しばしの休憩を取るために、縁側に出た異国の錬金術師ははっと息を呑んだ。
高台に建つこの庵は、タオユァンの里を一望に見下ろすことができた。
「すごいな。…いっせいに春が来た」
「うん。ここは山奥だからね。春もなかなかその場所を見つけ出せない。」
錬金術師は振り返って小首を傾げた。陽光に金の髪がきらきらと光る。
「ようやく見つけたこの里に、春はすべての荷を下ろすんだ。だからタオユァンでは春の花は一時に咲く。桃も桜も梅も杏も。」
「確かにあの山道は大変だ」
雪深い中を苦労して登ってきた彼には春の骨折りも理解できたのだろう。苦笑して縁側に腰を下ろす。それを待ちかまえていたかのように犬はしっぽを振って駆け寄り、茶色い頭をその膝の上に乗せ「どうぞ撫でてくれ」と差し出した。負けじと三毛猫も反対側の膝のすぐ横に丸くなる。2匹を同時に両手で撫でながら、錬金術師は遠くを眺めた。
「…アルにも見せてやりたいな」
ぽつりと呟いて、言い訳をするようにはにかんで付け加える。
「弟はきれいなものが好きだったから」
「では次は一緒に来たら良い」
「…道士」
困惑したようにその手を止めた。
彼は弟の病気を治す方法を見いだすためにシン国までやって来た。元々が優秀な錬金術師で、それならばかえって錬丹術を理解するのは難しいのではないかと思っていたが、乾いた砂が水を吸い込むように知識を身につけていった。柔軟な思考と並々ならぬ努力と執念のなせる技だろう。
この分で行けばきっとその目的も果たせるだろう。そう思って言ったのだが、エドワードは表情を曇らせる。
「…万物はその形を変える。雪は溶け水となり渓谷を作りやがて大河へと注ぐ。日は昇り日は沈み、昼となり夜となり、春には花が咲き秋には実り、夏は暑く冬は寒い。すべて変わらぬものはこの世にはない。そして冬が去り春が来てやがて夏になる、その流れは決して変わることはない」
タオユァンを囲むようにそびえる山の峰に、薄く霞がたなびいている。柔らかくぼかされた萌葱色と、里の花の色が甘やかな対比を見せる。
「世界を形作る流れがある。変易と不易、それが基本。…で良かったよな?」
頷いてやるとまた里の方へと視線を投げる。見ているのは花なのか、また違うものなのかは分からない。
「オレはその流れの外にいる。…そのオレに、流れを理解することは出来るんだろうか?」
錬丹術を理解し身につけることは可能なのか、…ひいては弟の体を治すことはできるのか。
彼は身の裡に賢者の石を抱え込んで不老不死なのだと既に聞いている。
現に歳は30を越えたと言うがとてもそうは見えない。きっと100年経ってもその姿は変わらないのだろう。
「あなたは流れの内にある」
笑みさえ含んで言ってやれば、驚いたように振り返った。つられて犬も顔を上げる。
「たとえば裏にある老木。あれは既に樹齢数百年だ。おそらく千年経ってもあそこにあるだろう」
「そりゃ、木だから」
「木の寿命と人の寿命はそれは違うかも知れないが、だからといって関わり合いにならないことはない。木は人に木陰や木の実を提供することもあるだろうし、人は木を切り倒すこともある。木にとっての百年と人にとっての百年は違うが、それが何だ。時は同じように流れる」
「…道士、支離滅裂だ。」
「つまり、万物は同じ流れの中にいる。それはあなたも同じ事だ」
言いたいことは通じたようで、エドワードは小さく笑った。
「それにあなたが道を外れた存在だというのなら、ユイランさんもシャオフイさんもそんなに懐かないはずだよ」
わふ、と同意するかのように犬のシャオフイが鳴いた。猫のユイランもちらりと片目を開けてエドワードを見上げた。
特に人見知りの激しいユイランさんはどういうわけか初対面から全面的にエドワードを受け入れている。家主にすら喉を鳴らさない猫だったのに、今も日溜まりで彼に撫でられころころと喉を鳴らしている。機械鎧の手は冷たいだろうに全く気にはならないらしい。
「だからね、弟さんの体が良くなったらまた来なさい。タオユァンの春は変わらずに来るから」
ユイランがにゃあ、と鳴いた。
錬金術師は泣きそうな顔で、「はい」と呟いて笑った。
「さあ、ではそろそろ休憩は終わりだ。講義に戻るよ」
春風の吹く縁側に2匹を残して、錬金術師は立ち上がった。

(080106拍手お礼/150306)
□back□
本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース