あれやこれやがあって、女の子の身体だったボクは、男性に戻った。
手足が伸びて骨太になって、鎧の時ほどではないけど背が伸びて、兄さんをすっぽり抱き込めるようになった。
…のは、非常によろしいんだけど。
「ねえ兄さん」
「何だ?アル」
「…何というか、ものすごく近いんだけど」
胸元からボクの顔を見上げて兄さんがちょこんと首を傾げた。
諸事情により今現在女の子の兄さんは、すごくかわいい。
元々が良いのもあるけど、女の子になってから肌のきめが細かくなって元からさらさらだった髪の毛は更にしっとりとした艶まで帯びるようになっていた。
その位は前々から分かってはいたけど、どうも男性と女性では感覚が微妙に違うらしく。
自分も女の子だった時にはあまり気付かなかったけど、何だか良い匂いまでしている。
無駄な肉の一切ない肢体は、鍛えられているのにどこもかしこも細くって何だか頼りない。(ついでに胸も尻もちょっと寂しいけど充分許容範囲。)
兄さんの背に回していた手で肩胛骨の辺りを軽く撫でる。滑らかな背中の感触と無骨な機械鎧の硬い感触が服越しにも伝わってくる。
「っ!」
兄さんは一瞬息を詰めた。
次の瞬間、額の辺りに星が散った。
「…痛ーい…何すんのさ兄さん」
「それはこっちの台詞だ!」
兄さんは至近距離で思い切り怒鳴った。紅潮した頬が鮮やかだ。
頭突きの跡がうっすらと額に残っている。この分だとボクのおでこも似たような状態だろう。
「オレは!お前の身体に異常がないか診ていただけだろうが!なのに何でお前が!そのオレを!なで回すんだ!!」
それはそこに背中があったから、としか言いようがないけど、言ったが最後左脚で蹴りを入れられる。だからボクは曖昧に微笑んだ。
そしてその右腕を取って持ち上げた。握り締めている手を両手でそっと包む。
鈍い金属光沢を放つ機械鎧は、ウィンリィじゃないけどきれいだと思う。
きれいだけれど、華奢な肩へとつながっていくのは痛々しい。この重さをよく支えているものだといっそ感心する。
「兄さんの身体も、元に戻さないとね」
「…それはそうだけど」
生身の方の左手をボクの心臓の上に載せたまま、兄さんは言いよどむ。
「もしもお前の身体に何かあった時に、オレも動けなかったら困るから」
「大丈夫だよ。兄さんの理論は完璧だった」
だから兄さんの身体は今女性で安定している。
男性よりも女性の方が(体力や腕力ではなく生命の耐久力のレベルで)タフにできているとは言え、男性から女性への転換の錬成は見事だった。
とは言え、ボクの身体になされた錬成はその逆だったので。兄さんは些細なことまで心配している。
「何言ってるんだ!んな訳ないだろ?!57回に1回は計算にブレが出るような曖昧な構築式しか作れなかったのに!なのにお前見切り発車で実行しちまうし!」
この人は昔から大雑把に見せかけて実は繊細な完璧主義者だった。
それは計測誤差の範囲に入る差異だと思うけど。
「不完全な錬成でお前にもしものことがあったらオレは…!」
「兄さん…」
兄さんは左手を白くなるほど握り込んだ。
俯いてしまった顔をそっと上げさせる。それでも視線は合わせない。
兄さんが罪悪感を持たなければならないことは何もないのに。いつまでたっても、何回言っても決して納得しようとしない。
「何て言ったら解ってくれるのかな?」

「君たちもそろそろここがどこかを思い出したまえ」

極めてご機嫌の麗しくない声で大佐が言った。
「あ、ようやく今日の仕事終わったのか?」
からりと兄さんの雰囲気が変わった。
「あいにく終わったのは昨日の仕事なの」
中尉が肩をすくめる調子で言った。とりあえずの区切りがついただけらしい。
「うわーそれじゃ今日中に閲覧許可もらうのって無理か?」
「その位なら大丈夫よ、大佐の休憩時間をつぶせば問題はないわ」
「異議ありだ、大いに問題があるぞ」
「却下します」
にべもなく中尉は訴えを棄却し、兄さんの手から書類を取って大佐の机の上に置いた。
「すぐに済む仕事でしょう」と睨まれて、渋々大佐は書類に目を通しはじめた。
休憩をつぶされた腹いせか、サインをする手がいつもよりも乱雑だ。その上、いやみのひとつも言わないと気がすまないといった風情で兄さんを睨みつけた。
「いちゃつくのは構わんが場所をわきまえろ」
「いちゃつくって何だよ?」
兄さんが不機嫌そうにふくれた。その様子を見て、ハボック少尉が首を傾げた。
「…大将、もしかして本気で分かってないんすか?」
「だから何がだって聞いてるだろ」
「大将とアルフォンスが、客観的に見ていちゃついていたんですよ?自覚ないんすか?」
「いちゃついてるって言うか?オレらずっとこうだったじゃねえか」
「…言われてみれば」
ファルマン准尉が頷いた。
「客観的外見が姉妹だった時も兄妹だった時も、更に少年と鎧だった時もこうでしたね」
「………エルリック兄弟的標準なのか、それが」
呆然とした声でハボック少尉が言ったけれども、兄さんにはよく分からなかったらしい。
うん、よそはよそ、うちはうちだよね。
大佐は半ば頭痛をこらえながら、それでもなけなしの上司の威厳でもって兄さんに苦言を呈する。
「…今は見た目がなまじっか美少女と好青年なのだから自重したまえ。特に先週振られたばかりのハボックなどには目の毒だ」
「どうしてそこで俺を引き合いに出すんすか!てーか何で知ってるんすかあんた!!」
「なあ、何かいっつも振られてないか?少尉」
全く悪気のない調子で兄さんが小首を傾げて聞いた。(見た目だけは)美少女に情けない質問をされたハボック少尉は本気でへこんでいた。
その様子がよっぽど気の毒だったのか、大人しく引こうとしたにもかかわらず。
大佐という人は地雷を踏まずにはいられない人だった。
「それで、君たち兄弟の挙式はいつだ?」
みるみるうちに兄さんの首が真っ赤に染まり、ブンと空気が唸りをあげた。
それが大佐の側頭部に機械鎧の脚が蹴り込まれるほんの一瞬前の出来事。

その後のことは、聞かない方が良いわよ、との中尉の微笑と忠告を尊重し、ボクも詳しくは聞いていない。
前日に勢い余って持ち帰ったウェディングドレスのことで大げんかをかましていたことを知らなかったとは言え、大佐はタイミングが悪かったと思う。合掌。

(230706拍手お礼/251106)
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