昔、むかし。あるところに、小さな王国がひとつありました。
その国に、めでたく一人のお姫さまがお生まれになりました。国中がお姫さまのご誕生をお祝いしました。
早速国中に住む7人の仙女たちがお姫さまによい贈り物をするために駆けつけました。王様も喜んで仙女たちを迎え金の食器でもてなしました。
ですが、たった一人、快く思わない魔女がおりました。魔女は次々とお姫さまに「よい贈り物」を授ける6人の仙女たちの後に続いて、こう言いました。
「お姫さまは糸繰り車の紡錘に刺されて死ぬことでしょう」
魔女の恐ろしい呪いの予言に皆青ざめ涙しましたが、7人目の仙女が出てきて言いました。
「わたしでは呪いをうち消すことは出来ません。お姫さまは紡錘に刺されてしまうことでしょう。ですが死ぬことはなく、百年の間眠り続けます。やがて勇気ある王子さまが現れて、お姫さまは目を覚ますでしょう」
王様はおふれを出し、糸を紡ぐことを禁止し、国中の糸繰り車と紡錘を燃やしてしまいました。
ですが、お姫さまは15歳になったときに、高い塔の上の屋根裏部屋で糸を紡ぐ老婆に出会い、とうとう予言通りに紡錘を手に刺し眠りについてしまいます。

「…ってことで、あのお城の中では今でもお姫さまが眠りについているんだってサ」
城と言われてもエドワードの目にはこんもりと茂ったいばらの森にしか見えなかった。言われてみれば崩れかけた尖塔が所々に突き出している。
「お前もよくそんな話を拾ってくるよな」
「情報には常に神経を研ぎ澄ませておくものダ!特にそれが美しい姫君のものならなおさらダ」
「うん、まあその努力は買うけどねえ」
かしゃん、と小さな音を立ててアルフォンスは首を傾げた。
「でももう少し普通のお姫さまを捜せば?」
「ろばの皮かぶったのとか蛙の皮かぶったのとか鉢をかぶったのとかそんなのばっかりだったよな、お前」
「何を言ウ!神秘のベールに包まれた深窓の姫君の魅力が分からないのかお前たち兄弟ハ!」
力強く訴えられても、エドとアルは顔を見合わせるしかなかった。
深窓の姫君と言うが彼女たちは皆それぞれの事情でもって生家を逐われ、下働きとして労働にいそしんでいた。慣れぬ仕事に手指を荒らし懸命に働く彼女たちの出自を見抜いた慧眼はすごいとは思う。だが彼女たちは、見出したはずのリン・ヤオではなく別の男の元に嫁いで幸せになっている。
おそらくは、リンが自ら主張するような「王子さま」にはとても見えないのが主な原因であろう。
そもそも、リンと兄弟とが出会ったのはリンが行き倒れているのを拾ったからであった。行き倒れになる王子の話は寡聞にして聞かない。
だが間違いなく遠い東の大国の皇帝の息子であると、たびたび姿を消す彼の従者は断言する。従者の姿が見えなくなるのは姫君の情報を集めに行っているかららしい。…そして従者と離れている時に行き倒れたらしい。王子さまというものは白馬に乗って颯爽と姫君を助け竜と戦うものだと思いこんでいた兄弟には軽いカルチャーショックだった。
そんなんでもまあ王子に間違いないというのなら、眠れる森のお姫さまも目を覚ますんじゃないかな、だとすればリンも当初の目的通りに花嫁を見つけだすことができるし昔話的にも「めでたしめでたし」だろうし、良いこと尽くめだよね。アルフォンスはそう結論づけて自分を無理矢理納得させた。
エドワードも何かが引っかかる感じがして尖塔の影をにらんでいた。程なく弟同様軽く首を振って、気のせいだと言うことにしてしまう。
「で、そのお姫さまって言うのは本当に百年間眠りっぱなしなのか?一体どういう条件下でそんなことが可能なんだ?やっぱ低体温なのかな、代謝機能とかどうなってるんだ?」
突如興味関心を見せるエドワードを、リンはじっとりとにらむ。
「…ライバルにはなり得ないと思っていたけド、こういう方向性があったカ」
エドワードは遍歴中の医者だった。どういうわけでか鎧姿の弟を治す方法を探して諸国を回っていた。行き倒れていたリンを見つけたのは弟のアルフォンスだったが、「死体だったら解剖しても良いかな?」と目を輝かせたのはエドワードだった。あの時ぴくりとも動けなければ本気で腑分けされていたのではないかと今でも思う。
そして百年眠るお姫さまも、王子さまに起こしてもらわなければ生体解剖の憂き目に遭うのではないかと半ば本気でリンは心配した。
「…捌くなヨ?」
「…生検だけでも駄目か?あ、血液採取でも良いんだけど」
「駄目ダ。相手はお姫さまなんだゾ?」
「百年眠ってるなんてレアな症例なんだけどなー」
未練がましくぶつぶつと呟くエドワードから距離を置き、アルフォンスを引き寄せてこそこそとささやいた。
「なア、あれはお前の身体を治そうとか言う使命感じゃなくて、もうすでにただの好奇心の塊になり果ててしまってるんじゃないカ?」
「うーん、まあそう疑ったこともあったけどねえ」
無表情な兜の奥の光が苦笑するように揺らめいた。
「だったらまず何よりも先にボクが解剖されてると思う。まだ解剖も解体もされてないから、目標は見失ってはいないと思うよ」
「そおかア?」
「だから、お姫さまを見つけたら血液検査くらいはさせてね」
ボクのためにも、と笑う鎧をリンはまじまじと見た。見た目も(片や豆粒どちびで片や鎧の大男だ)中身も似ていない兄弟だとばかり思っていたが、実は根っこは同じなのだと改めて思い知らされた。弟の方は穏やかな常識派だとばかり思っていたのに、とんだ誤算だ。
「おーい、行かないのか?」
エドワードののんきな声が先を促した。

いばらの森に一歩足を踏み入れると、3人はその異常に気付いた。
鬱蒼と茂るいばらは3人に道を開くように退いた。そして来た道は元通りの茂みに戻った。
「…どういう仕掛けなんだカ」
「…便利だけどね」
エドワードはただじっと拓ける先を見ていた。城門があったらしい場所をくぐり大広間を抜けて中庭に出る。噴水は朽ち果て、かつては生け垣だったであろう植え込みは手入れもされずに奔放に花が咲き乱れている。その花の香りに既視感をおぼえる。
「……。」
この先の木戸を抜けた方が早い、とどういうわけか知っていた。そう思い出すと、その木戸の方向のいばらが身を引いた。
「兄さん」
「…ああ。やっぱりお前もか」
「ボクらはここに来たことがあったかな?」
エドワードは首を振った。
「分からない」
リンが不審げに足を止める。
「どういうことだ?」
「…ボクらはここを知っている、…ような気がする」
アルフォンスは中庭から覗く空を見上げた。
「城なんてどこも似たような構造だとは思うが…」
朽ちた木戸を乗り越えてエドは更に進んだ。びっしりといばらのからみついた石壁に触れる。するりと逃げるように道を開くいばらはエドワードの手を傷つけることはなかった。
「この部屋だ」
たどり着いたのは一際豪奢な装飾の扉の前だった。ずっしりとした扉を開こうと、エドワードが手をかける。
「待っタ!」
「何だ?」
「ここは王子さまの出番だろウ?」
あ、と気付いてエドワードが手を離す。既視感に幻惑されて、本来の目的を忘れてしまっていた。
「悪い。…んーと、多分ここにお姫さまがいるんじゃないかと思う」
「でハ、ご対面と行きますカ」
リンがぐ、と扉を開けようと手をかけた。ぐぐ、と力を入れる。
「………。」
「…引いてみれば?」
「あ、あア」
だが引こうにも指をかけられそうなところはない。
誰ともなく顔を見合わせて、頷いた。
「せーの!」
そして同時に扉に体当たりだ。
扉の重厚さから想像される重みも衝撃もなく、それはあっさりと開いた。それこそリンの苦闘ぶりが嘘のようだった。
結果的に、勢いのままに3人は部屋の中に転がり込んだ。
「何だぁ?!」
「アル、重イ、硬イ、と言うか角刺さってル!」
「あ、ごめん」
ひょい、とアルフォンスが退ける。エドワードは部屋の真ん中にしつらえられた天蓋付きの寝台に目がいった。帳は下げられたままだが、中に眠る人の気配があるのは分かった。
「…あれがお姫さま、か?」
「はいはいそのとおりよー」
脳天気な声が降って湧いた。ぎょっとしてみると窓枠に長い金髪を垂らした少女が腰掛けている。
「えート、誰?」
「羽、が生えてるところを見ると…仙女か妖精?」
にこにこと笑う少女の背には、確かに透き通った蝶の羽が2枚生えている。ご名答、と笑い立ち上がると長く引きずる裾を床に触れさせず3人へ近寄ってきた。
「え、すげえ、浮いてる?!」
「そりゃ仙女だもの当たり前じゃない」
「すげえ、どうなってんの?浮遊にその羽関係あるのか?つかその羽どうつながってるんだ?骨格から伸びてるのか、それとも皮膚が硬化してるのか」
「きゃあ!何すんのよ!」
純粋な知的好奇心からのセクハラに、仙女は容赦なくスパナを振り上げ振り下ろした。何で仙女がスパナを持っているんだろウ、とリンの脳裏をどうでも良いような疑問がよぎる。
横っ面を小気味よく殴られエドワードはすっ飛んだ。その拍子に寝台の帳につっこむ。
帳の薄布もろともに、エドは寝台の裡に眠る人の上に乗りかかってしまう形になる。
「あ」
すいっと寄っていった仙女がとどめとばかりに起きあがる体勢も整わないエドワードの後頭部を殴打する。
「いだっ!」
頭は衝撃に従って下方に、つまり眠る人物の頭上に落ちる。
それはもうものの見事に口付ける格好となり、リンは顔色を変えた。
「あアーッ!!」
この衝撃を分かち合えとブラコンの弟の腕を激しく揺する。しかし、鎧はものも言わずにがしゃんと倒れた。支えを失ったように空の鎧はリンにもたれかかり、重い音を立てて兜がはずれてその足下に転がる。
「な…何ダ?どうしたんダ、アルフォンス?!」
「ようやく呪いが解けたんでしょ」
「何だっテ?」
世話が焼けるったらありゃしないわ、もう。仙女はそう言いながらも満足げに笑っていた。
「お姫さまの呪いを解くのは王子さまのキスと相場が決まっているでしょ」
「…その伝で行くと、エドは王子さまと言うことになるガ…」
「王子さまよ?一応。ちんくしゃだけど」
「…で、よく見るとあのお姫さまはこー…何というカ、体格がたいそうよろしく見るんだけド…」
「そうねえ、昔から背はエドより大きかったもんねえ」
「お姫さま」は上半身を起こし、目を白黒させているエドを抱いて微笑んでいる。王族にふさわしく気品のある美貌と言って間違いはなかったが、お姫さまと言うよりは王子さまに見えた。
「…一応素敵なドレスは着ているガ、あれはもしかすると男性でハ…?」
「そりゃあねえ、眠れる王子さまを救いに来る王子さまはそうそういないでしょうから、その辺は情報をちょこちょこっと操作して」
「じゃあ本気で男なのカ!」
「正真正銘の男ね。」
がっくりとその場に脱力してしまいたくなったが、その前に確かめることはいくつもあった。なけなしの気力を振り絞ってリンは仙女に尋ねた。
「…で、エドが王子さまというのは一体…?」
「エドはこの国の第一王子、アルは第二王子よ」
「王子さまが何で遍歴医師と鎧なんてやってるんダ?」
自分が行き倒れ王子をやっていることは棚に上げて言う。寝台の上のアルフォンスが、「ああ、そっか」と気付いてエドワードの額に口付けた。
ぱちん、と薄いガラスの膜の破れるような音がして、エドワードが目をしばたたいた。
「アル…?」
「うん。兄さんも、記憶が戻ったね?」
「あー…ああ、大体。」
「…ならば説明してもらいましょうカ?」
低い声で詰め寄るリンと、弟を交互に見てエドワードはため息を吐いた。
「…その前にアル、お前着替えろ。」
みっともないと言うほど似合ってないわけではないが、かといって違和感なく着こなしているわけでもないドレス姿は…正直、気力を削がれた。

昔々。この国の第二王子に百年の眠りの呪いがかけられた。
その下りは巷間に流布する話の「お姫さま」の部分を「王子さま」に差し替えるだけでほぼ一緒だった。
ただ、ついうっかりと新米仙女はセオリー通りに「呪いを解くのは王子さま」としてしまったのだ。
「だって、普通こんな呪いかけられるのはお姫さまじゃない!それにお姫さまのキスってことにしたって、どこのお姫さまがいばらかき分け王子さまゲットしに来るって言うのよ!」
「逆切れするなよお前」
「…うん、まあそこまでは分かっタ。けどエドの記憶とアルの鎧はいったい何だったんダ?」
「それは、こいつの呪いを解く方法を探しに旅に出たんだけど」
「あんた第一王子で王位継承者なのに何考えてるのよ、って周りの非難囂々で」
「怒ったこの国の守護妖精に呪いかけられた」
この国の主な特産は呪いと妖精だった。そんな国が広い世界のどっかにはひとつくらいはあるのかもしれない。
だが腐っても直系王族のエドワードに、呪いは守護妖精の意図とは違う形で働いた。王子であると言うことを忘れ、かえって何のくびきもなく国を飛び出してしまった。
眠るアルフォンスは夢の中でそれを知らされて、何とか追いかけたいと守護妖精に交渉した。
交渉の結果、記憶を代償として鎧に魂を移し兄を追いかけることとなった。
追いついた兄は王子であるという記憶はなかったが、アルフォンスの兄であることは忘れていなかった。そして自分が何のために国をでたのかも覚えていた。とにかく弟の呪いを解くのだと、ただそれだけは忘れなかったのだった。眠る弟のことは忘れてしまっても、目の前に鎧姿の弟はいる。アルフォンスを鎧から解放するために、エドワードは諸国を遍歴する医師となった。
「でもお前、あの守護妖精をよく説得できたもんだな」
「兄さん野放しにするよりはましだって言ってたよ」
「…究極の選択だったんだナ」
しかし新米仙女ことウィンリィは知っていた。
アルフォンスは「どうせなら兄さんに呪いを解いてもらいたいなー、だって兄さんだって王子にはかわりないもの、できるよね?」と笑顔で野望を吐露して「あーもー好きにすればー?」と守護妖精に匙を投げさせたのだった。あれ以来守護妖精はふて寝をしている。
そこでようやく、リンははたと気付いた。
「アルは百年眠りについていたんだよナ?」
「うん、そう言う呪いだったからね」
「で、エドはその間呪いを解く方法を探して旅して回ってたんだよナ?」
「結局古典的な方法のみだったわけだけどな」
「…と言うことハ、お前たちの歳はいくつなんダ?」
ウィンリィは仙女なのでこの際何歳でも不思議はない。兄弟は顔を見合わせる。
「数えるの、忘れてたな」
「うん。でも大した問題じゃないよね」
「どこがダ?!結構重要だぞ、人としテ!」
てっきり同年代だと思っていたし見た目は二人ともどう見ても10代後半だった。ぽん、とこれまたうら若き少女にしか見えない仙女がリンの肩を叩いた。
「この国、妖精の血が混ざってる人が多くて寿命がよその国よりちょっと長めなのよ」
「ちなみに隣の国の王様は人食い鬼の血が混ざっているから力が強いぞ」
「重要情報をありがとウ!そう言うことは早く言エ!」
この国による少し前に隣国のお姫さまが巨乳の美人だと聞いていた。うっかりそちらを先に回っていたら今頃どうなっていたか分からない。
「気は優しくて力持ちのお姫さまがいるんだけどな」
「ちょっと人肉食べるけどね」
「謹んでご辞退させていただきまス」

その後、東の大国の王子さまが念願のお姫さまを手に入れることが出来たのかは分かりません。
けれども、呪いが解けた王子さまと王子さまはいつまでも幸せに暮らしたことは間違いありません。なんと言っても、昔話は「めでたし、めでたし」で終わることになっていますから。
だからこのお話も、「めでたし、めでたし」で終わります。

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