「あーあ。すっかり遅くなっちゃいましタ」
メイ・チャンはひっそりと静まりかえった道を急いでいた。
誰もが譲り合いの精神をいかんなく発揮した委員会はただひたすら長引いて、学校を出たのはとっぷりと日が暮れてしまってからだった。
(きっとヨキパパもスカーママも心配していまス)
二人の顔を思い出して、自然足早になる。
「近道で行きましょウ」
くるりと右向け右で柵を乗り越え、その勢いで低い植え込みも飛び越える。
この公園を真っ直ぐに突っ切ればかなりの時間短縮になるはず。
えいやっと着地したところで、何かぐにゃりとしたものを踏んだ。
「いやぁっ気持ち悪イ!」
思わず叫んでしまってから(いけなイ)と思い直した。
と言うのも、踏んでしまった「それ」は、生きているもののようだったからだ。
生きてるものを足蹴にするのは失礼で、しかも「気持ち悪い」など言うのは更に無礼だ。
慌ててメイは白黒の薄汚れた生き物に駆け寄った。
「だ…大丈夫ですカ?怪我とかありませんカ?!」
ぴくぴくと引きつり何かを訴えかけるように腕(前足?)を伸ばすそれは、大きさを除けばどうやらパンダのようだった。
(…?どこかで、会ったことがあル…?)
不思議な既視感をおぼえてメイは息を呑んだ。
「えーとえーと…」
問いかけたは良いものの、パンダは人の言葉がしゃべれない。
しきりと何かを伝えようとしているが人間にもパンダの言葉は分からない。
かりかりと土を掻いて何か文字のようなものを書こうとしている。
「え…ええと…『我是空…』」
そこまで読み取った時、それまで無意味に皓々と辺りを照らしていた街灯が不意に陰った。


月も電灯も遮って、それは空を駆けていった。
まがまがしい真紅の眸が確かにメイ・チャンとその傍らにいる小さなパンダを捉えた。
「あ…」
キメラだ。ごつごつとした装甲のように堅い皮と太いワニの尾を持つ獅子に似た合成獣。
なんでこんな所に、と考える暇もなくメイの思考は凍り付いた。
金属光沢を持つ鋭い爪とむき出しの牙がこちらに向けられている。
無差別な殺気が全身に叩きつけられて逃げようにも足ががくがくと震え、全身がすくみ上がって動かない。
唸りをあげてキメラが飛びかかってきた時、メイはパンダをぎゅっと抱きしめて声にならない悲鳴を上げた。
だが、獣の攻撃は急激に積み上がった石畳の壁に阻まれた。
メイもキメラも、壁の伸びていく方向を見た。
そこには、赤いコートの青年が屈みこんで地面に手を着いていた。
すっと立ち上がり、右手の手袋を外すと鈍い光を返す機械鎧の腕から甲剣のような刃が伸びた。
キメラの殺意が完全に自分の方を向いたのが分かると、にやりと不敵に笑った。
「アル!その子を頼む!」
いつの間にか側に駆け寄ってきていた大きな鎧姿にそう呼びかける。
「うん、…危ないからこっちへ」
「…素敵…」
「へ?」
ぽーっとして呟いたメイにアルは唖然とした。
身長はメイの理想に10cmほど足りなかったがその辺りは勝手に補正が効いていた。
(まあ確かに兄さん見目は良いけど、ぱっと見のインパクトもあるし。)
多分吊り橋効果という奴かな、と納得して再度少女の腕を取る。
「と…とにかくここを離れよう」
だが、何かに気付いたらしい小さなパンダがきゃーきゃーと喚きながら必死でメイの袖を引いた。


「どうしましタ?」
気付いたメイ・チャンの掌に、パンダの前足が触れたその時。
何かがメイの中に流れ込んできた。
「…ア…シャオメイ…?」
流れ込んできたのは不思議な力。パンダの心と記憶。その目的。
一気にそれは奔流となってメイの内側に満ちてあふれた。
メイは混乱し整理の着かないその記憶に眩暈を覚えながらも、今しなければならないことだけは分かった。
「ウン。あの『賢者の石』ですネ」
しっかりとパンダの目を見て頷いた。シャオメイもこくこくと頷いている。
「君…!?」
驚くアルフォンスを余所にすっくと立ち上がる。
そうしてもう一度、メイとシャオメイは目を見合わせて頷きあうとその手を重ね合わせた。
その途端、まばゆい光が彼女達を取り巻いて螺旋を描いて弾けた。
「賢者の石の力に振り回されて理性を失ってしまっているのですネ…」
七色の光がようやく収まり、凛とした少女の声が響く。
そこに立っていたのは17〜18才くらいに成長した姿のメイだった。
手には何かの宝石だの星だのが色々付いたステッキを持っている。
それをびしりとキメラに突きつけると高らかに宣言する。
「あなたはなんにも悪くないかもしれないケド、マジカル☆メイがお相手致します!」
エドワードもアルフォンスも、がっくりと顎を落とした。
「何だあれ…」
呆然と呟いたエドワードに、フードの中から答える声がした。
「魔法的少女だナ」
「ま…魔法的少女?」
言われてみればそうとしか形容しようのない出で立ちだったがそこまでストレートだと流石に面食らう。


いち早く立ち直った(あるいは精神的ダメージを受けるほどの知性すらもないのかもしれない)キメラが再びメイに意識を向けた。
猛然と飛びかかるキメラをひらりとかわす、その軌跡にきらきらと星が舞う。
「短期決戦、一発勝負!マジカル・スターライト・グレネード!」
ステッキを持った手を掲げると、ステッキは瞬く間に姿を変える。
グレネードというネーミングとは裏腹に、それはどう見てもハンドメイドチックな火炎瓶だった。
「いけナイ、巻き込まれル、いったん退ケ!」
フードの中からの声にせかされて兄弟は慌ててその場を離れた。
そんな外野を綺麗に無視して魔法的少女はにっこり微笑んだ。
極悪な笑みのまま導火線代わりの新聞紙にどこからか取り出したマッチ棒で点火すると力の限りキメラに叩きつける。
「問答無用で御機嫌ヨーウッ!」
辺り一面が火の海になるかと思いきやきらめく星であふれかえる。
目の裏に残る星の残像も払拭された頃、そこに残るのは小さな子猫と走り去るトカゲ、それと手の平大の赤い石だけだった。
「問題解決デス☆」
ばっちりとウィンクも決めると、しゃらりと変身が解ける。
元の姿に戻ったメイが赤い石を拾い上げる。
「これが、賢者の石…?…あ」
すぐにそれは手の上で砕けて砂になった。
「壊れた…と言うことは偽物…?」
肩の上にしがみついていたシャオメイががっくりと意気消沈した。
気を取り直すようにメイは笑いかけて言った。
「大丈夫でス、きっと本物も見付かりマス。頑張りましょウ」
うんうんとパンダも頷く。ふと気付いて、辺りを見回したが、先程の赤いコートの青年も大きな鎧姿も見当たらない。
ぽんぽんと今度は逆に慰められるように肩を叩かれる。
「そうですネ、きっとまた会えますネ。」
落ちていた鞄を拾い上げ、スカートの埃を払う。
「早く帰らナイと。スカーママの破壊錬成を喰らってしまいまス」
メイとシャオメイは今度こそ家路を急いだ。


次の日。
「おっはよーアル、リン。昨夜はどうだった?」
元気にダイニングに入ってきた幼馴染みに、アルフォンスは柔らかく苦笑して見せた。
「ダメ。またハズレだっタ。」
リンが肩をすくめながら答えた。
「あらら。じゃあエドはまだ」
「うん。遅くまで起きてたからまだ寝てる。でもそろそろ起きてご飯食べてもらわないと。」
「じゃあ起こしてくるわね。」
「頼むよ、ウィンリィ」
ぱたぱたとエドワードの部屋に向かうウィンリィを見送ってアルフォンスは小さく溜息を吐いた。
テーブルの上のリンは抱えていたクラッカーを半分までかじって止めた。
「どうしタ?」
「うーん…まあ、色々かな。」
手の中のコーヒーカップを軽く揺らす。
「いつまでボクらはこんな身体なんだろうとか、あの魔法少女のこととか、ね」
「魔法的少女、ダ。あれは魔法の国の究極兵器と言っていい。とにかく無茶苦茶なものダ。」
「それは見れば分かるよ。色んな法則を無視してる。」
「あれはありとあらゆる法則を無視しているが『お約束』にだけは縛られていル。そう言うものダ。」
「そう言うものだって言われてもねえ…」
「そう言う『お約束』なんダ。それで納得して欲しイ。」
説明になってない説明を聞きながら、今度は長々と嘆息した。
この全長17cmの自称「魔法の国の王子様」を拾って以来、ろくな目に遭っていない。
兄の言うとおり元の場所に捨ててきた方が良かったかもと思うが、ここまで来たらそれももう遅い。
何せ自分と兄は魔法の国の権力闘争とやらに巻き込まれ、厄介な呪いをかけられてしまったのだから。
こうなったら誰よりも先に奪われた「賢者の石」とやらを取り返しリンを王位に就けて、王の魔力で呪いを解いてもらうしかないのだ。
「本当に早く元の身体に戻りたいよ…」
「アルのことだかラ昼と夜とで楽しみ二倍くらい言いそうだと思ってタ」
「やだなあ、ボクだってそこまで鬼畜生な事言わないよ」
「想像はしタ?」
「そりゃまあ。」
「…あんたたち、朝っぱらからどういう会話してるのよ」
丁度そこに入ってきたウィンリィが嫌な顔で突っ込んだ。
すぐ側でまだ眠そうな目をこすっていたエドワードが尋ねる。
「ウィンリィ、おにちくしょーって何だ?」
「エドが大人になったら分かるわよ。…イヤでもね。」
どこか影のある笑顔で答えるウィンリィに、大して興味もなかったのかエドも深く追求はしなかった。
呪い全開のエドワードは、昼間は中身も外見も5歳児だった。
日没と同時にその呪いは解けて元の姿に戻るのだが、今度はアルフォンスが鎧姿となる。
そんな中途半端さの原因は兄弟の「意外な魔法耐性の高さ」だとリンは言う。
「とにかく。ライバルも増えたことだし、賢者の石探し頑張ろウ?」
「そうだね、それしかないかな。」

(240405〜070505掲示板連載/100505)
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