例によって何の連絡もなしに「機械鎧の調整頼む」と言ってふらりと現れた幼馴染みに、いつものようにスパナを投げつけてやろうと振り返ったウィンリィはそのエモノをごとりと落とした。
ラッシュバレーの暑さにとうとうやられてしまったかと思ったが、目の前の美少女は幻でも何でもなかった。
「な…何やったのよあんたは！！」
「何って、見ての通り。」
「………エド？」
「おう。」
「女の子になっちゃったの？」
「ああ、微妙に背が縮んだり出たり引っ込んだりで機械鎧が合わなくなったみたいで歩きづらいしあちこち痛むしで、調整してもらおうと思って。」
何でもない事のように答えるエドワードに、がっくりと脱力した。
聞きたい事はそういう事じゃなくて、一体どうして性別が変わったのか、どうやったのか…は、多分十中八九錬金術でだろうけど、変わっちゃって悩んだり困ったり葛藤したりはなかったのかとか、色々先に聞くべき事はあったはずだがしかし。
「あんたの常識ってどこにあるの…」
大概付き合いも長いはずのウィンリィの口から出たのはそんなどうでも良いような問いだった。
「いやさあ、アルを元に戻してやろうと色々調べてみたんだけどな、どうやら女性を男性にするよりは男性を女性に変える方がやりやすかったんだよ。」
「何それ。」
鎧の身体だったアルフォンスが生身を取り戻したは良いが何故か女の子になってしまったのはウィンリィも承知している。
何の違和感もない美少女っぷりに眩暈を覚えたのもそう昔の事ではない。
「元々男性ってのは女性を基本に出来ているからな、女性の方が何かと安定しているし」
「そういう事じゃなくて。それがどうしてあんたまで女の子になっちゃってるって言う現状につながる訳？」
「…あー…いやその。オレも同じ女になっちまえば、アルも手を出さなくなるかなって。」
気まずげに目を逸らしながら言う。
「………本気でそう思ったの？」
「思わなかったら実行に移さないだろ。こんなこと」
ふてくされるように開き直る幼馴染みの頭の天辺から爪先までをウィンリィは何度もしげしげと眺めた。
つまりこれが、等身大のバカの姿という訳か、と心の中で納得した。
「…あんた、バカでしょ。」
当然即座に反論をしようとする機先を制して続ける。
「あんたが男だろうが女だろうがアルはあんたを襲ったはずよ。実際、襲われたんでしょ、女の子になってからも。」
図星を指されてエドワードは言葉に窮した。
予想はしてたがそれでもウィンリィの口からは重たい溜息がこぼれる。
「…どうして分かるんだよどいつもこいつも…」
ふくれっ面でふてくされ、口の中でもごもごと文句を言うエドワードに本気で呆れた。
「分からないのはあんたくらいなもんでしょうが。」
はいそこ座って、取り敢えず見るからと座らせる。座った後ろに回り込み右肩のつけ根を覗き込む。
腹が立つほどほっそりと滑らかなうなじと服の隙間から垣間見える忌々しいほど優美な肩胛骨に意識が遠のきそうになる。
そんな事をおくびにも出さずにウィンリィは気付いた事を聞いた。
「そういえば今日はアルは一緒じゃなかったの？」
「ああ、今日は国家錬金術師の第一次試験だから。」
「え、それじゃあアルも資格取るんだ。でも何で？」
「オレより先に男に戻る方法を探すためだと。」
エドワードがちょっと遠い目になった。ウィンリィもその半歩手前くらいを眺める目になる。
「…執念ね。」
「まあでもそう簡単には合格しないと思うぜ、今年の筆記試験の問題作成オレだから。」
「そういう事もするの？国家錬金術師。」
「さあ？オレもこんな話が来たのは今年が初めてだったけど。何でも緊縮財政につきなるべく合格者を出さない方向で作ってくれって話だったからこれでもかと難しくしてみた。」
にやりと笑って言う。
「それ…アルは知ってるの？」
「知ってる訳ないだろうが。まあ万が一通過出来ても実技審査がアームストロング少佐と楽しく模擬戦闘らしいからまず無理だろ。」
それではアルに限らず合格者は出ないんではなかろうか。
大人って不潔、と心の中で呟いてみる。
「まあオレとしてもアルよりも先に男に戻る方法を見付けなきゃならないし。」
うっすりと笑うその表情は花のような美少女なのに確実に『兄』の顔でもあってウィンリィは軽く混乱した。
「お兄ちゃんの沽券にかかわるから？」
「それもあるけどな。…まず自分で試してみて、安全が確認出来てからでないとアルに試せないだろ。」
当然のように言い切るエドワードに、今度こそウィンリィは挫けた。

「あんた、その兄バカは一生治らないわね。」
言われて軽く首を傾げたのが、また決定的だった。