駅に降り立ったときから、奇妙な感じはしていた。
強いて言うならちょっと人より背が高いくらいでそう目立つような容姿でもないはずなのに、何だかやたらと注目を浴びているような気がしていた。
それが小さな子供だったら見知らぬよその人を見たという好奇の目だと納得できる。実際、こんな田舎町の子供達には良くまとわりつかれた。余所の人間が珍しい一心からなのかはたまたハボックに子供を引きつける何かがあるのか、(後に「子供は自分と遊んでくれる人間を嗅ぎ出す嗅覚は恐ろしく発達してるからなあ」としみじみと言われた)大抵の子供は目が合うとにこっと笑って手を振ってくれたりなんかしてくれた。あるいは妙齢のお嬢さん方がちらちらと嬉しげに見てくれたりなんかするのであればとても喜ばしいものだったのだが、そんなことは哀しいほど起こらなかった。都会の洗練されたお姉さん達と違って奥ゆかしいのだ、と無理矢理自分を慰めた。
ハボックは大きく溜息を吐いた。ついさっきも金髪のお姉さんににらまれたところだった。子供に「先生さよーならー」と挨拶をされてにこにこと手を振っていたところまでは生き生きとした目をしたいい感じのお姉さんだったのだが、ハボックの姿を目にした途端に目を見開いてそのまま親の仇にでも会ったみたいな形相でにらみつけられた。
相手とは初対面のはずだ。記憶力に自信があるわけではないがこの村に来たのは全く初めてだった。この村以外のどこかですれ違うくらいのことはあったかもしれないが、それであそこまで悪感情を叩き付けられるようなことはないだろう。
「…となると、やっぱここでいいわけかぁ…」
つるりと自分の頬を撫でて天など仰ぐ。
「……一体何やったんだ、親父殿は」
胸ポケットにしまわれた写真が答えを返すはずもなく、視界に入れるのも不快だとばかりに金髪美人がきびすを返したその先を、茫洋と見つめた。

ジャン・ハボックが実の父親のことを知ったのはつい最近のことだった。
物心ついた頃から母親と共に伯父の元に身を寄せて、従兄弟達と何もかも一緒くたにされて育っていた。父のことは疑問に思ったこともないではない。だが無口だが分け隔てなく愛情を注いでくれる伯父を見て、父親とはこういうものだと思いこんだ。見たことも聞いたこともない実の父親というものにほとんど興味も抱かなくなっていた。
その存在を知らされたのは、それなりに学校など卒業してさてこれからどうやって独り立ちしていこうか、と言う時期だった。
それは唐突に前触れもなくやってきた。父の親族の代理人だとか言う男がやってきて、父の財産の分け前がどうとか言う話をほぼ一方的にして帰っていった。
母も正直手に余ったようでしきりに首を傾げていた。
「あの人がそんな財産を残しているとは思えないけど」
正確には財産とはいくらかの土地の所有権と何だか良く分からないが膨大な量の蔵書だったらしい。ふっつりと姿を消した父親の残したものが宙に浮いたままなのだそうだ。
土地も蔵書も皆処分してしまいたい親族は、手続きしようと色々調べていたところジャンと母親の存在も見付け出してしまった。
「でもあの人が死んでいると決まったわけでもないのよね」
「そうなんだよなあ」
そこで初めて母子は父親のことについて話し合った。
見解はほぼ一致した。財産等についてはあまり興味がない。あって困ることはないから、先方の言うこちらの取り分はありがたく頂いておくことにした。
ただ、父を行方不明のままにしておくのはちょっと寂しい、と母が言った。
親族も手を尽くして調査したのだが、父の足取りは杳としてつかめなかった。
「…俺が探しに行ってみようか」
専門家が探して見つけられなかったものが学校出たての若造に見つけられるとは思えなかったが、ジャンはそう提案した。
いつまでも親子共々伯父の厄介になっているわけにも行かず、かといってはっきりとした進路も決まっていなかったジャンは、父親と自分の生業とを一緒に探してやろうと考えた。
それには父親のたどった道をなぞってみるのも悪くはないだろう、と思いついただけだった。
母親はしばらく思案していたが、やがてしょうがないわねえ、と苦笑した。
「そう言うところはあの人にそっくり」
他はあまり似てないのにねえ、と付け足した。母が言うには、父はたいそう頭の良い学者様だったそうだ。ただ良すぎてあまり世間的には理解されなかったらしい。
頭脳労働者のタイプではないジャンにはピンと来なかった。とにかく、母は親族の調査報告書の写しと、たった1枚だけ残っていた父の写真とを息子に渡した。
写真を見てジャンは愕然とした。
「お袋、他はあまり似てないってのの、『他』って何だ」
自分に瓜二つの男が鹿爪顔で写っている。黒い外套と揺るぎない視線がいかにも賢そうで、それだけで自分とは別人だと分かる。
「あら、見た目も結構似てたのね」
「気付いてなかったのかよ!」
そうね、あの人の顔も正直忘れかけてたわ、ところころ笑った。あまりにさっぱりと笑うものだから、心の奥底で母を残していくことにかすかな不安を抱いていたのだがきれいにそれは払拭された。
そうしてジャンは10年以上も前に姿を消した父の足取りを追う旅に出た。
学者であったという父の研究内容は、ジャンには理解できないものだった。論文や研究ノートも目を通してみたが難解でさっぱり理解できなかった。時々判別できる単語もあったが大概の文脈は意味不明だった。学者の中には他に研究成果を盗まれないようにわざとそう言う体を取るものもいる、と聞いて一応は納得した。
手がかりになりそうな地名や固有名詞らしきものだけを拾って地図を広げ、丹念に追ってみると、ぐるりと国内を巡っていた。
調査報告書の中の断片的な地名とも重ね合わせて可能性の高そうな所を順に巡っていくことに決めた。
そうしていくつかの町を回り回って、とうとう東部の小さな町、リゼンブールへとたどり着いた。
これまでも何回か父の顔を見た覚えのあるらしい人々にも会い、その度に驚かれたものだったが、この町での反応がもっとも顕著だった。
だが、正直あまりその反応はいささか嬉しくないもので、ジャンは困惑していた。
とにかく、人に話を聞こう、と近くにあった雑貨屋の戸を叩いた。

入った途端に、やっぱり人の良さそうな店主の顔が凍り付いた。
「あ…」
「…ええと。少しお聞きしたいことがあるんですがね、いいっすか?」
丁度買い物を終えてひとしきりの談笑に花を咲かせていたらしい女も、ゆっくりと振り向いて目を瞠った。
先の金髪美人とはまた趣の違う黒髪の美女は、やはりあまり好意的ではない視線をジャンに向けた。
「ああ…何だい?」
「この顔に、見覚えはありませんかね」
聞くまでもないとは思ったが、写真を取り出して2人に見せる。店主が身を乗り出してのぞき込み、目をしばたたいてはジャンの顔と何度も見比べた。美女も思案深げに写真を見つめている。
「ロムアルド・ハボックね」
ぽつりと女が呟いた。店主が息を呑む気配を感じた。
「と言うことは、やっぱりこの村に来たことがあるんすね」
「失礼だが、あんたは?」
「息子です。まあ、お互い顔を見たこともない親子なんすけど」
そこでジャンはかいつまんでこれまでの経緯を話す。これまでも何度か繰り返していることなので流れはよどみない。
聞き終えた女は大きく頷いた。
「あなたもあの男にはずいぶん迷惑をかけられたようね」
「…いや俺は最近まで存在すら知らなかったんでそう被害は被っちゃいないんですがね」
これまで聞き取ったところではなかなか印象深い足跡を残しているようだったことは否めない。取っつきにくいが穏やかな学者だった、けれども時々奇妙なことにこだわって人が変わったかのように偏執的になることもあった、との意見が大多数を占めている。息子が損害賠償を請求されるようなことはしでかしていないようだが、「あああの偏屈な学者さんの」と言われ続けるのもそろそろ辛い。
「確かに、この村にも来たわよ。もう10年以上も昔のことになるけど」
店主が気遣うように女をちらちらと見た。安心させるように、女は艶やかに笑った。
「最後にあの人、またこの村に戻って来るって言って姿を消したわ。その後のことは、誰も知らないと思うわ」
「そう…すか」
ジャンは大きく溜息を吐いた。
女は写真を取り上げてジャンと並べて見た。軽く首を傾げ、「似てるけど、似てないわねえ」と呟いた。
「それで、あなたはこれからどうするの?」
「どう…って…」
「ロムアルド・ハボックの足取りはここで途切れちゃったけど、まだ追うの?」
ジャンは考えた。「死んでいるのか生きているのかだけでも確認したい」という気持ちはまだ消えていない。だが、手がかりはここで途切れたこともまた確かだ。
更には、確認した後、ないしは確認できなかった後のことは実はいまだに何も考えてはいなかった。ただ足取りを追うことにだけ集中して、他のことは考えないようにしていた。
自分に何が向いているのか、なんて事は父親の行方同様さっぱり見えても来なかった。
それならば、と女はひとつ提案をした。
「あなた、この村に住んでみない?」
「は?」
突拍子もない提案に、ジャンのみならず店主もあんぐりと口を開けた。
「この村のはずれに、1軒の家があるの。そこに住み込んで、あなたはロムアルド・ハボックの帰りを待ってみるって言うのはどう?」
「ちょっと、ラストちゃん、それは」
「人の住まない家は荒れるって言うじゃない。一石二鳥でしょう」
条件はいくつかあるけど、そう難しいことではないわ。そう言って、ラストと呼ばれた女は花でも開くように笑った。

こうしてジャンはリゼンブールの村はずれに、奇妙な下宿生活を始めることとなった。

(110208)
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