アルフォンスたちがトリンガム兄弟と連れだって教団から抜け出した後、ようやく目を覚ましたワグネルの目の前でエドワードはパン、と手を叩いた。
何かの錬成だろうか、とリンはぼんやりと見ていたが、何か目に見えて錬成された様子はない。
ただエドワードが低くくぐもった声で何かを呟いている。ふっとワグネルの目の焦点が消えた。
もう一度エドワードが手を叩くと、ワグネルは再びふっつりと意識を失い倒れ込んだ。
「何をやっタ?」
「んーお説教、みたいなもん」
それを聞いたハボックがさっと顔色を変えた。…悪ガキ時代の経験が脳裏を過ぎったらしい。
「大したことじゃない。幻覚物質を錬成して、軽い催眠術をかけただけだ」
それから声を潜め、他の誰にも聞こえないように小さく笑う。
「…その昔、東の大国の主にかましたものとほぼ同じものだ」
「あア」
すぐにリンはヤオ宰相もののもっとも人気のある一節を思い出した。
とするとこの外道錬金術師はいにしえの皇帝と同じく永劫の夢を巡ってくるのだろう。その道筋は皇帝とは異なっているのだろうが、彼の皇帝が思い知らされたようにこの世の真理の一端に触れ罪を罪として認知するような誘導をかけられている。
「戻ってきた奴が罪の重さに耐えうるかはまた別の話だ。」
それはエドワードの施したわざとは関係がない。軽くワグネルの頭をこづいて寝かせ、立ち上がる。
顔を上げると、思い詰めたような表情のロイと目があった。
「…あなたは何者ですか」
「教師だよ」
飄々とした調子であっさりと答える。
当然のように納得できないらしいロイは答えは返らなかったものとして続けた。
「錬金術に関する高度な知識を持ち、錬成陣を描かずに錬成する。どこかに前もって錬成陣を用意していたのかと思えば、その錬成するものは一通りではない」
「錬金術の教師だからな」
「あんたが錬金術教師の標準なら世の教師は皆失業だよ」
ハボックのつっこみにはリンも全面的に賛成だった。
「…加えて金の髪に金の目。失礼だが、その手袋の下は義手では?」
「うん、まあ。昔事故でな」
リザが軽く目を瞠った。義手だと言うことにも驚いたのだが、ぶしつけを承知で踏み込んだ質問をするロイを今まで見たことがなかったのだ。
「それに、エド、と呼ばれていた。フルネームを伺っても?」
リンがこくりと息を呑む。
動揺も見せず、何でもないことのようにエドワードは答えた。
「エドワード・エルリックだ」
ハボックが天井を仰いだ。
リザが小さく「鋼の錬金術師…?」と呟いた。世間の常識ではそれはおとぎ話の中の人物だ。
全て得心がいった、と言うようにロイは大きく頷いた。
「なるほど。それでようやく分かりました」
「何がだ」
ああ胡散臭え。ロイの晴れ晴れとした表情を見てエドワードは内心毒づく。
何もこんな演技がかったところばっか遺伝子選択しなくても良いだろうよ、と歴代マスタング家の血筋に文句をつけた。
「マスタング家にはいくつか家訓が伝わっているのですが、その中で最も難解で意味不明なものがあるんです。歴代当主の誰も解けなかった謎の家訓ですが代々必ず伝えるようにと、厳重に申し送りがされているものです」
「謎の…?」
「ええ。『エドワード・エルリックは鋼の錬金術師だ』というものです」
そのシンプルな一文はそのままでは幼年学校の書き取りの例文のようにしか思われない。
けれども、目の前に『エドワード・エルリック』が現れたならば。
それは『鋼の錬金術師』、あの伝説上の人物と同一人物だと言う意味である、と解釈できた。
晴れやかなロイと裏腹に、エドワードからは表情がかき消えた。くるりと壁を向き、だん、と左脚で蹴った。白壁にひびが入る。
「ろくな遺言残しやがらねえあの無能…!」
次の休暇には墓参りだ。あいつの墓石をプレイメイツ風ミニスカのねーちゃんの石像に錬成してやる。武士の情けで改造なんちゃって軍服だ、ありがたく思え。
呪いと共に来週のスケジュールを埋めていく。その様子は傍目にちょっと怖かった。
呆れたようにリンが言った。
「だからせめて偽名くらい使えばよかったのニ…」
「あーダメだって。この人基本的に嘘吐くのがへったくそだから」
ハボックがひらひらと手を振った。
そのハボックをエドワードが振り返り、ぎろりと睨む。
「人のことが言えるのかお前」
「俺は頭悪いからさあ。でもあんたはもの凄く頭良いのに何故か嘘はつけないってか全部顔に出るんだよな、昔から」
ポン、とリンは手を叩く。
「だから『つく嘘は少ない方が良い』のカ」
「まあ、そう言うことだな。」
つかない嘘ならバレることもない。真理だった。
気を取り直し首を振り、エドワードはロイを見た。
「…まあ、だからって鋼の錬金術師がいましたーなんてあたりの人間に言ったところで正気を疑われるだけだと思うぞ?」
「分かっていますよ。口外しません」
「口止めの見返りが欲しいか」
そんなことはない、と言おうとしたがエドワードの顔を見てとっさに口を噤んだ。
うんざりした表情をしているのに、その目だけが何故か面白そうな光を見せていたからだ。
「口止め料と、うん、さっきワグネルにかました演説と合わせりゃ等価になるかな。あれは面白かった」
うんうんと頷いて、軽く眼鏡を押し上げる。
つま先で床に円を描き、とんと軽くそれを踏む。
「フェアリー・リングの効力は200年の期限付きだ。つまり後50年でフェアリー・リングは消滅する」
「それはどういう…!」
詳細な説明を求めるロイを、片手を上げて制する。
視線を礼拝堂の正面入り口へと向けると、警察がそこまで来ているのが分かった。
話はそこで途切れた。

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