まだ日も昇らぬうちに、アルフォンスは目を覚ました。
おぼつかぬ目をこすって時計を確認し、ベッドの下にいるはずの人を探した。
ここの所ノヴァーリス家に滞在している、客であるはずのエドワードが何故アルフォンスの部屋の床で寝ているのかを説明するには少々長くなる。
初日にエドワードとアルフォンスは錬金術の話で盛り上がり、夜通し語り明かした。
そのままの流れでエドワードが休む部屋はアルフォンスの部屋になってしまった。
それでも初めはアルフォンスが床にマットレスを敷き毛布にくるまり、客にベッドを提供したのだ。
客をもてなす側の心遣いといくらかの別の思惑からしてそれはアルフォンスの側からすれば当然のことだった。
だがしかし、硬いマットレスで目覚めた朝、まさに目と鼻の先にどういうわけか金色のつむじがあって混乱と焦燥に見舞われたりとか、その他いくつかの出来事が重なって、周囲の判定により主客逆転の状況に落ち着いたのだった。
参考までにもう一人の客分であるリンは別の客間で寝起きしている。彼ら錬金術オタクに付き合う趣味はない、ときっぱりと公言している。
アルフォンスはエドワードが寝ているはずの場所を見たが、そこはもぬけの空だった。
一気に目が覚めた心地でアルフォンスは起きあがり、辺りを見回した。
そこで何かに引かれたように窓の外を見ると、探していた金髪の後ろ姿が目に入った。
アルフォンスは手早く身支度を調えその後を追った。

エドワードは、アルフォンスに気付いて振り返った。
「起こしちまったか。悪い」
追いついたのは家から少し離れた小高い丘だった。丈の短い草ばかりの斜面がようやく白々としてきた空に面している。
アルフォンスは首を振った。勝手に自分が付いてきたのだ、と言えばそうか、と笑う。
側に寄ろうとして、足を止める。
そこに立っているエドワードの姿は髪を結わずに下ろしているくらいでいつもと何も変わりはない。だが、何かが異質だった。
そんなアルフォンスの躊躇に気付いてエドワードが口角を上げる。
「良い勘してるな」
その目の色がほんのわずかに赤みを帯びたように見えた。
まだ朝日は昇っていない。朝焼けの色ではありえない。
「…賢者の石?」
おそるおそる口にすると、こくりと頷いた。
「今、ほんの一部を起動させてる。…今ならオレを触媒にして人体錬成も可能だぞ、やってみるか?」
悪魔が人間をからかう時ってこんな感じだろうか、と思いながらアルフォンスは首を横に振る。
「一生試してみるつもりはないよ」
「うん、それが良い。その理性をそのまま保ち続けていけ」
「ところでどうしてそんなことを?危なくないの?」
「まあ、このくらいならオレも制御できるから大丈夫だ。さすがに全開にしたらどうなるか…怖くて考えたくもないけど」
「鋼の錬金術師にも怖いものってあるんだ」
わざと茶化すように言ったら、存外に真面目な顔で「ある」と返された。何かを思い出したのか真っ青な顔でがくがくと震えだした。
「あー…まあ、数は多くはないぞ。その数少ない中のひとつが賢者の石の暴走な訳だが」
こほん、と咳払いひとつで立ち直って話を元に戻す。
「たまにこうやって石の力を循環させて、発散させるんだ」
「循環?」
「そう、世界を回る、ありとあらゆる流れに接続して循環させてやるんだよ」
笑う彼の横顔を、今日最初の曙光が差した。
パン、と錬成をする時のように手を合わせ、夜と朝(あした)の境目を真っ直ぐに見る。
錬成の光は現れず、だんだんと明るくなる陽光が眩しく金色の髪を輝かせた。
深呼吸のようだ、と思ったので素直にその感想を言ったら困ったように首を傾げた。
もう石は休眠状態に戻したのか瞳の色もいつもの金色に戻り、あの違和感も感じなかった。
「呼吸法って言えば呼吸法だから正しいのかもしれないが…」
「もしかしてシン国の?そう言えば似たようなのをリンがやってたな」
「ああ、向こうで習った。気の流れに同調するんだけど、どうも修行が足りなくてなあ」
ちょっとずつしか還元できないから効率が悪くていけねえ、とむつけたように言うのがおかしかった。
「エドのことだから、極めてきそうだと思ってた」
「時間がなかったからな」
アルフォンスは不思議に思って首を傾げた。
「時間がない?」
陽の昇る方角を見つめたまま、エドワードは小さな声で言った。
「…オレがシン国に行ったのは、弟の病気を治す方法を見つけるためだったから」
「っ…」
「オレの弟は人のことばっか気にかけて、気が付いたら結構症状も進んでてな。その頃のこの国の医学と錬金術じゃあどうにもならん状況になってたんだ」
言葉を失うアルフォンスに、淡々とエドワードは語る。
結構オレ、しゃべれるようになってんじゃねえか、と内心自分を笑いながら。
それとも相手がアルフォンスだからだろうか、とも思いながら続ける。
「錬丹術の方が医療に特化している。だからオレはシン国まで行って打開策を探したんだが…間に合わなかった」
「…弟さんは、病気で?」
「丁度リィと似たような病気だ。今も昔も、ゆっくり時間をかけて付き合っていくしかない。けど、アルには時間がなかった。」
病気が人体錬成や長年魂が鎧に定着させられていたことが影響しているのかもしれないと疑ったこともあるが今となっては分からない。
最後に気のせいかもしれないが、わずかに笑ったように見えたのがエドワードにとって唯一の救いだった。
安心させるように、エドワードはアルフォンスに笑いかけた。
「リィにはアルと違ってちゃんと時間がある。だからきっと治るよ。保証する」
「うん。…鋼の錬金術師の保証なら、確実だよね」
アルフォンスも、空気を払拭するように笑って応えた。
そして、エドワードの見ていた方角を見た。その向こうには遠い国がある。
「いつかボクも、シン国に行ってみたいな」
まだ行ったことはないから。そう言うと、エドワードは驚いたように目を瞠った。
「リンやエドに案内してもらって。あ、通訳もしてもらおうかな」
おどけたようにアルフォンスが言うと、一瞬泣きそうな顔になって、次の瞬間にはそんな気配はおくびにも出さずに笑ってアルフォンスの後頭部を軽くこづいた。
「行くからには自分で話せるように言葉も学んでけ。オレを使おうとは良い根性だ」
「痛いなあ。良いじゃない、それくらい」
「学べ、若人。…シン国にはいつか行けるだろ。今は昔と違って色々交通手段も便利になってるし。」
「そうだよね。いつか一緒に行こうね」
鋼の精神で表情を崩さないよう努力したエドワードはくるりと身体の向きを変えて歩き出した。
そのまま数歩歩いて心を落ち着かせてから、振り返った。
「先の話はともかく、そろそろ戻るぞ。朝飯までに戻らないとトリシャさんも心配するだろ」
「そうだね」
表面的には何も気付かないふりで、アルフォンスは彼の後に付いていった。

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