その人の足はいつも地に着いていない感じだ。
かといってふわふわと宙に浮いたようなおぼつかない感じではない。
深い水底に沈んで、流れに身を任せるでなく海底に根を下ろすでもなく、時折水面に差す光に向かいまた目を閉じる。
本来空を飛ぶ鳥だったのが誤って海中に落ちて帰れなくなったみたいに見える時がある。
そう言ったら少し首を傾げて考え込んで、その逆なら見たことがあるという。
「逆?」
「そう、鳥なのに飛べなくて地上をよたよたと頼りなく歩く。でも海の中じゃ魚みたいに早く泳ぐ」
多分それはペンギンのことだろう。
そう言うことではなかったんだけど。
「鳥として間違っている」
ぽつりと言って、外を眺める。
ここの窓から見えるのは建物がほとんどで、空など見えない。
彼の故郷は全くの田舎で、窓からは空と草原をわたる風ばかりが見えていたと聞いている。
そんな風景ならきっとどこにでもある。ただ、ここではないだけだ。
少し郊外に出れば、何もない退屈な道もいくらでも見られると、彼だって知っている。
彼はやっぱり元は空を飛んでいた鳥で、海底から水面を見上げて、同じ青なのに違うのだと溜息を吐いているのだろう。
大空の青に帰りたいと思いながら、翼は潮の流れを切って浮かび上がることさえ出来ずに沈んでいる。
そうして、自分がこの世界にいるのは間違っているのだと思っているのだろう。
世界が彼を許容しないのではなく、この世界にいる自分を彼が許容していない。
世界はとっくに彼を許している。少なくとも、ボクは彼がこの世界にいても良いと思っている。
それでも彼は、決して自分を許しはしないのだろう。
その上元の世界の誰かに似ているボクを見るたびに、苛む茨は育つらしい。
それならば、帰れるものなら帰った方がきっと良い。
ボクはそのように心の中の整理をつける。
理不尽にわだかまる何かに触れないように気をつけながら。
…現実問題として、彼はこの世界に向いてないんじゃないかと思うことは多々ある。
腕やら足やら、その奇妙な知識系統やらはこの際関係はなく。
「そう言えば思い出したんだけど。あの話はちゃんと断ってきた?」
「え?ああ、断ってきたけど。…良かったのか?」
「断って良かったに決まってるでしょう?」
「でもただいま同性愛疑惑絶賛進行中なんだろ?オレら。だったらオレやっぱ別の所行った方がお前にも迷惑にならないんじゃないか?」
小首を傾げてけろりと事実を述べる。
それはそうなんだけどね。
「だからといって疑惑じゃなくて確定済みな人達の所に行かれたんじゃボクとしても目覚めが悪いというか」
彼は妙に、…本当に妙〜に同性に好かれる。
金髪や金の瞳やどこか中性的な顔立ちやらはこの際大きく貢献はしているのだろう。
だがしかし、中身は外見に反して中性的でもましてや女性的でもなんでもない。
その手の人達を引きつける何かがあったりするのかもしれないけれど、全くもってそう言った嗜好を持ち合わせないボクには分からない。
…分からないでもない気もしないでもないと思わないこともなかったりするがそれは測定誤差の範囲内と言うことでフタをする。
因みに、女性からの評判は悪くはない。
どこまでも男女平等で相手の性別によって態度を変えることのない彼は、女性であることを理由に当然の優遇を無意識に期待するお嬢さん方には白い目で見られもする。
けれども某研究室の裏のボスであるフラウに「いっそ清々しいわ」と言わしめたこともある。
ついでに言えば、相手が女性であろうと男性であろうと敬意を払うべき相手には相応の敬意を示す。…分かりにくいけど。
「それなら女の所に転がり込めばいいのか?」
どこかふくれっ面で言うエドワードさんはとても年上には見えない。
「転がり込めるような女の人がいるんですか?」
「…と言うかそれはちょっと問題があるだろ」
「彼らの所に転がり込まれるよりはまだマシな気がするんですが」
「嫁入り前の娘さん所に流れもんで義腕義足の身元の怪しい男が転がり込むより重大なことなのか?それは」
………一般常識は所々かなり怪しいのに、どうしてそう言う倫理観だけはもの凄く真っ当なんだろう。
今時珍しいくらいの真っ当さに目が眩む。
「そもそもエドワードさんそんな相手いないでしょう」
「…まあな。」
ふいっと視線をそらす。
この人は人付き合いを避けている様子がある。
それは多分、「ここは自分がいてはいけない世界だ」という思いからなのだろう。
そうして人との間に見えない壁を作った結果、下心を推進力にその壁を乗り越えんとする輩だけが残った。
…ボクは違うと思う、多分。いや、絶対。
一度前の世界ではこんなに男の人達にモテていたのか聞いてみたことがある。
「モテてない!絶対ない!ありえねえ!!」と激しく否定していた。
本人気付いてなかっただけかもしれないけど。と言うかよく考えてみたら思春期前だ。そんな子供に手を出す人でなしはどこの世界にもいて欲しくない。
それを言えば「知ってる限りで同性愛好者はいなかった」と断言された。
………気付いてなかっただけじゃないかなとは思う。今もほとんど気付いてなかったわけだし。
誰某やら何某やらがそう言う趣味の持ち主だというのは陰では有名な話だったというのにルームシェアの話を持ってこられて乗っかりそうになってたこの人は。
ボクとの同性愛疑惑の話も良くもまあ耳に入ったものだと思う。その位広まってしまっているだけの話なんだろうけれど。
それはともかく。
そんなこともあって、ボクは彼が元の世界に帰ることを心から願っている。
少なくとも、元の世界に彼を狙う何某やら誰某やらはいないらしい。

知ってか知らずか、彼はまた異国の話を始める。
ボクは、それを聞いている。

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