「で、さっそくヒューズ先生から借りてきた本を読んでみた訳だが」
くだんの本を机の上に置き、何故かエドワードは一歩下がった。
「だっれが肩の上でくつろぐ子猫サイズの妖精さんだゴルラァッ!!」
怒鳴りながら手に触れた椅子をがっしゃんと床に叩きつけた。
他人様から借りた本を乱暴に扱うのはよくないという理性の声をくんでの避難措置だったらしい。
「エド、ストップストップ!椅子だけでなく床も壊れる!!」
「というかもうかつて椅子であったものでしかなくなっているゾ…」
アルフォンスになだめられようやく気も済んだのか椅子の残骸を手放した。まだぜいぜいと肩で息をし怒りの陽炎も揺らめいているような気もするが気にしないことにする。
「えっと…ヒューズ先生から何の本を借りたの?」
「ヤオ宰相ものカ」
「ああ、そのアメストリス語版」
アルフォンスは異国調の表紙絵のその本を手に取り、ぱらぱらと目を通してみた。
身なりのよい高官風の衣装を身につけた男の肩に、エドワードの言うとおり丁度子猫ほどの大きさの人間が座っている挿し絵が目に入った。
妖精らしく透き通った羽まで生えている。一体どんな話なんだろうと首を捻る。
ふとそこで、横から覗き込んでいたリンが難しい顔をしているのに気付いた。
「これってシン国の話?」
「あー…ああ、シン国でよく読まれている小説というカ講談というカ」
「何か原典と違う所があった?」
「違うというカ…誤訳というカ何というカ」
「原典ではどうよ?」
不機嫌なままけんか腰でエドワードが詰問する。
「ジンジンツィはシェン・シァンのはずだが…こんなにちっちゃくはない、と思ウ」
「え?でもシェン・シァンはこちらで言うフェアリーだって前に言ってたよね?じゃあこれで良いんじゃない?」
「…シァンレンとフェアリーは結構違わないか?」
3人は顔を見合わせた。
「…待て。一度整理しよう。この本は実はシン国語版からダイレクトにアメストリス語に訳されたものじゃない。間にアエルゴ語版を挟んでいる」
「アエルゴ語ではシェン・シァンはどうなっていル?」
「…類推に過ぎないがおそらくはル・フェだな」
「モルガン・ル・フェ?仙女の仲間?」
アルフォンスは連想した隣国の伝説の女性の名前を上げる。
「そう、その辺りだろうな。あとはメリュジーナとかな。何でも昔国王はメリュジーナの子孫だったとか言う伝説もあるくらいだ。見た目は人間と変わらない。…そんな訳だからル・フェとシァンレンならまあ当たらずとも遠からずだろうが」
「ル・フェとフェアリーは違うのカ?」
エドワードは静かに首を振った。その目がどこか絶望的だった。
「残念ながらほぼ同義語だ。それどころか語源的にもほぼ同じだ。が、フェアリーは一般的にもっと軽くて小さいイメージだ」
「………そうカ」
「おそらくフェアリーという訳語に引きずられて翻訳者のイメージが妖精に固定されてしまったんだな。」
「だから原文にはない大きさやら羽やらもくっついたのカ」
納得はしたものの、そこはかとなく心の裡に空漠感が生じる。
リン・ヤオの中の金睛子のイメージと挿絵の妖精さんとの間には埋めることのできない溝があった。
「で、このジンジンツィって妖精は、エドのことなの?」
ひとまず棚上げされていた地雷をアルフォンスが再び話題に戻す。
それはエドワードにとっても地雷だったが、リンにとっても大いなる地雷であった。
金睛子とジンジンツィ以上に、目の前の錬金術師と心の中の仙人とは結びつかない。
目が金色だとか長生きだとか、そう言えば錬成陣なしの錬金術って仙術っぽい気もするなとか、共通点が胸の内にかすめたりもしたがあえて目をつぶる。と言うか目をつぶりたかった。
「………そうなのカ?」
そんな万感の思いを込めて、真剣な顔でリンはエドワードに詰め寄った。頼むから否定しろ、と目で訴える。
負けず劣らず真剣な表情でエドワードは答える。
「リン・ヤオの案内でシン国回ったり時の皇帝に説教かました、金睛子と呼ばれる仙人ならオレのことだな」
無言の訴えはあっけなく棄却された。
「そこであっさり肯定するナ!シン国の子供達のヒーローなんだゾ!金睛子とヤオ宰相は!!」
「…そうなの?」
「ヤオ宰相は皇帝の叔父なのに気さくで庶民の意見にも耳を傾け聡明で、あらゆる悪事を暴いて円満解決するんダ!でもって金睛子は不思議な通力でヤオ宰相をサポートして、それでいて大食漢で俗事には疎くてそれが元でトラブルに巻き込まれたりしてそれが事件解決の糸口になったりするんダ!子供はヤオ宰相役と金睛子役は取り合いで終いにはヤオ宰相5人に金睛子7人で皇帝の不死を欲するを諫める之幕をやったりするんダ!」
熱く語られてもアルフォンスにはよく分からない。
しばし考えた後、自国の場合に置き換えてみた。
「つまり、アメストリスの子供が鋼の錬金術師ごっこをやるようなもの?」
はっと気付いてリンはアルフォンスとエドワードの顔を交互に見た。
「そ…そうかもしれなイ…!」
そこで初めてエドワードが鋼の錬金術師だと知った時のアルフォンスの驚愕が理解できたリンだった。
なんだか打ちのめされた様子のリンをよそに、エドワードは訂正を加える。
「でもまあ、オレがシンに行った時はまだリン・ヤオは宰相じゃなかったし。オレが説教かました皇帝は奴の兄で甥じゃあなかったし。でもって大食漢なのはオレじゃなくてリン・ヤオだ」
「そうなの?」
「コァンチーの街での包子50個早食い大会優勝者はオレじゃなくて奴だ」
「そうなんだ」
「…いやアル。そのリン・ヤオじゃなくてそいつの先祖だがな」
まじまじと傍らの友を見るアルフォンスに一応エドワードは言ったが、アルフォンスの中では完全に同一化されてしまっているようだった。
まあ大体同じだから良いか、とエドワードもそれ以上の説明は放棄した。約140年の時間のギャップは大きな問題ではないらしい。
「しかしオレは、オレのことを記録に残すなと、リンにも皇帝にもきっちり言い渡しておいたはずなんだがな」
「…てことは大筋では実際にあった出来事がお話に残っちゃってるんだね?」
アルフォンスが確認しエドワードは苦々しい顔で頷いた。
「ヤオ宰相と時の皇帝の信義のために言っておク」
ようやく復活したらしいリンが彼の先祖のために擁護する。
「金睛子の記録は、正史には残っていなイ」
「ほー…」
「でも民間のお話の中には残っちゃった、ってこと?」
「民衆の心までは縛ることはできない良い見本ダ」
思わず頭を抱えたエドワードに、リンは苦笑した。
「原典で読んでみるカ?何ならランファンに言って国許から取り寄せるガ」
ぱらぱらと手元の本をめくっていたアルフォンスも興味をそそられた。
「じゃあボクもこの本ヒューズ先生に借りて読んでみようかな」
「やめておけ」
「お勧めしなイ」
2人の制止が同時に入った。

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