「傷の男?」
国家錬金術師を狙った連続殺害犯が東部に移動したらしい、との情報を携えてやって来たヒューズの言葉を聞いてマスタングは軽く眉を顰めた。
「ああ、素性が分からんからそう呼んでいる」
子猫は興味もなさそうに丹念に顔を洗っている。前足を舌で撫でつけ、耳の後ろの方まで念入りに梳く。
きれいに毛繕いを終えた背中を撫でようとマスタングが手を伸ばすと、するりと逃げた。そう言う気分ではないらしい。
「ここだけの話、つい5日前にグラン准将もやられている」
「鉄血の錬金術師グラン准将がか?!軍隊格闘の達人だぞ?!」
「信じられん話かもしれんがその位やばい奴がこの辺りをうろついているってことだ。悪いことは言わんから護衛を増やして大人しくしていろ」
「狙われているのは国家錬金術師に限定されるのか」
「ああ。この辺だとお前さんと後は綴命の錬金術師…ショウ・タッカーくらいだろう」
ころんと寝そべった拍子に銀のメダルがきらりと光った。
「あ」
一同の視線が窓辺でくつろぐ子猫に注がれる。
顔を洗う前足をふと止めてちらりと人間どもを見上げた。
「…いや、確かに国家錬金術師だがな」
「猫は狙わないだろう、猫は」
「分からんぞ、国家錬金術師なら皆殺しかもしれん」
「じゃあ猫にも護衛を増やすか」
呆れた調子でヒューズが進言すると、真剣な顔でマスタングは検討を始める。
「そうだな、まずはエドワードを書庫に閉じこめてだ」
「書庫の扉と窓に2名ずつ配置で」
「うむ」
ホークアイも真面目な表情で受け答える。
冗談のつもりだったヒューズは東方司令部のいつになくやる気を出さんとする姿勢に慌てた。
「ぐな」
だがしかし、本気と冗談の境界線の見えない国家錬金術師保護作戦は子猫のうなり声ひとつであっさりと一蹴される。
不機嫌そうに目をすがめ、付き合ってられるかと言わんばかりにすいっと立ち上がる。
「ま、待てエドワード!ほら、君の読みたがっていた資料も揃えておくし!ページめくりももちろんするぞ!」
フン、と軽く鼻を鳴らすと足音もなく彼は司令部を出て行ってしまった。
「エドワード!危険だから大人しくしていろ!!」
叫ぶマスタングに一瞥も与えずに去っていく。
「…多分、大丈夫でしょう。エドワードくんですし。」
「そうそう、相手も殺人鬼であって猫殺しじゃあないっすから」
「そもそも猫の国家錬金術師の一般における認知度って一体どの位なんだ」
ヒューズに新たな疑問が浮かんだ。
うっかり大総統の前で口にしたら国家上げての意識調査が行われてしまいそうなささやかな疑問だった。結果次第によっては周知徹底をはかる通達が出されることも目に見えている。
軽く首を振り妄想を振り払うと現実に立ち戻る。
「猫よりとりあえずは人だろう。」
「そうだな。至急タッカー氏に護衛をつけろ。…いや、いっそ網を張るか。」
素早くマスタングは部下に指示を出した。

軍部の読みは当たった。
東方司令部内の焔の錬金術師ではなく、イーストシティ内に邸宅を構える綴命の錬金術師の前に連続殺害犯は現れた。
タッカー邸前で軍はスカーを包囲した。
「そこまでだ」
昼前から降り始めた雨の中、スカーは銃口に囲まれても動じる様子もなかった。
「連続国家錬金術師殺しの容疑で拘束する」
「…邪魔をするなら貴様も排除する」
「できるかな」
マスタングは銃をホークアイに預け発火布の手袋を手にはめた。
「マスタング大佐!」
「マスタング…国家錬金術師の?」
「いかにも!」
「神の道に背きし者が裁きを受けに自ら出向いてくるとは…好都合!」
牙を剥く獣のようにスカーは凶悪に笑んだ。
「私を焔の錬金術師と知ってなお戦いを挑むか!!」
迫り来るスカーを迎え撃とうとマスタングは指を弾こうとした。だがしかし。
「大佐!」
ホークアイの痛烈な回し蹴りが膝裏に入り、体勢を崩し炎を出すことはできず、辛うじてスカーの一撃も避けた。
体勢を立て直そうとするスカーにホークアイが銃を撃ち込むが素早く避けられる。
「いきなり何をするんだ君は!」
「雨の日は無能なんだから下がっていて下さい大佐!」
ハボックは垂れ込める雨雲を見上げた。
「そうかこう湿ってちゃ火花も出せないもんな」
無能のレッテルをべったりと貼られたマスタングは落ち込んだ。
「今朝は…今朝は降っていなかった…っ!!」
「でも降りそうだとは思ったでしょ、ここ来る前に」
「貴様には予知能力があるのか、ハボック。それともその年で関節痛に悩むのか、痛みで気候の変化が読み取れたりするのか、そうなのか」
「それはどこのお年寄りの話すか。そうじゃなくて、大将が顔を洗ってたじゃないすか」
腹いせでほとんど言いがかりのように絡む上司に、本当に無能だなあという内心を隠して言った。
「昔から猫が顔を洗うと雨が降るって言いますね」
ホークアイも頷いた。
この時銃口は向けられているものの、スカーはやや放置気味だった。
「エドワードか!あれのせいかこの雨は!!」
「いや大将のせいじゃないでしょ」
いくら錬金術を使う猫とはいえ天候まで左右できたりはしない、と思う。おそらく。
「そうです、大佐が雨の日無能なのは大佐の責任であってエドワードくんには何の関係もありません。」
ホークアイはハボックが思わず気の毒に思ってしまったほど、一層辛辣だった。
「それよりもスカーです」
「あ、そうだった!」
「忘れてたんですかい!!」
忘れ去られていたスカーの方へ改めて目を転じた。
軍人達のやりとりの間、何故か彼は動きを見せなかった。
「あ」
一斉に注目が戻ってきてもなお、彼は固まっていた。
軍のどつき漫才に呆れたとかそう言うことではなかったらしい。そんなことよりも彼は深刻な窮地に立たされていた。
「エドワード?!」
スカーの前には、いつの間にやら金色の子猫がちょこんと座っていた。
濡れた毛皮がぺったりとなって、いつもより一回り小さく見える。大きな金色の目がより際立った。
「エドワード!危ないから離れなさい!」
マスタングが叫んでも、子猫はただじっと殺人鬼を見上げていた。
殺人鬼もどういう訳か動きを止めてじっと子猫を見つめている。
やがて何かを見極めたように子猫はわずかに目を細めた。
そしてそれはそれは可愛らしく小首を傾げてにゃーんと鳴いた。正真正銘の猫なで声という奴だった。
「…………初めて聞いた」
「そうすね、大佐の前であんな子猫らしく鳴いたことはないっすね」
スカーは、たった一声で陥落した。
がっくりと膝をつきもだえている。「ネコちゃん…」とか言う呟き声が聞こえたような気がした。
「…つまりアレですか」
「…アレだな。ネコ好き」
それもかなり重症患者と見た。無邪気な振りでひげを揺らす子猫に触りたくてうずうずしている様子はいっそ憐れみを誘った。
何だか見ている方も力が抜けて、命令もないのについ銃口を下ろしてしまう者が多数だった。
その内の半数は滅多にない子猫の媚態に気を取られたせいであったことはいうまでもない。
だが、さすがにはっと気付いてスカーは身を翻し「覚えてろよ!」とよく分からない捨てゼリフを吐いた。
包囲網は道路の石畳を破壊することで無理矢理突破し、姿を消した。
後には子猫がのほほんと顔を洗っているだけだった。

「…一応撃退…と言うことになるのか?」
ひょい、と物陰から出てきたヒューズが言う。
「今までお前どこに」
「物陰に隠れてた!」
「お前なあ、援護とかしろよ!」
「エドが出てったから大丈夫かと思ってな。と言うかあそこで撃ったらエドにも当たるだろ」
距離を置いていたせいかヒューズは冷静だった。
「にゃー」
「ああ、ご苦労さん。あれでとっ捕まえられたら言うことなかったけど、そこまで言ったら贅沢か」
近寄ってきたエドワードを抱き上げて、上着の裾で濡れた身体をふいてやる。
大人しくふかれながらエドワードはちらりと司令官を見上げた。
「な」
「そうだよなあ、お前さんが奴の動きを止めた時に一気に拘束できなかった奴が無能だよなあ、お前は悪くないよなー」
「なー」
親友と子猫の容赦ない指摘に、より一層マスタングは落ち込んだ。反論の余地もないところがまた痛い。
「挽回のチャンスはあるかと。猫好き殺人犯はまだ野放しですから」
フォローのようにホークアイは現状を指摘したが、詰まるところは何の解決にもなっていないと言っているだけなので、実際の所何の慰めにもなっていなかった。
マスタングはがっくりと肩を落とした。

(080606)
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