「兄さん」

何となくそう呼びかけてみた相手は見事に固まった。
その手にあったミネラルウォーターの瓶がごとりと落ちた。まだふたを開けてなかったのでテーブルの上の洪水は免れる。
「…そこまで動揺しなくても」
アルフォンスは瓶を拾い上げてふたを開け、中身を持っていたグラスに注いでエドワードに手渡した。
エドワードはくーっとそれを一気に飲み干すと、ふぅーっと息を吐いた。
「何のつもりだ?」
にらみ上げる目はちょっとばかり剣呑だった。
けれどもアルフォンスが予想していたよりもそこに含まれる怒りの成分は少なかったので、軽く首を傾げた。
「何となく。どんな気分かな、って思って」
「何となくでそう言うことをするかお前は」
「びっくりした?」
アルフォンスから瓶を奪い取り、瓶から直接水を飲む。空のグラスと瓶とをアルフォンスに押し付けて頭を掻いた。
「びっくりというか、何つーか気色悪い」
「何で?ボクと弟さんは似てるんじゃなかったっけ?」
声も姿もついでに中身もそっくりだとエンヴィー達のお墨付きを頂いている。
ただ目と髪の色がエドワードと同じ金色だったと聞いている。彼のような太陽の色をまとうのはどんな気分かな、と結わずに下ろされたままの金髪を見ながらアルフォンスは思う。
「まあな。声も顔もそっくりだったけど、でもお前、オレのこと『兄さん』だなんて思ったことねえだろ。」
なのにそう呼ばれると違和感にざわざわする。見ろ、鳥肌。
そう言って袖をまくった。
アルフォンスは苦笑してその腕をとり、本当だ、と言いながら撫でた。
余計悪化するからやめろ。口ではそう言いながら手を引っ込めることはしなかった。エドワードはアルフォンスの好きにさせている。
「…弟なら、オレのこと名前で呼ぼうがバカと呼ぼうがボケと呼ぼうがアホと呼ぼうが、同じ響きだ。」
「…バカだのボケだのアホだの呼ばれてたの?」
「…………割と」
「……………そっか。」
年子の男兄弟なんてそんなものかな、と妹しかいないアルフォンスは考える。
その上もしかするとこれは微妙にのろけられているのではなかろうか。
白い生身の左腕をつかんだままじっと考え込む。
「おい?」
エドワードは左手を握って開く。
「どうした」
くるりと手首を返してアルフォンスの手から外しひらひらと目の前にかざす。
アルフォンスはその手をもう一度捕まえて、うーん、と唸りながらその指を口元に持って行く。
そのままエドワードの顔をじっと見つめる。わずかに目元が染まるのを認め、溜息を吐いた。
息が指に触れ、エドワードがわずかに目を細める。
「思うに、弟さんがエドの弟だってことは最大のアドバンテージで最大のウィークポイントだった訳だよね」
「…何が言いたいのか分からないぞ」
アルフォンス・エルリックの真意はどうあれ、エドワードにとって弟はどこまでも弟だった。
アルフォンス・エルリックにとってエドワードがどこまでも兄であったように。
「うん。…エドの弟であることがうらやましいなと思う反面、ボクがエドの弟じゃなくてよかったかもしれないな、とも思うんだよ」
「どっちだよ」
「エドの弟は永遠にアルフォンス・エルリックただひとりだ。ボクが彼の生まれ変わりだろうとそうでなかろうと、それは絶対に覆らない事実だ。…エドもちゃんと分かっていたように、ボクはエドを兄さんだと思ったことはないしこれからも思うことはないと思う」
エドワードにとっての唯一絶対の地位をアルフォンス・エルリックは永久に保持し続ける。
それがうらやましくはないとはとても言えない。
しかし彼はその代償に、別の座に就くこともできない。
「でも、」
何か言おうとしたエドワードの口をふさぐ。
アルフォンスは、「言わないで」と笑った。
「…何で」
「ボクは、エドの弟じゃなくてよかったなとも思っているんだよ?」
エドワードはしばらくの間アルフォンスの言葉を吟味して、やがて答えにたどり着いたらしく一気に赤面した。
「お前なぁっ…!」
「だからさ、エドを『兄さん』って呼んだらどんな気分なのかなって」
微笑みながら、アルフォンスはすっかり紅くなった耳殻に軽く口付けた。

(060906拍手お礼/031206)
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