それが辞表であると認識すると、「雨の日無能」の二つ名を持つ上司はすぐさま発火布の手袋をはめた指を弾いた。
「待てこら何しやがる」
慌ててエドワードは提出したはずの辞表を机上からひったくって炎から庇った。
「何を考えているのか聞きたいのはこっちの方だ。何を突然辞めるなんて言い出すんだ」
「別に突然じゃねえよ。仕事は大体片も付いてるし」
火の粉を払ってもう一度、机の上に辞表を置いて上司にずいっと差し出した。
「給料分は働いたぞ」
「それはそうかもしれんが」
その辺りはマスタングも認める。軍事独裁体制から共和制へと移行した混乱期に、彼は陰に日向によく働いてくれた。
確かに一時期よりは情勢も安定し目に見えて大きな課題も残っていない今なら、エドワードも辞め時だと考えたのもうなずける。
だが情勢がどうであろうと、彼が優秀であることには変わりない。そんな優秀な人材を手放すのは非常に惜しかった。
「君の部下は君の言うことしか聞かないぞ?それでも辞めるというのか?」
「…つーかあいつらオレの言うことだって聞きゃしねえぞ」
どこか遠い目をしてエドワードは言った。
「そんな人材を集めたのは君だろう」
「必要だったからだろうが。それに人のこと言えるか?幕僚はくせ者揃いと評判のマスタング将軍?!」
「その筆頭は君だ。君の部下たちを全員説得できるまでこれは保留だ」
「もう済んでるよ」
してやったりというようににやりと笑われ、マスタングは眉根を寄せた。
「約2名は拳で黙らせた」
「………そうか。」
約2名に心の中で密かに黙祷する。
「大体そろそろ無理があるんだよ。」
溜息混じりにエドワードははき出す。
「この顔で童顔の20代はなんとか通じても、30代はちょっとねえだろ」
ついまじまじと彼の滑らかな頬を見る。
あの時、賢者の石を受け入れた19歳から彼の時間は動いていない。
彼の中の永久不変は賢者の石に由来してなどいない。それをマスタングはよく知っている。
そのせいで彼の外見が変わらぬ事に何の不思議も感じていなかったが、彼をよく知らない者が見れば不自然にも見えるだろう。
「まだ30代には間があるだろう」
「そんな事言ってずるずると三十路突入する気はさらっさらないんだよ」
せめてもとあがいてみせればあっさりと切って捨てられる。
「あー…んで退職金代わりに、オレの痕跡消してくれないか?」
ふっと眼鏡越しに金色の目が上目遣いで覗き込んでくる。
無茶な頼み事をしているという自覚はあるらしい。マスタングは大仰に溜息を吐いた。
「無理だろう。始まりからして最年少で国家錬金術師試験に合格で、その後も全国津々浦々で大暴れだったじゃないか」
「軍と国家の広告塔だったしなあ、鋼の錬金術師。うわーやっぱ無理か」
我が事ながらエドワードは頭を抱えた。
「これでもこの身体になった後は大人しくしてきたと思うんだけど」
「どこがだ」
静かに控えていたホークアイが無言で肩をすくめた。
「…まあいい。取り敢えずこれは受理した。細かいことは後で通知する」
ようやく辞表を受け取った。
「その内、資料室辺りでぼやが発生するだろう。2、3の書類が焼けた程度で消し止められるだろうがな」
唐突な予言に、エドワードもホークアイも目を瞠る。
「焼けた書類の中に、国家錬金術師の資料が含まれていても、本人が辞めてしまった後で資料の再現は不可能だろう。
無論、人口に膾炙した彼の評判は消すことなど出来ないが、それでも確実な資料など軍のどこにも残らない。」
「それって…」
「あやふやな風評を元にせいぜい話が大きくなって、『そんな奴が実在するはずない』と後世言われることになるかもしれんな。」
何せ大活躍だったからね、鋼の錬金術師は。そう言って上司は笑う。
「見ていたまえ、君を伝説にしてみせよう」
しばし唖然としていたエドワードだったが、すぐに理解した。
そうして感謝の言葉の代わりに、上司に負けず劣らず悪童のような笑みを見せて言う。
「…そこまでの将軍の尽力に、オレも何か応えなきゃいけないんだろうな」
オレに出来る事って言ったら何だろうな、と少しの間考える振りをして、そうして思いつきを口にするかのように手札を広げる。
「そうだ、あんたの葬式には必ず参列して泣いてやるよ」
何せ不老不死だからな、あんたより先に死なないことは確実だし。
「でもってこう言ってやるよ。『何で死ぬ前に認知してくれなかったのお父さん』ってな」
「待て!死者にその冗談はないだろう!」
「冗談が本気に見えるような人生送るなよ。そうならないように死ぬ前にはちゃんと身辺整理は済ませておけよ?」
んじゃあそういうことで、と軽やかにエドワードは退出してしまった。
「…つまり、将軍に長生きするようにと言うことですね」
真面目な顔でホークアイはうなずいた。
「どこをどう曲解すればそうなるんだね?」
「将軍のお葬式に参列する人達が皆エドワード君のことを知っていたらあの冗談は成立しませんよ」
エドワード・エルリックを覚えている者がいれば当然彼がマスタングの隠し子などではないと知っている訳だ。
ホークアイは柔らかく微笑した。
「長生きして下さいね?」

ロイ・マスタング将軍の葬儀に、隠し子が現れたという史実はあいにく残っていない。

(061005拍手お礼/071205)
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