「よう大将いらっしゃ」
東方司令部の扉を開けたオレを迎え入れたハボック少尉は台詞の途中で凍りついた。
丁度煙草は灰皿の上に置いた時だったのは幸運だったと思う。そのままそれがすっかり灰になってしまうまでの間、少尉は目を丸くしてオレを見るだけだった。
気持ちは分かるけど、やっぱむかつく。
「…大将。なんすかその可愛い格好」
「可愛い言うな」
オレだってオレ以外の女の子が来てたら可愛いとは思うけどな。
紺地のピンストライプのワンピースはスカートがふわりと広がっていて、白いエプロンのフリルは抑制が利いて派手になりすぎず。
でもあえて仁王立ちで腕を組む、そんなオレが着たんじゃ台無しだと思う。
「いやでもどっからどう見ても可愛いナースだし」
「だから可愛いナース言うな!あんたの上司の趣味だよこれは!!」
「俺らの上司でありお前の上司兼後見人でもあるところの人の趣味だろ、正確には」
「そうだよその通りだよあんの雨の日無能の童顔三十路の趣味だよこのコスプレは!オレの責任じゃねえ!!」
地団駄を踏むと裾がひらひらと舞い上がる。これをやると中の白いレースのパニエとドロワーズが見えるからやめてくれ、とほとんど泣きそうな顔でここ数日の護衛役だったブロッシュ軍曹とロス少尉に訴えられたが、んなことオレが知るか。
「で、一体何事なんだその格好は」
「…士気昂揚キャンペーン、国家錬金術師による最前線慰問。激しい戦闘と極度の緊張に晒される、最前線部隊の軍人さん達のココロとケガを癒します。…とか言うコンセプト」
「癒せるのか?」
その辺はオレにとっても甚だ疑問だ。
簡単な怪我だの傷だのの応急処置ぐらいなら確かにオレでもできるけど、前線基地には立派な軍医もいるし。百戦錬磨の看護兵や衛生兵を目の当たりにもしてきた。
あのおねーさん達には一生敵わないと思う。おにーさんもいたけど。
だから行ったは良いけどただ行っただけだったと思う。おねーさん達にやたら頭撫でられてきただけだった。
尻撫でようとしてきた元気な負傷者もいたけど、おねーさん達によって軽傷者から重傷者へのリスト書き換えが行われていた。合掌。
だからオレも首を傾げた。
「どうなんだろうな?実際負傷者の手当てだのの手伝いはちょっとしかしてないし、精神的な方もこの格好じゃかえってダメージ受けそうだよな」
いつの間にかブレダ少尉も側に来て話を聞いていた。しげしげとオレを見て、言った。
「…確かに大佐は手放しで有能とは褒めがたいが、この件に関しては腹の底からグッジョブと褒め称えたいね、俺は」
「………あんたの腹の底って見えないよ、ブレダ少尉」
「そうだな、分厚い脂肪をくぐり抜けた先だもんな」
ハボック少尉も頷いた。
「んで、その局地的に有能な大佐は?いないのか?」
不自然に視線が逸らされた。二人ともだ。
「…ハボック少尉?ブレダ少尉?なんで目を逸らす?」
「いいえ目を逸らしてなんかイマセンヨ?」
「なんで声が裏返るんだ?なあ、どうした?オレはただあの大部分は無能な大佐の居所を訊いただけなんだけど?」
どうしてこう言う時、人は笑顔になるんだろうな。別に楽しくはないが「ご機嫌な笑顔」でオレは少尉二人に詰め寄り、伸び上がってその顔を覗き込んだ。
紙のような顔色で、身体半分逃げている。
だん、と二人の間の壁に白い編み上げブーツを履いた脚で蹴りを入れた。
「…話せ。」
戦場を駆ける白衣の天使のおねーさん達直伝の笑顔と口調で尋問を開始。
彼らはあっさりと口を割った。

「アル!!」
蹴破るように扉を開けると、くたびれた三十路男が顔を上げた。無精ひげがむさ苦しい。
「遅かったじゃないか、鋼の」
かっとなってオレはその胸ぐらを掴んだ。
「おいこらこの無能」
「可愛いナースちゃんにすごまれても怖くはないな」
「…オレはどっからつっこみを入れれば良いんだ?つーかまずアルはどこだ」
「隣の部屋だ。ああ、君の足下にアームストロング少佐が倒れているから気を付けたまえ」
「少佐?!なんで少佐まで丸め込まれてるんだ?!一体何を吹き込まれた!!」
郊外の一軒家、現在空き家という絶好の物件で錬金術師3人が雁首揃えてやることと言えば。
「兄弟愛に感動していたぞ」
眠そうな声で大佐が言う。
「だからってなあ…」
ばったりと力尽きたかのように倒れ伏すアームストロング少佐にオレはやや毒気を抜かれた。
辺りには計算式やメモが書き付けられた紙が散乱している。机の上には、見慣れた研究手帳。
「…少佐が他人の研究手帳の解読に力を貸すなんてな」
世も末だ、と深々と溜息を吐く。
つまり、オレの弟アルフォンス・エルリックは、国家錬金術師2人を巻き込んでこっそり複製していたオレの研究手帳を解読してそこに書かれていた錬成を実践した…ようだ。
それにしても。
「あんたは一体何をネタに脅された」
じろりと睨めば、不本意そうな表情でにらみ返された。
「どうして少佐は『丸め込まれた』で私は『脅された』なんだね?」
「普段の行いの差だろ。ったく、情けねえなあ本当に」
動かぬ証拠の研究手帳の複製と、そこらに散らばるメモに目を通す。
「それだけアルフォンスも必死だったのだろう」
「必死なのは分かるさ。あいつだってちゃんと男の身体に戻りたいって思うのは分かる。分かるけど」
「…その理由の根本的なところを理解できていないから、君はそう詰めが甘いんだと思うがね」
「?何を言ってるんだ?」
「いや。…理論は完璧だった。何故君はこれを実行に移さなかったんだ?」
大佐はぴらぴらと紙を振ってみせる。オレを出張に出してる間中、ここで缶詰状態で解読していたのだろう。さすがに国家錬金術師と言うべきか、解読に成功したようだ。…あー暗号また変えなきゃなあ。めんどくせえ。
「一ヶ所、試算で結果のずれるところがあるんだよ。」
そんな不確かな試算で実行に移して、オレで成功したとしてもアルで失敗したりしたら。
…だから数値が固まるまで理論のことも伏せて今までやって来たって言うのに。
「………あったか?」
不審げに大佐が首を傾げる。
「ほらここ。」
「…あってるじゃないか」
「何言ってるんだよ。小数点以下143桁目で違う数値が出る」
「出るのか?!」
「概数でしか計算してなかったのかあんたら!うっわ信じらんねー!」
あーあ、よく見たら100桁までしか計算してないじゃないか。なんつー大雑把な。
「ん…うむ、エドワード・エルリックか?」
今のオレの声で目が覚めたらしい。アームストロング少佐が頭を振りながら巨躯を起こした。
「もっと寝てても良かったんだぞ、少佐」
「いいえ、我が輩としたことが前後不覚に陥りお恥ずかしい限り」
「…まあ我々の苦労の結果を見るには丁度良かったかな。ほら」
大佐が隣室への扉を指さした。いつの間にか、扉は開いている。
「…アル?」
「兄さん?仕事、終わったの?もうここに来たんだ…」
「アル!お前身体は大丈夫なのか?どこかおかしいところはないか?!気分はどうだ?!」
オレはそこに立っていたアルフォンスに駆け寄って確認した。
豊かな胸は筋肉の張りつめた胸板に代わり、肩幅が増し骨格が変わって柔らかな曲線ががっしりとした印象に全て取って代わられている。
あらかじめ準備していたらしいシャツとズボンに包まれていても、本来の男性になったと言うことはよく分かる。
「大丈夫だよ、兄さん。どこもおかしくはないし、気分も悪くない」
うっすらと微笑んでアルが言った。
優しいけど精悍な、男の顔のアルだ。
「…そうか、…よかった」
ほっと気の抜けたオレを支えるようにアルはオレの腰に手を回していた。…いつの間に。
「うん、これで何もかも問題はないよ、兄さん」
アルの顔を見上げて、オレは首を傾げる。あ、気付きたくなかったけどオレより背が高い。この野郎。
「結婚しよう、兄さん。ボクと一生一緒に暮らして欲しい」
あんまり真剣な顔でい言うものだから、その内容を理解するのに時間がかかった。
…ええと、アル?
………それは世間一般で言うプロポーズか?…あ。
「アホかーっ!」
叫ぶオレに、アルは耳をふさぐ。それでも片手はしっかり腰を離さない。
「うむ、美しきかな、兄弟愛!」
「あんたは黙ってろ!つーか兄弟愛じゃねえだろ結婚とかは!正気かお前!」
「末永く幸せにな、アルフォンス・エルリック、エドワード・エルリック!!」
「はい、もちろん!」
「いや正気かお前ら!違うだろそれ!」
わめいてもわめいても、オレの意見は議題にも採り上げられなかった。
大佐はと言えば、寝不足の限界が来たとかで沈没していた。…つくづく無能だ。

オレも現実から逃避したかった。心の底から。

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