今年の夏は異様に暑い。
連日太陽はその力を十二分に振りまいて、うだるような猛暑が続いている。
「暑い…」
「…………。」
「溶ける…」
天井にはエドワードが仕掛けたプロペラがゆっくりと空気をかき混ぜている。窓は当然全開だった。だが外からの風はぴたりと止まり熱っぽい空気の中にただひたすら沈殿する。
「…暑いんだよね」
「暑いよなー、どうかしてるよな、今年の夏は」
ブリッグズかいっそドラクマまで避暑に行けば良かったか、と半ば本気で呟く。水辺なんかも涼しいかもな、カウロイ湖なら今から荷物まとめても行けるか？
そう逃避の計画だけは口にするものの、エドワードはぴくりとも動こうとしない。動くだけで暑さがにじみ出る気がするらしい。
「暑いからね、カウロイ湖周辺は今年すごい混雑だって」
「あーやっぱりなー、でも南部だからやっぱり暑いよなー」
「暑いよね。暑いんだよね、本当に」
「んー」
「…暑いなら、どうしてそう人にぴったりくっついてくるわけ？」
床に直に座るアルフォンスの背にぴたりと脇腹をくっつけてもたれかかっている。寄りかかられているアルフォンスも当然暑い。
「んー…溶けたいかなーって」
返る答えは答えになっていない。と言うか訳が分からない。
だが声にはらんだ熱と言い語感と言い、アルフォンスを煽るには充分なものだった。
「………うん、でも分かってて言ってるわけじゃあないんだよね。」
「何が？」
「ただ頭の中にある言葉を口に出しただけなんだよね。…だからかえって質が悪いというか」
広げていた新聞を畳んで深く溜息を吐いた。背後でエドワードが体勢を変えて、より密度が高くなる。
べたりと抱きつくような形になって、熱が上がる。
「暑くない？」
「むしろ、熱い」
「………………そう。」
「…庭に水でもまくか？」
体勢を変えたことで目に入った庭の草木が心なしかしおれていた。夏の日光など大好物みたいなひまわりさえもうなだれているのを見れば、さすがに哀れになってくる。
「良いけど、自作水鉄砲の使用は禁止。」
「ええー？」
「あれ、水圧強すぎるから。この間垣根を破っちゃったじゃないか」
「ちぇー。じゃあスプリンクラーでも錬成するかなー」
庭木と一緒に自分も水浴びする気満々だった。
「でも、水をまくなら午前中の方が良かったかもね」
今からじゃ焼け石に水かもしれない。まさに文字通り。
エドワードは庭を見ているアルフォンスの顔を恨みがましい目つきで見た。アルフォンスの背中の辺りから上目遣いにようやくのぞき込む角度だったので、アルフォンスからは当然その顔は見えない。
「午前中、起きられなかったのは誰のせいだったかな」
「…すみません。ボクのせいです」
「分かってんなら無理言うな」
腕を伸ばしアルフォンスの首に巻き付けぎゅうっと抱きしめる。
「熱い！苦しい！てか、本当に、あの」
「暑さも限界ぶっちぎればかえって感じなくなるとか、ないか？」
「ないよ！」
がっちりと組まれてる腕を外そうともがいてみたがどうも無理だった。そのうち重心がずれて二人はもろともに床に転がった。
比較的ひんやりとした木の床に頬を押しあてて気持ちよさそうにエドワードは目をつぶった。
「…あのさ。思い出したんだけど、人間は外見に内面も引きずられるって話があるんだってね」
「何を藪から棒に」
溜息を押し殺した風に話し始めるアルフォンスに、エドワードはやや面食らう。
「まあまあ。たとえば制服を着るとそれっぽく見えるでしょ。そのうち本人もその気になってきて内面からそれっぽくなっていくって言う」
「ああ、形から入ってくって奴か。」
「そんな感じ。大人っぽい服を着る人が大人っぽいのは、大人ぽい服に似合うように振る舞っているうちに自然大人っぽくなるんだとか。」
話を聞きながら、エドワードはアルフォンスの首筋ににじむ汗を見ていた。暑そうだな、と他人事のように思う。
「…で、肉体もある意味、魂の服だよね。」
「お？」
「うん、絶対エドはその身体が歳取らない限り、内面も歳を取らないね。」
「つまり、お前はオレが子供だと言いたいのか？」
「…いや、ごめん。撤回する」
エドワードの腕の力が幾分ゆるんだのを見計らい、アルフォンスは身体を反転させた。床の上に寝っ転がり向かい合う形で額に額を合わせる。
「１９歳にしては、幼稚だと思う」
「てめえ、よりひどくなってるじゃねえか！」
オレはお前より１．５世紀は年上なんだぞ、年上はちゃんと敬いやがれ、などとわめいていたがじきに止む。

とても暑い日のことだった。