「物好きな」
配属先の上司は開口一番そう言い放った。
「オズワルド・リース。西部国境防衛にて軍功を上げる。で、何でうちなんかに配属希望する?」
ぱさりと書類を机上に投げて、エドワード・エルリック中佐はリースを睨みつける。
「そうですよねぇ、うちってば表沙汰にならないようなお仕事ばっかりでぇ、お給料にも反映されないしぃ、良いことないですよねえ?」
「その上変人揃いで有名ですもんねえ」
「そうそう、上があれだと下もああなのかっておじさまたちの話題独占って感じ?」
「…カーク准尉、ブロッシュ曹長」
「あ、心配しなくてもボスの変人度は際立ってますから!大丈夫です!」
何がどう大丈夫なのかは分からない。笑顔でフォローっぽいものを入れるブロッシュにエドワードは返事の代わりに大きな溜息を吐いた。
真面目な顔で部下たちを指さし、リースに最後の忠告をする。
「こんなんと同じ職場になるんだぞ?本当に良いのか?」
今ならまだ間に合うから人事に掛け合ってくるぞ、と言うのに首を振る。
「いいえ、中佐。自分は最前線かこちらの配属を希望しました。こちらで受け入れられないのであれば戦地へと行くことになります」
表情を変えず淡々と述べるリースにエドワードは顔をしかめた。
ヘルミーナ・カークが「物好き。」とぽそりと呟く。
「オレは人使いが荒いぞ?それでも良いのか?」
「存じてます」
揺らぐ気配もないリースの様子に、エドワードもついには諦める。
「わかった。歓迎しよう、オズワルド・リース軍曹」
立ち上がり真っ直ぐに背を伸ばし、眼鏡の奥の金の目がわずかに細められる。
「忠誠を誓えとは言わない。力を貸して欲しい。」
ブロッシュが目を瞠る。カークもまじまじと見詰めている。
「オレはお前たちに祖国を返そうと思う。だが、オレひとりの力では難しい。」
それは何かの宣誓のようだった。リースは思わず問い返す。
「祖国…ですか?」
「そうだ。こんないつでも戦争やってるのが普通な国じゃない、帰れる場所だ。それをお前に返そう。約束する」
だから、力を貸して欲しい。
穏やかな笑みでエドワードは言った。
「細かいことは皆に聞いてくれ。それと、この分室内ではオレを階級で呼ぶな。」
「え?」
「何だか慣れない。いつまでたっても他人を呼ばれてるような気がするからやめてくれ」
「はあ…」
それでブロッシュも「ボス」と呼んでいたらしい。
後に聞いたところに拠れば、「鋼の錬金術師殿とか呼びましょうか?」との提案は「長ったらしいから却下」されたらしい。
「名前で呼べ名前で」
「いやそれはさすがに…あーじゃ、室長とかボスとか」
「ボス!それ良いな、採用!」…となったらしい。何が気に入ったのかはわからない、とは提案者談。
とにもかくにも書類に判を押され、リースは無事エルリック中佐の部下となった。
「それじゃオレは会議があるから」とさっさとエドワードが出て行ってしまうと、にこにことカークが机に案内する。
「とりあえず机はここね。で、この場にいる人だけでも紹介しておくから。まず私がヘルミーナ・カーク、永遠の20才でぇす」
「そこは普通階級とか言いません?あ、俺はデニー・ブロッシュ、階級は曹長」
「それからぁ、向こうにいるのがマリア・ロス中尉とマリア・ロッシ少尉ねー名前がそっくりでややこしいけど見た目が全然違うから大丈夫よー」
リースが目をやると、二人が話をしていた。
「…どちらがどちらでしょう?」
「ああ、女性の方がロス中尉。」
ブロッシュの説明に、もう一度二人を見る。
「……………どちらが?」
「もうダメじゃないの曹長ったらぁそんな曖昧な説明じゃあ」
中尉ー少尉ーとカークに呼ばれてやってくる。
片方は黒髪ショートカット、もう片方は燃えるような赤い巻き毛を長く伸ばし、後ろでひとつにくくっている。
正直、二人とも女性に見える。
「黒髪の方がロス中尉、性別女性。で、赤毛の方がロッシ少尉、性別男性よー」
「あら新入りね?よろしく」
きびきびとした動作でロス中尉が挨拶をする。
「あらいい男で嬉しいわーよろしくねっ」
「…どうしてあんたは初対面の相手にはもれなく女言葉な訳?」
「その方が反応が色々見られて楽しいからに決まってるじゃないのもうマリアったら!」
ばしばしと照れるように身をよじりながらロッシはロスの背中を叩いた。
「ロッシ…?いい加減にしておかないと怒るわよ…?」
「いやあん、マリアったら怖ーい」
「…あの?」
「ああ気にしないで、いつものことだから」
ブロッシュが明るく言う。
「士官学校でずっと一緒だったんだって」
「仲がいいのよねぇ」
「そこ!間違った認識を植え付けない!私はずっとこいつのせいで迷惑してきたのよ!」
名前を取り違えられることで色々とあったらしい。その辺りは酔わせて吐かせたヘルミーナも深くは語らない。
「見た目こんなで中身もアレだけど、こいつこれで同性愛者でもなければ服装倒錯症でもないから!」
「マリアってばそんなにあたしのことを理解してくれてるのね!マリア嬉しい!」
「だーかーらー!」
「ま、その辺は適当に。よろしくね?」
にっこりと、裏を見せない笑みでロッシはリースを歓迎する。
「あとはぁもう一人、リンド少尉がいるけど今ちょっと出張中。」
これで全部かな、とカークは頷いて、リースに向き直る。にこにこ笑顔で問うた。
「ええとぉ、リース軍曹はぁ、ボスに恩義があったりするのかな?」
「…はい、命を」
「そっかぁ、やっぱりねえ。」
うんうんと満足げに頷いた。
「でなきゃボスのあれは出てこないよねえ」
「あれ?」
「祖国を返す、と言うやつだよ」
ブロッシュも言い添える。
「もーボスってばあれしか口説き文句無いみたいに必ず言うからぁ」
おっとりした口調の准尉の瞳の奥に、鋭い切っ先のような光をリースは見つける。
「私もね、そうだったから。でも死体で塹壕出来上がってる中で何言ってんのこの子、って正直思ったけど」
嗅ぎ慣れた血と硝煙と土埃のにおいを思い出す。怒鳴りつけるように血まみれの手を差し出してきた金髪の少年の姿も。

「いいから!生きてるんなら声を出せ!声も出ないってんならちょっとは動け!」
ヘルミーナは泣きそうな声を聞いて、顔を上げた。
少し離れた所で、身動ぐ腕も見えた。
既にこときれた同胞を押しのけて、声の主の方へと視線を回らせる。
「2名、か」
ほっとしたような苦々しいような声は、まだ少年のようだった。
まぶたにこびりつく泥を拭って見れば、自分とそう変わりはない汚れっぷりの士官が立っていた。
士官と見て取ったのはほとんど兵隊の本能のようなものだった。辛うじて判別できる肩章の他には、彼の地位を知らせるものはまるでない。
士官どころか、軍に入るのも可能なのかと首を傾げたくなるような小柄な男だった。体格もそうだが、年も若すぎる。
「立ち上がれるか?」
「…はい」
「分かってるだろうが、ここは壊滅状態だ。でもあんたらはまだ生きてる。」
「はい」
「帰るぞ」
どこに、とヘルミーナは考えたがすぐに思考を止める。
上官が帰ると言ったら帰るのだ。もう一人の生き残りものろのろと背嚢を背負い直す。
「そうだ、あんたらの名前は?」
そう言えば、彼は自分たちの隊の上官ではない。今まで見たこともないから全く別の所属なのか。
ずいぶん場違いな子だな、と思う。思うが、口には出さない。
「…ヘルミーナ、」
それだけ言うのが精一杯で、口の中の泥だか埃だかが気持ち悪くてそれどころではない。
無礼かと思ったが少年はただ頷いただけで、「そっちは?」ともう一人に聞いている。
ネイサン・リンドとの答えが返った。
少年士官はその腕を取り引っ張り上げるように立ち上がらせた。
「この辺一帯にはもう敵も味方も残っちゃいない。オレたちだけだ」
「そんなことはありません」
ネイサンが指さす方向に、人影が見えた。
「敵です」
「いい視力だな」
言うなりパン、と手を打ち合わせてその手を地面に付ける。途端に地面は盛り上がり、陥没し、高い壁と深い溝が彼らの周囲にぐるりとできあがる。
「錬金術…?」
呟きながら、噂を思い出した。錬成陣なしで錬成をやってのける国家錬金術師がこの戦いに投入されたと。
「…鋼の、錬金術師…?」
よくよく見れば、破れた手袋の下に鋼鉄の腕が覗く。
「…ん。アレであいつらも向こうの陣地に戻るのに時間もかかるしこっちを追うこともできないだろ」
「殺さないのですか?」
「殺す必要はないだろ」
「戦争なのに」
「戦争でもだよ」
ネイサンと少年のやりとりにおかしくなって、ヘルミーナはくつくつと笑った。
そうして自然な動作で装備を探って手榴弾をひとつ取り出し当たり前のようにピンを抜き投げた。
投擲には自信があった。過たず、手榴弾は壁の向こうへと消え、一瞬の後に轟音と閃光が走った。
「だめですよぉ、鋼の錬金術師殿。こんな所で人の命助けたってただの自己満足なんですからぁ」
エドワードが目を瞠る。本当に場違いな子だ、と思いヘルミーナはますます愉快な気分になった。
「あなたが助けても、他の兵が殺しますよ?」
歯軋りの音が聞こえてきそうだった。けれどもそれはほんの束の間で、揺らがぬ目でヘルミーナを見据えた。
「それでもオレは殺さない」
「あなたの助けた敵に殺されるかもしれませんよぉ?」
少し自嘲の影がかすめたと思ったのは、ネイサンの気のせいだっただろうか。エドワードは静かに笑いさえしてヘルミーナに答えた。
「それがどうした。オレはオレの戦いがある。今のところ、あんたらと一緒に生還するって戦いがな。」
それ以外の「戦争」にかかずらってる時間はないんだ、と笑う。
「さあ、ふるさとに帰るんだ」
エドワードの言葉に、はっきりとヘルミーナの表情が歪んだ。
「どうした」
「自分のふるさとは戦場です」
「おかしなことを言うな」
「本当のことです」
ネイサンも黙り込んだ。こんな最前線に送られて見捨てられる兵士に何の事情もないと言うことは稀だった。
エドワードは少し考えて、二人に言った。
「その辺は歩きながら聞くぞ。故郷までとは言わなくても、前線基地までは戻らないと」
くるりと背を向けて歩き出す。着いてくることを疑ってもいない背中に、泣きたい気分になった。
「…私はひとごろしなんです」
ぽつり、とヘルミーナは話し始めた。足はただ機械的に動かしている。
「戦争だからな」
「ええ、戦争ですから。上官の命令には逆らえません。」
聞いてくれていることが分かると、胸の奥から閉じこめてきた言葉がじわりとにじみ出てくるようだった。
「それに、自分が殺さなければ同僚がやられます。同じ毛布の仲間です」
士官である彼に理解できるのか分からなかった。ましてや国家錬金術師は少佐待遇で、自分たちのように最前線で身を寄せ合って敵の攻撃に耐えるという経験はないに違いない。
それでも彼は、ヘルミーナの言葉をおろそかにはせず、一言も聞き逃すまいと意識を向けてくれている。
「けれど私は、この手でその同僚を撃ちました。敵もろともに」
ネイサンの銃を持つ手がわずかに震えた。
「同僚で、同郷の男でした。その戦いの後の休暇で私は故郷に帰りました。…そうして、その男の婚約者になじられました」
白く細い手は、鬼軍曹の拳骨よりも鋭くヘルミーナの頬を張った。
「故郷に帰れば、私は味方殺しで人殺しです。ですが、戦場にあれば誰よりも効率よく敵を倒せます」
「それが自慢か」
「はい」
微笑んだのが、エドワードにも分かったのだろう。
ふと足を止めて、振り返った。
「私がおかしいとお思いですか?鋼の錬金術師どの」
「いや。戦場ならそれが当たり前なんだろう」
憐れみも怒りもない静かな目だった。ただ真摯に、兵士という生き物を見ている。
「戦場で人を殺せと命じられて、人を殺すのは当たり前だ。それに、人殺しとなじられて辛いのも、当たり前だ」
静かに、だが容赦なく彼は兵士という皮を剥ぎその中にいる人間を引きずり出そうとしていた。
「人を殺すのも、辛いんだろ。それが当たり前だ。お前は、当たり前の普通の人間だよ、ヘルミーナ」
「…っ、でも、わたし…人殺しって…人、殺しても平気な…平気、だから」
「うん、だから「戦場を故郷とする優秀な兵士」でないとお前自身が辛くて辛くて、壊れそうだったんだろ」
ぽん、と頭を撫でられた。
「なあ、ヘルミーナ、ネイサン。お前たちを帰してやりたいよ」
そしてまた背を向けて歩き出す。
「でも、自分も帰る故郷がありません」
ネイサンがためらいがちに言った。同じ隊とはいえ、ネイサンとヘルミーナはこの作戦前に即席で組まされたので必要以上の話はしたことがなかった。
「…そうだな。そう言う奴がきっとやたらいるだろうな、この国には。」
その位、戦争は長く続いていた。
「よし、決めた。オレはお前たちに、帰る国を返そう」
エドワードはどんよりと曇る空を振り仰いだ。編んだ髪がその動きに添ってはねる。大きく頷いたらしい。
「帰る、国?」
「そうだ、祖国、って奴だ。もうお前たちが人殺しなんかしないで済む国を、お前たちに返そう」
ぽかん、とするヘルミーナとネイサンに、振り返って満面の笑みを見せた。
「つっても、一人じゃ無理そうだから力を貸してくれ」
そうさらりと言った。
「効率のいい人殺し以外の特技も、なくはないんだろ、あんたら」
「…えーと…あるかどうか分かりませんけど…」
「あるって言っておけよ、そう言う時は!断言して請け負え!」
「そんな無責任な」
「ああんじゃ取り柄なんかなくてもいいから力を貸せ。オレの味方になってくれ」
ネイサンは昔馴染みの錬金術師の口癖を思い出した。懐かしくなって、つい口元をほころばせる。
「それが等価交換なんですか?」
「ああ、よく知ってるな。そう言うことだ。オレはお前たちに祖国を返す。約束する。」
鋼の手を二人に差し出して笑った。ネイサンとヘルミーナは、ちょっと顔を見合わせた後、二人ともその手を握った。

「ちゃんと約束守ってくれたから。だから私も、祖国のために戦おうって」
はにかむように笑う。ブロッシュが軽く頭を掻いた。
「と言うわけで、よろしくね、戦友」
記憶から立ち上がってきた戦場の空気を払うように朗らかに笑って、ヘルミーナ・カークは手を差し出した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
リースもその手を取って笑った。

数日後。
「君の所に配属希望などと言う物好きの顔を見に来たよ」
そう言ってマスタング准将が分室にやってきた。呆れた顔でエドワードは応じる。
「わざわざ顔見に来るのも結構な物好きじゃないのか?」
「まあまあ。で、どれだね」
「おーい、リース軍曹ー」
「はい」
近くに寄ってきたリースを見て、マスタングは固まった。
「リース、軍曹?」
「は、そうであります」
「………鋼の?」
「彼がオズワルド・リース軍曹。准将、何か質問は?」
「…キング・ブラッドレイ前大総統に似てると言われたことはないかね?」
おそるおそるというように口にする。
「最近は、あまり」
しれっとリースは答えた。
「もう戻って良いぞ、軍曹。」
「はい。失礼します」
「…鋼の?」
低く低くマスタングは問う。
「何だよ」
「…前大総統の墓の下に埋まっているのは誰だ?」
「人体っぽいもの錬成させたらオレの右に出るやつはいないと思うね」
「自慢になるか?!」
「いやせっかくだから6本指とか○○が○○○にしておいてやろうかーって言ったら頼むから普通に錬成してくれって泣いて頼み込まれてさー」
盛大な国葬の裏にそんな事実が隠されていたとはつゆ知らず。
いや、マスタングもキング・ブラッドレイは実は存命ではないかとはうすうす勘付いてはいた。
エドワードからの相談はなかったが、その後の様子を見ていればわかる。そんなに短い付き合いではないのだ。
「てっきり国外にでも逃れていると思っていたぞ。バレたらどうするつもりだ」
「まあ今まであんたも知らなかったくらいだからこれからも何とかなるだろ。…オレもさ、何もまた軍人にならなくても良いじゃないかって言ったんだけど」
この国の有り様をゆがめた責任を取りたいのだ、と彼は言った。
「自分に出来るのはこれしかないからって」
エドワードは俯いた。声が、どこか哀しそうだった。
「…そうか。」
だがマスタングにはまだ納得のいかないことがあった。
「…それはそうと、何で若返ってるんだ?」
オズワルド・リースはどう見ても20代だった。
「あ、何か勢い余ってさあ」
あははは、と屈託なく笑う。いやあホムンクルスを人間に錬成なんてやったこと無かったから加減がわからなくて、と明るく言うエドワードに、マスタングは頭を抱える。
「そう言うものなのか…?」
「深く考えるとはげるぜ、准将」

その後ロイ・マスタングがはげたか否かは史実に残っていない。

(201105拍手お礼/230106加筆)
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