リゼンブールの錬金術師はなかなか目を覚まさなかった。

彼に引き合わされてからジャンの生活はほんのわずかだが変化した。
だがそれは本当に微々たるものではあった。早朝に起きてグラム農園に行き日のある間中汗を流し、日が暮れたら家に帰るという基本的なところは全く変わらなかった。農園は広くてやることはいくらでもあったし、まかないは相変わらず美味かった。表面的には何も変わらなかったとさえ言えた。
ただ、合間合間に隠し階段を上がって錬金術師の様子を見に行くようになった。
検診はロックベル医師が定期的に行っている。医学知識もない自分が顔色をうかがったところで何が変わるわけでもない。
それでも、ジャンはたびたび錬金術師の顔をのぞき込み、小さく声をかけてみていた。
錬金術師はぴくりとも動かない。良くできた人形が横たわっているのだと言われればきっとそう信じてしまっただろう。直接触れてみる勇気はなかったが、ロックベル医師がそうしていたように口元に手をかざしてみて、かすかに空気が動くのを感じてほっとしてみたりはした。
ロックベル医師はそんなジャンを見て笑った。
あれから彼女の態度はかなり軟化した。直接面と向かって言葉を交わすことでようやくジャンを「ロムアルド・ハボックの息子」ではない一個人としてみられるようになったと言っていた。
「話してみると、本当に違ってたね」
「そんなに違うもんすかね」
「うん。今にして思えば、何で瓜二つだと思っちゃったんだろうってくらいに似てないね」
1年も経過する頃にはそう言ってからから笑うほどになっていた。今では酒飲み仲間で煙草仲間だ。
「ああ、そう言えばうちのお袋にもそう言われてたっすね。あんまり似てないって」
「お袋さんに似たのかい?」
「いや、どちらかと言えば伯父貴譲りとか言われることの方が多いっすよ。酒とか煙草とか」
「ほう」
「学校のトイレで吸ってるのが見つかった時に校長がそんなことを言ってましたっけ。昔同じ事を伯父貴がやって同じように叱られたって」
「あっはっは」
豪快に笑ったロックベルは、キセルで灰皿の縁をかんと叩いて目を細めた。
「ロムアルド・ハボックはそう言うことしそうになかったね」
煙草は吸わず、酒も飲まない。まじめで冗談を冗談と取らず、こうと決めたことは曲げない。
「岩のように頑固でね」
ぽつりぽつりとこぼされる言葉の端をつなぎ合わせて、ジャンはロムアルド・ハボック像を想像した。
この村には1週間ほど滞在していたようだ。情報収集として村の人間の話を聞いて回っていたが、最初にあった結論は崩さなかった。
つまり、エドワードを吸血鬼であると断定し、その存在を滅ぼすという目的のためだけに行動していた。
エドワードが村の人々に慕われていると聞いてもそれは懐柔されているのだと言うことになったし、エドワードの錬金術が人々の助けになると聞いてもいずれはそれが害悪になるだろうという予測を下した。とにかく、エドワードの存在それ自体が悪であり滅ぼされるべきなのだという確固たる信念を貫いた。
「あんたの目には、どう映るんだろうね」
「どうって…」
「今のエドは、はっきり言ってただの丸太みたいなもんだからねえ。こんなんを見て色々判断されちゃ困るよ」
「丸太って。こんなべっぴんなお人形さん指して丸太はないっしょ」
それを聞いたとたん、ロックベルは豪快に笑った。腹の底から内臓も一緒に吐き出してしまうんではないだろうかという勢いで笑うので、ジャンは密かに心配になった。
「あー…うん、そう、そう言うことを言いそうだから判断は保留にさせてもらうって言ったんだよ」
「ええと?」
「起きたエドを見たらそんな感想は絶対に出てきやしないよ。それだけは確かだ」
ようやく笑いを納めたロックベルは息も絶え絶えになりながらそう請け負った。目の端に涙がにじんでいた。
「見た目で判断できないってことっすか。」
「まあ、端的に言えばそうかな」
ジャンはもう一度眠れる佳人を思い出した。無骨な機械鎧の腕を見せられてもなお、全体に端整というか繊細なたおやかさが漂っていたと思うのだが、そんなことはとても口に出しては言える雰囲気ではなかった。そうしたら今度こそロックベルは笑い死んだことだろう。
「…見た目で判断できないって言えば。ラストさんもそうっすね」
ジャンは短くなった煙草を未練がましくもう一度くわえた。ん、とロックベルが首を傾げるのを目に入れる。何となくそれを真っ正面から見るのは気恥ずかしい気がして、視線を逃がすように煙を宙に吐いた。
「ラストさん?」
「あの人、何者なんすか」
「…見た目で判断できない人だというのは確かだけどね」
煙草をキセルに詰め直し、ジャンに倣って深く吸い込んだ。同じように宙に向かってぷはぁっと煙を吐く。
「正直なところ、あの人はよく分からないんだよ」
「ただ者じゃないのは分かるんすけどねえ」
「ティムさんの祖父さんの、お姉さんだとか聞いたことはあるけど、それ以上のことは知らないんだよ」
「はい?それってつまりあの人大伯母さん?ティムさんの?え?あの人歳いくつ?」
「女性に歳を聞くのはタブーだよ。覚えておおき、お若いの」
にんまりと笑われてしまった。ばつの悪さにがしがしと自分の髪をかき回す。
「…肝に銘じておく。」
「そうしときな。…でも、情の深い人だと思うよ」
「そう…なのか?」
「でなきゃエドなんて放ってどこでも好きなところに行ってしまってると思うね」
こんな小さな村にいつまでもかかずらってないでさ、と静かに笑う。
どこかでずきりと痛みを感じたような気がしたが、ジャンは気付かぬふりで目を伏せた。
もしかしたら彼女と錬金術師は恋仲だったりするのだろうか、と考えたりすることはあった。そう考えるのは今に限ったことではない。
だが、ジャンの目にはどうもそうは見えなかった。眠るエドワードを見るラストの目は確かに優しく、目覚めて欲しいという切実な思いのにじむものだったが、それが恋愛感情に基づくものかと言われるとそうではないと思えた。あれを恋とは呼ばないだろう、とひとしなみの恋愛経験しかないジャンにも判断できた。
ただそれがそう思いこみたいだけの願望から来るものだと言われたら、否定はできない。
一連の苦渋とまでは行かないほろ苦い感情を、吸い込んだ煙とない交ぜにしてジャンは飲み込んだ。
「…まあ、エドが目を覚ましたら聞いてみると良いよ。」
エドなら多分、大体のことは知っていると思うから。ジャンの飲み込んだ苦みを知っているのかいないのか、ロックベルが白い煙と一緒に吐いた言葉にジャンは曖昧にうなずいた。

(140109)
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