフォンスが兄妹じゃない世界もあったりアルが失恋記録を更新したりしていない世界もあったりするのかもしれない。オレたちの存在する世界は無数の可能性のひとつに過ぎないのかもしれない。それはただの仮説であり頭脳の柔軟体操としては楽しいものだった。
「いやまさか時間軸を等しくする平行世界のひとつで同時に同じ馬鹿話に興じている世界があって同時に構築式を立ててうっかり世界がほんのわずかだけど連結して、式に触れていた人間同士の意識が同時に吹っ飛ばされて入れ替わるなんて可能性までは考えてなかったさ」
「そこまで考えることが出来てたらそれはまさしく神の視点の持ち主だろうな」
下手すりゃ神そのものなんじゃないか、と思ったけど黙っておいた。
「うん、で、オレがアルじゃないって証拠なんだけど、この世界のオレが『自分の兄貴じゃない』って言ってるのが何よりの証拠だとオレは思うぜ」
この世界のオレは、勝ち誇るように笑った。
「オレが兄貴を見間違うわけないじゃないか」
「ああ、いくつ世界を越えようと、オレはオレのアルを見分ける自信はあるね」
な、とオレたちは顔を見合わせて笑い合った。
大佐は、呆れかえったようだった。
「つまり君たちはどこに行こうがどこまでもブラコンでシスコンというわけか」
そのまとめ方に不満がないことはなかったが、まあ間違ってはいない。
丁度振り返った窓に、オレの姿が映っていた。正確には、この世界のアルの身体だが、やっぱり背が高かったこんちくしょう。
「この世界のアルはもてそうだな」
何の気もなく言ったその言葉に、この世界のオレも大佐も吹き出した。
「…何か変なこと言ったか?」
ひいき目を差し引いてもいい男だと思ったんだが。性格だって、多分悪くないだろう。この世界のオレの「兄貴」と呼ぶ響きから感じ取れるほのかな甘えから鑑みてもその予想はそう間違ってはいないはずだ。だが、この世界のオレは肩をふるわせて笑っている。
「その姿で言うってのもあるけど、兄貴は彼女いない歴を更新中だから」
「え、そうなのか?」
「そう。確かに背は高いし性格良いし顔も良いし頭も良いのに、何故か振られてばかりいる」
振られ続ける理由を、どうやらオレも大佐も分かってはいるようだ。オレの世界のアルが失恋記録を伸ばし続けているのとほぼ同じなのかもしれない。けど、妹のオレが兄のアルの妨害工作をするんだろうか?…するのか。そうなのか。大変だな、アル。
「参考までに、そっちのアルは?もてるのか?」
「もててもおかしくはないんだがな、かわいくてスタイル良くて素直で錬金術も使えちゃうんだが、どうも男を見る目がないらしい」
「ははあ。同じか」
にやにや笑うところを見ると、オレの予想は間違っていないらしい。
「で、あんたには彼女はいるの?」
恋話が好きなのか、オレなのに。まあそこは女の子なのだろう、一応。きらきらと輝く目に、にやりと笑ってやる。
「いるとも。年上美人の彼女だ」
「へー…ってまさか大佐だったりしないよな?万が一そっちの世界の大佐が巨乳の美女だったとしてもオレそれだけは生理的にイヤ」
「斬新な意見をありがとう、だが安心しろ、こっちの世界でも大佐は男だし仮にそうだったとしてもまかり間違ってもオレは大佐を恋人には選ばない」
「そうだよなーあーよかったー…って何へこんでんの大佐。」
巨乳の自分を想像したか「生理的にイヤ」にダメージを喰らったかその両方か。変なところで打たれ弱いのはどこの世界でも同じなんだろうか。
首を振ってどうにか立ち直ったらしい大佐が、まじめな顔を取りつくろって聞いてきた。
「それで、君たちはどうするんだ?いつまでもそのままというわけにもいくまい?」
「ああ、そうだな」
この世界のオレは時計を取り出して時間を確認した。オレも同じく取り出そうとしたのだが、いつもしまっているポケットそのものがなかった。他人の身体で他人の服なんだから当たり前だな。
「アルたちも同じ仮説にたどり着くことは確実だよな」
「ああ、きっと兄貴は切りの良い時間を提案すると思うね」
「こちらとあちらに時差がないと仮定して…ああ、丁度良いかな」
壁に掛かる時計を見つけて時刻を確認する。長針が真上を向くまで、後わずかと言うところだ。
この世界のオレが小さくカウントダウンを刻む。オレは机の上の紙を記憶にある限りの元の位置に戻して、手を置いた。
「5秒前。…3、2、1、」
構築式に力を乗せる。錬成光が光を撒いて辺りを白く塗り替えた。

目を開けると、目の前には見慣れた丸い妹の顔があった。
「…戻ってこれたみたいだな」
ほうっと息を吐いた。ずり下がった眼鏡のフレームを押し上げる。
焦点があった視界の中で、妹の瞼が持ち上がり、何回かしばたたいた。
「………えっと…うまく、いったのか?」
その口調に、かすかに違和感を覚えた。オレの妹は、丁寧とまでは行かないがもっと柔らかな言葉遣いだったはずだ。ほんの一言二言なのに、いつもより鋭角的な響きがある。
ぱちり、と目が開く。大きな丸い目は、確かにアルだ。
「あんた、誰?」
開口一番それだった。はっと自分の声に気付いたのか「え?」と口に手を当てた。
「え?え?何だこの声?てか胸?でけえ!」
…ああ、自分の胸が自分の腕にぶつかったことに驚いたのか。そうだったな、あの世界のオレではそう言うことは起こりそうもなかったもんな。
「………オレ、か?」
「…その通り、オレだ」
ようこそ我が世界へ、とでも言ってやろうか。そう思ったがやめておいた。

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