「お前、手に持ってるの、何?」
「かみそり、ですけど」
「何に使うんだ?」
「…ひげ剃り、ですが」
そう答えたら、まるで最後の審判の場に引き出された異教徒のような表情で立ちつくしてしまった。
「…ひげ、生えるの?お前」
「……ええ、まあ」
恐る恐る絞り出された質問に、こちらもおずおずと答えた。
そしてじっと目を凝らしてにらみつけてくるものだから、つい「さわって確かめてみますか?」と軽く顎を突き出してしまった。
エドワードさんはびくり、と身をすくめた。それから未知の動物に触れようとするかのように、そろそろと手を伸ばす。
ひんやりとした細い指が、かすかに頬に触れたような気がした。
「…わかんねえ」
「………でしょうねえ」
エドワードさんの伸ばしたのは右腕だった。どんなに精巧に出来ていても、義手では感触は分からない。
「そう言うのとお前は縁がないもんだと思ってた」
「ひげですか。まあ確かに他と比べれば薄い方だと思いますけど」
声変わりも緩やかだったし誰に似たのか童顔だし、というのは軽くボクのコンプレックスになっている。
いつまでも一人前の男としてみられないのは歯がゆいものだ。
けれどもそんな歯がゆさを抱くことすら申し訳ないような気がしてくるほど、目の前のエドワードさんは悄然としている。
「…エドワードさんこそ必要なさそうですよね」
「ああ?」
ギロリとにらみ上げてくる目は結構鋭い。けれども、いつもと違いボクはその目にひるむこともなく手を伸ばせた。
見た目通りに形の良い顎はするりと滑らかでひげどころか吹き出物すらない。この年頃の少年だったら一つや二つあっても不思議はないだろうに。
触れられたことがあまりに意外だったのか、エドワードさんは大きく目を瞠った。
「悪かったな二次性徴もはっきりしないお子さまで」
「そう言う意味じゃないですよ。…と言うかそれはボクも人のこと言えるほどじゃないですし」
「背は伸びやがったけどな」
「…エドワードさんも伸びますよ、……そのうち」
「本心からそう思うなら目を逸らして言うのはやめろ。…まあ、ひげもな」
自分で自分の顎をさすりながら、明後日の方向を見やる。
「そのうち、生えてくるかもしれないような気もする」
「はあ」
「あの教授の南洋土産の人形を参考にすればな」
エドワードさんが言うのは南洋帰りの某教授の持ち帰った原住民の木彫りの人形のことだとすぐに分かった。
デフォルメされてはいたけれども明らかに女性を模しているのに、顎には立派なひげをたくわえていた。上機嫌につり上がった口の端とは裏腹に無表情な目がチャームポイントの人形は、民俗学の教授でさえ引き取ろうとしなかったために研究室の戸棚で埃をかぶっている。全く違う専門分野の教授があれを持って帰ってきたことがまた不思議だった。
「…生えますかね」
「別に生やしたくはないな、面倒そうだし」
ちらりとまだ持っていたかみそりへと視線を流す。まあ面倒と言えば面倒だけど。
そして今度こそ左手を伸ばしてボクの顎を撫で…るのかと思ったら思い切り頬を引っ張った。
「〜っ!いひゃ、にゃにを、…ったぁ…」
「良く伸びるな」
「伸ばさないでください!…あー痛ぁ…」
「お前にひげが生えると言うことは、アルにも生えるということかな?」
まだ少しひりひりする。そんなボクにはお構いなしにエドワードさんは難しい顔で考え込んでいる。
「弟さん、ボクと同い年なんですよね。…じゃあ、可能性は高いんじゃないですか」
「…そう、だな」
「ああ、でも遺伝とかもあるみたいですよ。親御さんがひげの薄い人ならその子供もってことも多いみたいです」
「そうなのか?」
「参考までに、エドワードさんのお父さんは、ひげ」
「ひげ面だ」
愕然としか言い表しようのない表情で言った。
「うわ想像できねえ!ってかしたくねえ!なあ、どうしようアルにひげ生えてたら」
どうしようも何も。
その弟とほぼ同じ顔だと言われている、ようやくひげも生え始めてちょっと大人の仲間入り気分だったボクに、何が出来るというのだろうか。
乾いた笑いは、周章狼狽するエドワードさんの耳に届いたのかどうか、分からない。

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