姉さんが女物の服を着るのは、母さんの葬式以来のことだった。
あの人の死を悼み集まってきていた参列者の多くは僕を見て驚いていたけど、何人かは姉さんの姿を見ても驚いていた。
小さく「研究の仲間だ」と姉さんが教えてくれた。
「お前…女だったのか?」
「見ての通りだ」
その内の一人が愕然とした様子を隠しもせずに聞いてきて、姉さんはえらそうに胸を反らす。
…反らしたところであまり目立たない胸だけど。それでも黒の喪服姿の姉さんは楚々とした少女にしか見えなかった。
白皙の面に生気は薄く、いつもと同じ横柄でがさつな口調なのにもかかわらず、それが辺りに儚げな印象を与えている。
相手の人も少し調子が狂ってしまっているようで、首を傾げている。
しばらく姉さんを眺めた後、合点がいった、と言うように頷いて。
口を開くより速く、姉さんが彼を睨みつけた。
「分かったようなことを言うんじゃねえぞ」
「まだ何も言ってない」
「じゃあ何て言おうとしたんだ?いっておくがオレとアルフォンスは本当にただの研究仲間で友人だ」
「でもお前は」
「あいつは最後の最後まで、オレを男だと思ってやがったんだよ」
ぴしゃりとそう言って、彼の反論を封じる。
「お前はあの真面目で堅物で研究一辺倒の男が下宿に女連れ込むと思うのか?」
それがとどめの言葉で、相手の人も大いに納得していた。
アルフォンス・ハイデリヒという人は、つまりはそう言う人だったんだろう。

「姉さんは、あの人に自分が女だって話してなかったの?」
なんだかそれが意外な気がして、ボクが尋ねると。
「話したさ」
真っ直ぐに前を向いたまま、不機嫌な調子で答えが返った。
「けどあいつは信じなかった。嘘を吐くんじゃないって。」
姉さんの見つめる先には、彼の人の墓標とそれを埋め尽くさんばかりの弔花と、踊るノーアさんがいた。
翻る白いドレス、跳ねる靴先、舞う指先を視線は追っている。
「姉さん」
「何だ」
「話したのって、それだけ?」
「いや。全部」
「全部って」
「全部だ。異世界から来たことやらあちら側での話やら、大体全部。」
錬金術のないこの世界の人に、全部?
「やっぱりあいつは信じなかったけどな。全部作り話だろうって」
それは常識的な判断だと思うよ。姉さんと同じ異世界から来たボクが言うのもなんだけど。
あの人には、きっと荒唐無稽な法螺話ばかりする、ちょっとかわいそうな人に見えていたことだろう。
「…よっぽどアルフォンスさんは姉さんのことが好きだったんだね」
呆れ返って溜息と一緒にそうはき出すと、ものすごい勢いで姉さんはボクを見た。
「何でそうなるんだ?あいつはオレの言うこと信じてなかったんだぞ?」
「そりゃあ、そうだよ」
「好きな奴の言うことを信じないってそれはありなのか?なあ」
勢い込んで言いつのる姉さんの肩を、落ち着かせるようにぽんぽんと叩く。
「多分ね、これは推測なんだけど。…姉さんの言うことが全部本当のことだとするのなら、あの人にとって姉さんは全く別世界の人ってことになるよね。それがあの人にはいやだったんじゃないかな」
ああ、逆も言えるのか。姉さんにとってのアルフォンスさんも、別世界だと言うことになる。
好きな人にそう言われるのは、いやなんじゃないかな。
あなたと私は世界が違うんだ、なんて。
触れあうこともできて言葉も交わせるのに、決定的に違うんだと宣告されるのは、うん、ボクならいやだ。
姉さんが目を瞠る。
「だからね、きっと信じる訳にはいけなかったんだ。ひとつでも信じれば、認めることになる」
「そう…かな」
「推測でしかないけどね」
もう確かめる術はない。彼の人は土の下で永遠の眠りに就いている。
「姉さんは、あの人が好きだった?」
答えは分かっているけど、聞いてみた。
何もかもを話すような相手なんだから、きっと好きだったんだろう。
そう思って聞いたのに、姉さんは曖昧に首を傾げた。
「…どう、なんだろうな…?」
ぼんやりと視線を再び死者を悼む踊りへと戻す。
「オレはあいつが好きだったのかな?…なんだか、そう言うのとは違う気がする」
招くように誘うように、突き放すように舞う手首、刻むリズム。目は茫洋とその動きを追いながら、姉さんの心は内側に向かって彷徨っている。
「好きとか嫌いとか言うよりは…もっと、必要不可欠なものみたいな。…かといって、アルとも違う。お前もオレにとって不可欠なものではあるけど、それともちょっと違う。」
踊りはクライマックスに向かっている。強く足を踏み鳴らし、振りは一層激しくなる。
「…どちらかというと、水とか空気みたいなものだったのかもしれない。馴染みすぎて、そう滅多に意識しない」
弟と同じ名で、同じ顔で、よく似た振る舞いは自然に予測できるもので。
「意識、しなかったの?」
「…意識すると、つらい」
つまり、自己欺瞞はお互い様だった訳だね。しようのない人達だ。
姉さんは、透徹した眼で遥か彼方を見つめている。

「ああ、そうか。だから今、オレはこんなに息苦しいのか。」

舞踏の終幕のほんの少し前に、そうぽつりと呟いた。

(170506)
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