ようやくワインに口を付けたエドワードに、それまでとは雰囲気をがらりと変えて好奇心むき出しにソラリスは尋ねた。
「それで、アルフォンス・ノヴァーリスはどんな感じ？」
「どんなって何が」
「プライドが言うほどそっくりなの？」
「あーもー何もかもそっくり。顔も声もこいつより背が高いのもついでにあの良い性格も」
何故か代わりにエンヴィーが答えた。手には蒸留酒の瓶を抱えている。
「お前せめてチェイサーも飲んでおけよ」とエドワードは水差しを差し出した。
それより瓶から直飲みの方が問題でしょとソラリスがたしなめる。たしなめるだけでグラスを持ってきたりはしない。
「…水差しから直に水を飲めって？」とエンヴィーは顔を顰めた。
つっこみ要員が不足している。グリードが帰ってしまったことをこの場にロックベル家のものがいれば心から残念に思ったことだろう。
「そんなに似てるの？エドの意見は？」
「…イルカとシャチ程度には似てるかな」
「………何その基準」
「んじゃミツユビナマケモノとフタツユビナマケモノ」
「もう少し分かり易くたとえられないの？」
「こいつにしちゃ分かり易い方なんじゃないの？つまりセリとドクゼリとか」
「お前その場合はどっちがセリでどっちがドクゼリなんだ？」
エドワードの指摘にエンヴィーも気付く。
「あ、そっか。どっちも毒持ってるので喩えるべきだった」
「エンヴィーがそう判断するほどなんだからよっぽどな訳ね、アルフォンス・エルリック並みに。」
納得したようにソラリスは頷く。
「…人の弟を何だと思ってやがったんだお前ら…」
「あんたの兄馬鹿フィルターが特殊すぎただけだよ」
「少しもその性能は劣化してないみたいだし」
がっくりとうなだれるエドワードに更に畳みかける。これでも悪意は全くないのでいっそう質が悪かった。
「まあそれだけ似てるなら良いんじゃないかしら」
「何が」
「生涯の伴侶に」
あっさりと極上の笑顔でソラリスは言い切った。
「…………………は？」
言葉が上滑りをしてエドワードの右耳から左耳へと抜けていった。
「そうだね、あれだけ良い性格してればこいつに付き合っていってもついて行けるだろうし」
満足げにエンヴィーも姉に賛成する。
こいつらは一体何を話しているんだ、とエドワードはうろたえたように辺りを見回した。
「あなたの見たところ脈はありそうなの？」
「そりゃもう。そこら辺も込みで似てるよー笑っちゃうくらい」
「そう、こんな手のかかりそうなのが好みな所まで似ちゃってるの」
「そこら辺の個人的趣味は理解しかねるけど大丈夫大丈夫、あれは後もう一押しでおちると見た」
そこらに華を飛ばしながら興じる二人にようやっとのことでエドワードは水を差す。
「…なあ」
「なあに？」
「オレもアルフォンス・ノヴァーリスも男なんだけど」
「大した問題じゃないでしょ」
「いや根本的な問題じゃないか？」
「まあいいじゃない、そこら辺は弟似って事でさっぴいても」
「さっぴけることか？！」
「と言うかあなたの好みがまず弟じゃないの」
「人を近親相姦的同性愛好者にするな」
「違ったの？」
「違う！」
「そんな顔を真っ赤にして怒鳴ったって説得力ないわよ」
あなたの場合、と冷静に続ける。
「…何で」
「全ての行動が裏付けてるの」
数え上げてみましょうか、と綺麗に手入れされた手を閃かせる。
「やめときなよおばはん、夜が明ける」
「それもそうねー」
ソラリスはけらけらと笑う。
酒に逃げてしまってもオレは悪くないよな、と酒瓶を通して語りかける相手が心の中の弟だった。
自覚が足りないだけじゃんねー、と楽しげにエンヴィーは自分の抱える蒸留酒に同意を求める。
「大体さー、あんた世話してくれる相手か世話されてくれる相手かがいないと人間生活まともに送らないからさー」
人間になってみて自分がちまちまと世話を焼かれたエンヴィーの言葉には嘘はない。
「そうなのよ、私もプライドもその辺りを心配してるのよ？」
「書斎でひからびてる死なない死体一歩手前がこの家にぽつんと放置されてたらロックベルの嬢ちゃんが困ると思うんだよねー」
「第一発見者はまず疑われるのよね」
「死んでないから死体じゃねえだろう？」
そう言う問題ではないのだが。首を傾げるエドワードにソラリスは苦笑する。
「そうならないように最低限の人間的生活は送って欲しいの」
「で、アルフォンス・ノヴァーリスはその為の人身御供最有力候補ってわけだよ。」
そこにエドワードの意見はおろか、アルフォンスの意思も考慮には入れられていなかった。
ひとまずエドワードは、酒に逃げた。次の日二日酔いでロックベル診療所を訪れ、祖母と孫娘の双方に盛大に呆れられる事となる。