「あ、そう言えばボスの弟さん来てたんですってね」
無税府主義者の地下組織をえげつない方法で内部分裂させ、残党を片っ端から潰して壊滅させるという仕事をロッシ少尉と共に終えたリンド中尉が、報告書をまとめながら言った。
端で黙々とトレインジャックの報告書を作成していたリース軍曹も手を止めた。
「そうなんですよ、偶然」
諸々の理由で報告義務を軽減されたブロッシュ曹長がお茶を手に朗らかに答えた。
「偶然?」
「うん、帰りに乗った列車に乗り合わせてたんです」
「…曹長たちが帰りに乗った列車…と言うと、乗っ取られかけた例の奴だったよな?」
「乗り合わせたのか…偶然?」
気まずそうにリンドは眉を顰めた。
「偶然、でしょうね」
静かにリースが断言した。ブロッシュが軽く肩をすくめた。
「狙って乗れるようなもんじゃないでしょう」
「……普通の民間人ならな」
ブロッシュとリースが乗り合わせたのは偶然ではない。ロッシたちが誘導しリースは知っていて乗った。許可はエドワードが出していた。
難しい顔で考え込むリースとロッシに、ブロッシュとリースは顔を見合わせた。
「何か問題でも?」
「…ボスの弟、と言うのは普通の民間人とみなして良いものかしらって思って」
ロッシは誤魔化すように笑顔を取りつくろった。微妙に女言葉が混ざったのは動揺の表れだった。
「少なくとも、ボスはきな臭いことに巻き込みたくはないと思っているでしょうね」
「ボスがそう思っていたとして、弟さんがどう考えてどう行動しているかは分からないじゃない?」
「アルフォンス・エルリックは兄の意に反するような真似はそうそうしないですよ」
少しも迷うことなく言い切ったリースに、リンドは戸惑いを隠せなかった。
こういった場面でいくつものケースを想定し、中でも疑惑やよくない予測を立てるのはリースやロッシの役割だった。ちなみに楽観論はブロッシュが担当し超現実主義的見解はカークが、そして現実的中庸路線はロスが受け持っている。その中から妥当な線を驚異的な勘で引き当てるのがボスであるエドワードの仕事だった。本人曰く勘などではなく論理的な思考段階のまっとうな帰結なのだそうだが、その判断過程があまりにも短い上、周囲に対しての説明がきわめて貧困なために「野生の勘」としかみなされていない。
そう言った役割分担を超えて、リースはアルフォンス・エルリックに対して絶対的な信頼を持っているようだった。
リンドの困惑を説明不足から来るものだととったのか、リースは言葉を重ねる。
「つまり、中尉が懸念するように彼がどこかの反政府勢力に秘密に参加しているとか、どこかの議員や将校の裏工作に荷担しているとかそう言うことはまずないでしょうと言うことです。」
「無茶したボスを叱り飛ばすために国家権力掌握しそうなところはあるけど、今のところはそこまでしなくても薬は効いてると思ってるみたいだからそこまではしないだろうし」
「そうですね。」
見るところはちゃんと見ているんだなと内心でリースはブロッシュの評価を付け直した。
「…は?」
「…叱り飛ばす?ボスを?」
「………そのために権力掌握?しそうな弟?」
愕然としたロッシだったが、軽く頭を振って気を取り直す。
「エルリック兄弟の噂は聞いたことがあるけど、そう言えば弟単独ではあまり話を聞いたことがないわ」
「そりゃボスがボスだから」
「…改めて聞くけど、ボスの弟さんって、どんな人?」
ブロッシュとリースの様子からすると信用に値するようではある。だがただそれだけでは心許ない。判断材料は多い方が良いに決まっている。
「どんなって」
思案げにブロッシュは視線を宙にさまよわせた。
「…身の丈2メートル以上」
「…強靱な鉄の身体」
「ボスがケンカで勝てた試しがなくて」
「ある意味ボス以上の胆力の持ち主で」
「錬金術もボスに引けを取らない、国家錬金術師クラスの技量を持ってて」
「必殺技は腹から猫を飛ばすキティ・アタック」
「…ごめん、それどんな化け物?」
ロッシが頭を抱えた。
「化け物って失礼だなー」
「あ、ボス」
入ってくるなりエドワードは決済の終わった書類を山盛りにした書類箱をロッシの机の上にどんと置いた。
と言うか何故アルが腹で猫を飼っていたことを知っているんだリース。いやさ元ブラッドレイ大総統。
つっこみたくてもつっこめずにリースをにらみつけるが当の本人は涼しい顔だった。
「だってボスよりケンカ強くてボス並に錬金術使えてしかも度胸があるって一体どんな怪物君ですかって」
「そっちかよ!身の丈2メートルオーバーとか鉄の身体とか腹から猫とかは違うのかよ!」
「いやあそれは噂で流れてましたから」
派手な属性の方が流布しやすいものである。遠い目でエドワードは己の過去を顧みた。
「…鎧なら今はもう脱いでるよ。だから今は身長2メートル未満の好青年だよ」
「自分の弟を好青年とサラリと言いますか、普通」
「他に何て言やあいいんだ!金髪金目で笑顔のさわやかなハンサムだぞうちの弟は!」
「ボスって…ブラコンだったんですね…」
呆然と呟くリンドにブロッシュが驚愕の目を向けた。
「何を今更!?」
「周知の事実だとばかり」
リースも言い添える。ロッシとて噂には聞いていたのだが、目の当たりにするとその衝撃は大きい。
ここまでとは、と言うのが正直なところだった。
「でもボスは本人のいるところでは絶対に言いませんからねー」
「当たり前だ」
言う必要なんかないだろう。そう言って偉そうに胸を反らす。
リースがそんなエドワードを指して、言った。
「こんなボスの弟を生まれたときからやっている弟さんですよ」
それがとどめとなって、リンドもロッシも納得するより他になかった。

(300308拍手お礼/070908)
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