「オレは鋼の錬金術師と呼ばれてたんだ」
その人はいつも嘘をつく。
卑金属を黄金に変える偉大なる作業(アルス・マグナ)をやってのける錬金術師などどこにもいない。
かつてそう呼ばれた人々は科学の萌芽を育てる礎か、さもなくば詐欺師へと分化していった。
前者の方の遥かな流れをボクらも汲んでると言っても良いだろう。良いだろうけど、その人の言っているのはそうじゃない。
自分が錬金術師だと、そう言っているのだ。
自分はこことは別の世界からやって来て、その世界では科学技術ではなく錬金術が発達していたのだと、そう言う。
いつかその世界に帰るのだ、と金色の目で笑って言っていた。
けれどその目がだんだんと笑うことが少なくなってきたのはいつからだっただろう。
まだ誰も行ったことのない高みの空を見る時、きらきらとした希望が静かな絶望に取って代わられたのは。
荒唐無稽な冒険譚を話す時に、郷愁よりも諦観の方が強くなってきたのも同じ頃からだっただろう。
空から降ってきた隕石が、静かに冷えていくような、そんな様子を見かねて、このミュンヘンの下宿のルームシェアを申し出た。
するとその人は、大きく目を瞠った。
「本気で言ってるのか?」
「大いに本気」
軽い困惑に、小首を傾げる。ボクからそう言う言葉を聞くのが、ひどく意外だったようだ。
「オレ、女なんだけど。問題あるんじゃないか?」
「またそう言う嘘をつく。」
「嘘じゃないって」
証拠を見せろって言われるとさすがに困るけど、とエドワードさんは自分の胸を見下ろした。
「そんなあからさまな嘘をつくほど、ボクとの同居は嫌なんですか」
「そう言う訳じゃない!あーもう」
がしがしと乱暴に髪を掻く。諦めたように大きく溜息を吐く。
「オレはお前に嘘はつけないんだよ、アルフォンス。…信じないのは勝手だけど」
「はいはい。で、返事は?」
あなたの言うとおりに勝手にさせてもらう。あなたの嘘をいちいち本気で取っていたら馬鹿を見るから。
それを態度で表せば、思った通りにふくれっ面になる。
「…OK。その話、乗った。」
怒ったような顔で、受諾する。それがどこか偉そうで、ボクは妙におかしくなって笑った。

そんな風に、その人はいつも嘘をつく。

あなたの言うことが全て本当なら良いのにと思うことがある。
こことは全く違う別の世界があって、ボクはあなたの弟で、不思議な力を使いながらあらゆる場所を旅して回る。
あなたと一緒に、荒唐無稽な物語の主人公になるのはきっと楽しいだろう。
でも哀しいかな、この世界には錬金術は存在しない。
空の彼方に未知への世界が広がることはあっても、異世界への扉は開かないだろう。
ボクはあなたの弟ではなく、学友で同居人に過ぎない。
しかもこの身体はがたが来始めていて、多分そう長くはない。

あなたの嘘が本当なら良いのに、と思う。

異世界へとつながる門が開いた。
現実がぐるりと裏返しになって、夢物語が眼前にあらわれる。
彼女の小さな身体をコックピットに押し込んだ。気を失っているせいか、普段より更に一回り小さく見える。
「…と言うか…本当に女の子だったんだなあ」
小さく呟く。こんな風に触れてみたのは初めてだったから、改めてその細さと柔らかさに驚いた。
硬い義肢と強い瞳に騙された。いや、騙されたことにしておきたかっただけだ。
彼女の話を全て嘘にしておきたかっただけだ。
解っている。彼女の言うことは全て本当だ。
「お前には嘘はつけない」という言葉も全くの本当だ。嘘など一つもない。
だったら、もうやることはただ一つだ。
向こうの方が騒がしい。見付からないうちにと、計器を一つ一つ確かめていく。
あなたの嘘が本当ならボクは、全身全霊をかけてあなたを元の世界に帰そう。
好きな女の子の願いを叶えるのは、きっと男の本懐って奴だろう。
もうすぐ彼女が目を覚ます。
その前に、ボクは彼女の額に口付けた。

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