子猫は、呆然として目の前の魚を見ていた。

話は少々さかのぼる。
ヒューズと共に東方司令部に任務を帯びてやってきたアームストロングに、子猫が紹介されたことがそもそもの発端だった。
その時も子猫はやや呆然とアームストロングを見上げていた。
「ほう、この子猫が国家資格を持つ猫ですか!」
なんかそこらの空気が輝いているような気がしてエドワードはたじろいだ。耳がぺたんと伏せている。
じりじりと後ずさり距離を保つ。
本能的に何かの危険を感じ取っているらしい。さすが野生動物、と冷静に観察する傍観者のハボックは妙な感心をする。
だが、エドワードは猫の野生と同時に理性的な洞察も併せ持つ。
「エドワード。アームストロング少佐に会うのは初めてだったな」
「なんか珍しく怯えてるように見えるんだが」
「怯えているというか警戒しているんじゃないか?こう見えても少佐はいい人だぞ」
そんなことは分かってるんだよ、とばかりに片目と片耳をマスタングに向けた。神経のほとんどはなおアームストロングに振り向けられている。
理性が彼が好人物であると判断し、本能が危険だと警告する、そんな状態に混乱しているらしい。
おそらく、理性も本能も判断を間違えてはいない。
アームストロングはにこにこと子猫を見下ろしている。
「国家錬金術師と言うことは、当然錬金術も使えるんですな?」
「でなきゃ資格は取れないな」
それは言うまでもなく資格取得の必要最低条件だろう。
「で、どのような錬金術を?」
「やはり少佐も気になるか」
「ええ、無論」
机の上に張り付くように座り込む子猫を抱き上げて、マスタングはエドワードに説明をする。
「少佐も国家錬金術師だ。銘は豪腕。だから君の錬金術にも興味を持たれたんだ」
子猫の方もその言葉で新たな興味を抱いたらしく、金色の目をアームストロングに向ける。
途端に身体の強張りもほどけるのだから現金なものだ、とマスタングは苦笑する。
机のひきだしから短くなった鉛筆と白紙の便箋を取り出して子猫に見せる。
意図をさっするとするりと腕から降りて、机の上にそれを置け、と視線で指示する。
「俺もエドの錬金術を見るのは初めてだ」
ヒューズの呟きに、マスタングも頷く。
「直接人の目に触れるところではあれは滅多に錬成はしない。…その代わりするとなったら徹底的にやるがな」
「ほう、では貴重な場面を拝見できるのですな」
「等価交換で少佐の錬金術も後であれに見せてやってもらうがな」
エドワードは器用に短くなった鉛筆をくわえ便箋の上に錬成陣を描き始める。
描かれた図形はかなりシンプルだった。猫に細かい作業はさすがに難しいらしい。
描き終えると便箋の傍に立ち、ピンとしっぽも耳も立たせる。
錬成陣は正しく発動し翼を持つ獅子の像が机上に立ち上がる。
「おお!これは素晴らしい!」
「…素晴らしいんすか?」
大きさは子猫よりも一回り大きい程度で土産物屋に並んでいても違和感のなさそうな出来だったので、正直ハボックは拍子抜けした。
もっとすごいことをやってくれそうな気がして内心ちょっとわくわくしていたのだ。
「かなりレベルは高い。あれだけ洗練された無駄のない錬成陣を作り上げ、なおかつ細部の再現性をあそこまで上げるのは難しい。…大きさが小さいのは材料が机の天板のみだからだ」
きっとエドワードがマスタングを睨む。
「君自身が小さいとは言っていない。」
「うなぁ…?」
「てっきりエドが小せえから錬成されるものも小さいのかと思ったが違うのか」
「ふしゃあっ!」
ヒューズの失言に子猫は毛を逆立てて飛びかかった。が、しかし。
「我が輩感動!こんなに小さな子猫がこうまで錬成の技を会得しているとは!」
「にぎゃぁーっっ!!」
ヒューズに到達する前に筋肉に阻まれた。と言うより抱き込まれた。
がっしりと力強く抱きしめられ頭がもげるんではなかろうかという勢いで撫でられる。子猫の体躯は柔らかく、大きな衝撃も受け流すことができるが、力を逃す隙もないほどにぎゅぎゅうと握りこまれ、エドワードは悲鳴を上げる。何とか逃げようともがいてあがいて爪も立てるが、軍服もその下の筋肉もそんなものはものともしない。
「あー…エドワード。少佐は決して悪い人ではないのだが、感激屋さんでな」
白々としたマスタングの声も子猫には届いていない。
「つーか少佐、そんなに強く握ったら子猫潰れますよ」
「…ひょっとしてもう潰れてねえか?しっぽがだらーんってなってるぞ」
しっぽどころか、全身から力が抜けている。
「………」
「え…衛生兵ーっ!!」
「落ち着いてください大佐!ここは戦場じゃないっす!!」
「そうだぞロイ、ここは衛生兵じゃなく軍医の出番だ」
「いやそれも違うと思います、サー。」
「む、少々鍛え方が足りんようですな!では我が輩がここに滞在する間にアームストロング式訓練法を伝授いたしましょう!」
「いや少佐、猫ですから!つーか何で脱ぐんすか!!」
子猫の意識は既にブラックアウト済みだった。

そんな初対面から数日後。
「先日の詫びである」
アームストロングは律儀にも土産を携えて子猫に謝罪した。猫にあるまじき筋肉痛に悩まされたエドワードは、それでも謝罪は受け入れた。
自分の理性も本能も間違ってはいなかったことに納得したのでもういいや、と言う気分になっていたらしい。そのあたりは大雑把な猫だった。
だが、お詫びの品には心底困惑していた。
「猫は魚が好きなものであろう」
「…うん、一般的にはそうだと思うがね」
マスタングもこめかみを押さえる。
「もしやこの猫は魚が嫌いなのですかな?それはいかん、何でも好き嫌いなくよく食べねば大きくはなれんぞ!」
「ぐなあっ!」
余計なお世話だ、と言いたいらしい。歯をむき出しにしてうなった。
「エドワードは牛乳以外のものは好き嫌いなく食べるよ。…と言うか、この場合は好き嫌いとかそう言う問題ではなくてだな」
と、改めてエドワードに献上された魚を見やる。
それは鮭だった。
新鮮で目のぴかぴかした良い鮭だった。形も良い。
「…子猫には少々大きすぎやしないかね?」
まるまると脂ののった尾頭付きの鮭は、子猫数匹分の重さは優にあった。
「全部食ったら腹こわしますよ大将」
「毎日少しずつ食っていっても最終的には腹こわしそうだと思うがな」
おそるおそる頭のてっぺんをかじって味を見る子猫にハボックとブレダが言った。味は気に入ったもののやっぱりこれどうしよう、と困惑した顔で子猫は人間を見上げる。
ブレダの指摘通り毎日食べられる分だけ食べていったとしても食べ終わるより先に傷むことは間違いない。
「皆で食うか?」
「ちゃんちゃん焼きだな」
「それどこの国の料理だ」
「ひ」
「いやお前は答えてくれなくて良いからファルマン」
長くなりそうだと思ったので即座に止める。
しかしながらその案には反対が挙がった。
「これは我が輩がエドワードに贈ったものであるのだからそれはいかん」
「にゃー」
「エドワードもこう言っておる」
「…多分言ってないと思う」
「…言ってないな」
必死でぶんぶんと首を横に振っているがアームストロングの視界には入っていないらしい。…小さいから。
「ではここは妥協案と行こう」
しかるべき所に頼んで鮭を燻製にしてもらうというマスタングの提案は全員一致で可決、速やかに実行に移された。
後日新聞を眺めつつスモークサーモンをかじる子猫の姿が食堂で何度も目撃される。
そのご相伴に預かる軍人もいないではなかったことは中央には報告されてはいない。

(290306)
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