「と言うわけでこの子の身元が判明しました」
明くる日アルフォンスは司令部に先日の子供を連れてきて報告した。
「実は師匠の養女でした」
子供はにこにことおとなしく司令部の椅子に腰掛けている。
「師匠、と言うと君の錬金術の?」
「はい。ダブリスに住んでいるんですが、近所のくちさがない人がこの子に師匠夫妻は本当の親じゃないんだと教えたようで」
髪の色も目の色も全く違うので確かにそれは一目瞭然のことではあったが、幼い子供に告げるには無神経なことだと言えた。
マスタングも眉をひそめる。
「…それと君が父親だというのと何の関係があるんだね」
「返答に困った師匠がどうやらボクが本当の父親だと言う出任せを言ってしまったみたいなんですよね」
実の両親は亡くなってしまっているんだとは言いにくかったのだとアルフォンスは顔を曇らせた。
「無事師匠とも連絡も取れたので今日ここに迎えに来ることになってます」
「何故ここに?」
「あんな小さい子を1人でどこにおいておけるんですか」
ぴくりと子供の肩が動いたような気がしたが確認できたものはいない。
それから間をおかず、イズミ・カーティスの来訪が知らされた。
「お久しぶりです、師匠」
「全くだな。…ああ、この子のことでは面倒をかけて済まなかったな」
「いいえそれはいいんです。それよりも師匠。…いえお義母さん!」
ばっとものすごい勢いでアルフォンスは頭を下げた。
「娘さんをボクに下さい!」
「10年早いわこの馬鹿者!」
即座に鋭いかかと落としがその後頭部にたたき込まれ、アルフォンスは床に沈んだ。
白昼堂々軍部内で起こった惨劇にその場に居合わせた者たちは皆言葉もなかった。
だが慣れているのか丈夫なのかアルフォンスはすぐに立ち直り、何故か喜色満面の笑みで顔を上げた。
衝撃でどっか壊れたか実は本気でマゾだったのか、とブレダはいぶかった。
「10年ですね!あ、確かに10年経てば16才になりますね!」
「…あーそのくらいならぎりぎりで許容範囲かなー」
ペドフィルの気持ちは全く理解できないハボックが遠い目で呟く。
「でも10年後にあの子は適齢期としてアルはおっさんじゃねえのか?」
「10年後でも今の准将よりは若いだろ」
ハボックの現実を見ようとする努力をブレダがさらに冷静に訂正する。それはただ事実を述べただけだったが、マスタングの繊細な心(※自己申告による)は傷ついた。
「…とにかく、この子は連れて帰る。」
おいで、と招かれた子供は素直に母親の手にまとわりついた。アルフォンスを見上げて、「またね?」と小さく笑う。
少し寂しげな顔を見せたバカ弟子に、イズミは苦笑した。
「そんなにこの子と離れたくないんだったら、さっさと退役して田舎にでも引っ込むことだな。私はこの子を都会暮らしの軍人なんかに育てさせる気はないぞ」
「…すぐには無理だと分かってて言うんですよね…」
アルフォンスは力無く肩を落とした。

「で。お前は良いのか?」
軍部を後にして目抜き通りを歩きながらイズミはエドワードに問うた。
小さな子供の表情を崩さぬままに、にっこりと笑う。
「それはちゃんとアルとも話しました」
「お前の方こそアルと離れたくはないだろうに。本当に良いのか?」
「あいつはオレが錬金術を使うまでオレだって気付かなかったんですよ?そんな薄情な弟はしばらく頭を冷やすと良いんだ」
「…まあ普通は気付かんだろうよ」
イズミにしても初めは半信半疑だった。あの小さな小さな赤ん坊がエドワードだと確信するのに実に3年近くかかった。
幼い頃は曖昧模糊としていた錬成前の記憶もすっかり取り戻し、他人のいないところでは「お母さん」ではなく「師匠」と呼ばれることの方が多くなってしまった。
あまりに早い親離れに何だか寂しいと言えば、「これでも中身は二十過ぎてるんですよ」とたどたどしい口調で苦笑いする。
エドワードはすねたような表情でそっぽを向いた。
「でも将軍の方が先に気付いてたってのがしゃくに障る」
「…気付いてたのか?」
「昨日も今日も、一度もオレに「小さい」とは言わねえし、幼児に出す定番のあの白い液体も出てこなかった」
わざわざホークアイにココアか何かを、とこっそりと指示していたことにエドワードは気が付いていた。確信はしていなかったのだろうが、おそらく何か予感はしていたのだろう。
「さすがにあの歳で将軍をやってるのは伊達ではないと言うことか」
「…けどアルより先にあいつに気付かれたのはやっぱむかつく。」
「仕方ないだろう。それだけ大きな傷跡だったと言うことだ。…6年前のことは」
はっとエドワードは顔を上げた。イズミは素の顔に戻ったエドワードに微笑みかける。
「分かったらもう2度とあんな無茶はするなよ。」
小さな頭をぽん、と撫でた。

一方そのころのマスタングの執務室では、アルフォンスが書類のチェックを口実に本当の事情を説明させられていた。
すぐにでも軍を辞めてエドワードと暮らしたいのではないか、と揶揄するように聞かれてもアルフォンスは動じなかった。
「兄さんはもう少し「お母さん」と一緒に過ごすと良いんです」
ボクらの本当の母親は、ずいぶん小さい時になくなりましたから。そう言って穏やかに笑った。
「それは君も同じじゃないか」
「ボクには兄さんがいましたから。ボクは兄さんに甘えることができましたが、兄さんはボクがいるからそうはいかなかった。そのせいで甘やかすのはすごく上手だけど甘えるのはものすごく下手な人になっちゃいました」
「…甘やかすのが、上手?鋼のが?」
甘えるのが下手、というのはマスタングにも心当たりがあった。何事につけても跳ねっ返りでひねくれていて素直じゃない子供だった。すべてに対して意地を張ることで小さな身体を支えている、そんな気配があった。
だが自分の方がずっと年上と言うこともあって、エドワードが人を甘やかすところを見た記憶がない。弟に対しても甘やかすと言うよりは、弟に世話をかけている印象の方が強かった。
けれどもそれは表面的なことに過ぎないのだとアルフォンスは言う。
「相手に甘やかされてる自覚を絶対に持たせないくらいに、自然に相手を甘やかすんですよ、兄さんは。いつだってそうだったって、ボクも後から気付いたんです」
「そんなものかね?」
「そんなものです。それに、師匠に10年後の約束は取り付けましたから。それまでに将軍がこの国のトップに立ってくれれば何の憂いもなくボクは兄さんを迎えに行けます」
「それは責任重大だな」
「ええ、だからがんばってくださいね」
できる限りの応援はしますから。
やれやれ、とマスタングは深く椅子の背もたれに背を預けた。と、はたと気付いた。
「10年後の約束、というのはあれは冗談じゃなかったのか?」
「何で冗談だと思ったんですか?」
心底不思議な顔で返されてマスタングは愕然とした。
「だって中身は鋼のだぞ?いくら外見が可愛いシュガーボンボンちゃんでも!」
「…やっぱり将軍のその言語的センスは少し妙ですよ。見た目可愛くて中身も兄さんなら何の問題もないじゃないですか。10年後なら年齢的な問題もクリアしてますし」
「問題だらけだと思うぞ」
「将軍が黙っていてくだされば大丈夫ですから」
マスタングが無敵の笑顔にかける言葉はもはやなかった。

だが10年後、「娘の父親」シグ・カーティスがアルフォンスの前に立ちはだかることになろうとは、この時点では誰も予想できなかった。






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おまけの10年後。

(050207拍手お礼/230607)
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