学校から帰ってきたエドワードは、アルフォンスを連れてきていた。
「本を借りようと思って」
アルフォンスとしては、当初は本当にそんな軽い気持ちからだった。若干の下心はともかく、覚悟だとか度胸だとか、そんなものはこれっぽっちも携えてはいなかった。
扉を開けて迎えてくれたフレッチャーの微妙な表情に、その後のことを予測するだけの予備知識は全くなかった。

「実は、今日は兄さんが晩ご飯を作ると言ってるんです」
「へえ、そうか」
「普段はどうしてるの?」
この家のことだから家事はすべて当番制になっていても不思議はなかった。
「食事はオレが作ってる。ラッセルが掃除洗濯で、フレッチャーがその手伝いだ」
当番ではなく分担制になっているようだった。
「こいつに任せていたらいつまで経っても人間の生活空間は完成しないからな」
ラッセルがじろりと家主をにらんだ。確かに以前とは比べようもないくらいに家の中はきれいに片づいている。「散らかってきたな」と感じる許容範囲がラッセルとエドワードではかなり違うらしい。フレッチャーがほんの少し苦笑する。
「こいつが台所はお前のテリトリーだから、一応お前が帰ってきてからにしろって言うんで待ってた。だから晩飯は遅くなるぞ」
「別に勝手に使って構わなかったのに。」
「ほら、だからこいつは絶対気にしないだろって言ったんだ」
大雑把な奴だから、とラッセルはフレッチャーに向かって評した。フレッチャーは曖昧に笑う。
「でも兄さん、台所のどこに何があるのかも良く分からないでしょ?エドワードさんについててもらった方がいいと思うよ」
「それもそうか?」
「だから好き勝手にしてくれても全然構わないって…」
「とにかく!よろしくお願いします!アルフォンスさん、今お茶入れますから向こうへ行きましょう!」
強引に話を打ち切り流れを変えるフレッチャーは非常に珍しかった。あまりの珍しさに、エドワードもラッセルもただ呆然と顔を見合わせた。
アルフォンスに至ってはぐいぐいと背中を押されるままに居間へと拉致されるばかりだった。
「…何だありゃ」
「…さあ?…じゃあ、作るか」
「おう。というかどういう風の吹き回しで飯作ろうなんて考えたんだ?」
オレの作る飯が口に合わなかったか?と首を傾げる。それにはラッセルもきっぱりと首を振った。
「そうじゃない。この間、フレッチャーが作ったろ」
「ああ、パンケーキ」
本を見て、所々エドワードの指導を受けながら休日のブランチとしては上出来なものを作り上げた。
「あれ見て俺もやってみようかと思って」
「ふうん。まあ良いんじゃねえ?やってみれば」
手伝えることなら手伝ってやるし。その時点ではエドワードもまた気軽に考えていた。

「…すみません、ご迷惑をおかけします」
居間までつれてこられてすぐに、フレッチャーは深々と頭を下げた。
「どういうこと?」
「…何と言っていいか…兄さんの料理は、多分アルフォンスさんの口に合わないと思うんです」
「…ラッセルは料理が下手なの?」
何かを諦めたような目でフレッチャーは台所の方を見た。
「下手、というか…何故か兄さんの作る料理は…その、一般的な味がしないんです」
それを料理が下手というのではないか、とアルフォンスは思った。
「ぼくらの母さんが亡くなってからずっと兄さんはぼくのご飯を作ってくれてたんですが、それでぼくも長い間それが普通の味だと思ってたんです」
「…違ったんだ」
「はい。お店で食べるものと違うって言うのは分かってたんですけどそれはプロの人が作るからだって。普通の家での料理はこうなんだって思いこんでいたんですけど、エドワードさんの作るご飯がお店とそう変わらない味だったので気付いたんです」
「エドの作る料理はむしろ家庭料理だけどね」
母親の作る料理の味を再現しようとした努力の成果だと聞いていた。「結局田舎料理な訳だがな」と照れたように謙遜していたがそれでもなかなかなものだった。聞けば方々を旅して回っていた頃に覚えた味も影響しているらしい。シン国風鶏のスープパスタにはリンが感激していた。
フレッチャーも深々と頷く。
「ええ。エドワードさんの作るご飯はおいしいです。それは兄さんも認めているんで、兄さんが味覚障害ってこともないと思うんです」
「…そんな。せめて味音痴くらいにしておこうよ…」
「いえ、そんな生やさしいレベルじゃないんです」
いやにきっぱりとした目でフレッチャーは言い切った。
「何か変わった手順で作ってるのかと思って、でも何が普通か普通じゃないかも良く分からないんで、この間の休みの日にエドワードさんに教わって本を見ながらちょっと作ってみたんです。…でも、兄さんが作る手順に変わりはなくて拍子抜けしちゃいました」
そしてできあがったものは店で食べるものやエドワードの作るものに近い、つまりはまっとうな味だった。
「どこかで何か変なものを入れちゃうとか」
「はい、それも考えましたけど…記憶にある限りではやっぱりごく普通の調味料をごく普通に使ってるんですよね」
つまり、兄の破滅的な料理下手の決定的な原因は発見できなかったのだった。
「それで今度は兄さんに実際に作ってもらおうと思ったんですけど…」
「ボクが来ちゃった、ってわけか…」
アルフォンスが悪いわけではなく、タイミングが悪かった。
「慣れてるぼくだったら大丈夫だと思うんです。…エドワードさんには、知っておいてもらった方がいいと思って」
「………そこまでひどいの?」
「食べられないことはない、と思います。他に食べるものがなければ」
この少年にしては辛辣だった。だがそこに誇張はない。
「…でも、今度はエドワードさんもついてるし、本も見ながらだからなんとかなるとも思いたいんですよね…」
あくまでも希望的観測なのが悲しげだった。

しかし。そんなフレッチャーのささやかな願いは叶えられることはなかった。
「…なあ、ラッセル。お前本の手順通りに作ったよな」
「作ったな」
「材料も分量通りに計って入れたよな」
「入れたな。意外と計量スプーンも計量カップもそろってるんで驚いた」
てっきり家主は目分量で適当に作っているものだと思っていた。実際普段のお総菜づくりはそんなものではあったが、ラッセルはエドワードも科学者の端くれだと言うことをうっかり失念していた。
どうやら料理が終盤を迎えたらしい気配を読みとって、フレッチャーとアルフォンスも台所をのぞき込む。
寸胴鍋を真ん中にして、ラッセルとエドワードは眉根をよせて相対していた。
「出来たの?…というか、何を作ったの?」
「…合成着色料は一切使用しておりません」
エドワードの一本調子な回答は決して答えになってはいなかった。
「ええっ?!この色で?!」
「兄さん…本当に一体何を作ったの…?」
鍋の中には不自然なほどに鮮やかな紅い何かが煮込まれていた。
「何って…普通に肉と野菜のスープを、本の通りに…」
「…何か、妙な感じがするよ、これ…」
アルフォンスは味見用の小皿とお玉を手にしたものの、本能がそれ以上の行為を妨げた。口にすることはもちろん、触れてもいけないと激しく警鐘を鳴らす。
しばらく渋面で鍋をにらみつけていたエドワードだったが、意を決してパン、と手を合わせた。
「あ」
鍋の中身はきれいに雲散霧消した。
「作ったお前だって、あれを食う気にはならなかっただろうが」
「……。」
その通りだったのでラッセルも何も言えなかった。
「大した才能の持ち主だよ、お前は」
でも今後一切台所仕事はするんじゃない、と厳しい顔で家主は言い渡した。

しかしその言葉の真の意味を知る者はいない。
ラッセルの参考にした本は、ティム・マルコー著「今日の献立1000種」だった。

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